トラブルシュート
飛行場に展開した初日。
我々は今回の教導訓練の為に割り振られた列線において、69(我々整備員はAH―69の事をサーペントとは呼ばず、ただ単に69と呼ぶ事が多いのです)の最終点検を行っていました。
「あら、何かしら」
機付長以下の点検作業を監督(と言う名の世話焼きを)していたトーシュカ先任がふと声を漏らしました。
どうも少し離れた現地部隊のヘリに何やらトラブルがあった様ですね、いつもながら目敏いです。
トラブルと言ってもそうシリアスな状況でも無い様ですね、どうもエンジンは始動していますが離陸が出来ない様子。
いや、ここからでは詳しい状況も不明の為、本当にトラブルかどうかも定かでは無いですが。
私は、先任に余計な事に口を挟まない様注意しようと声の方を振り返りましたが、既に遅かった様です。
彼女の生来の世話焼きな性格は、通常であれば大いに頼りになるのです。なるのですが、いかんせんそれが時と場所を選ばずに発揮される為、時としてトラブルの種にもなってしまいます。今が、正にそうなりそうな状況と言えるでしょう。
「何処から聞こえてくるんだこの音は。どうだ、分かるか」
「多分この辺だと思うんだが、どうにも」
「エンジンがこう喧しいんじゃな、でも確かに聞こえてはいる」
「どうする、パイロットに言って一度エンジンをカットしてもらうか」
「まあ待て、しかしこりゃ何の音だ」
「あら、どんな音なの?」
「空気が抜ける様な音だよ、ってお前誰だ。どっから紛れ込んだ」
「ふうん、確かにシューって聞こえるわね」
「おいオバハン、聞いてるのかコラ」
「なる程ね。ねえ貴方、ターボシャフトエンジンで空気って言えば何かしら?」
「おい、話を聞けって。近づくな」
「空気の流れよ、何?」
「あ~もうっ、埒が明かねえな。空気の流れって言やあコンプレッサー、それとブリード・エア位だろ、それが何だ」
「あら、分かってるじゃない。
それが答えよ。これ、ブリード・エアの音だわ」
「何ぃ、どう言う事だ?」
「貴方、そうそこの貴方よ。ちょっとコクピットまで行ってECSがどうなってるか確認して来て下さいな」
「おま、何仕切ってんだ。ってお前も勝手に行動すんな、待てって。
くそ、行っちまいやがった…。
…うん? 音が…」
「うふふ」
「伍長っ!ECSでした。やっぱりECSがONになってました、直ぐにOFFにして貰いましたが、どうです音は」
「ああ、消えた。
あんた、いったい…」
「私は、A・A(エア・アーマー)社のゲルダ・トーシュカよ。今日からウチの子達がお世話になります、よろしくね。
それより、大丈夫? 離陸が遅れてるんじゃないの」
「うっ、助かった。礼は後で改めてさせて貰う」
【ECS】(Enviromental Control System:エンヴァイアロメンタル コントロール システム)環境制御システム、或いはただ単に空調装置って呼ばれるものよ。
なんか難しい言葉を使ってるけど、要はECSっていうのはエアコンの事ね。まあ当然、一般家庭のエアコンとはちょっと違うんだけど。
じゃあ、ECSの仕組みをざっくりと説明するわね。エンジンのコンプレッサー部分から空気を抽出(これが、抽気:ブリード・エアよ)して、そのエンジン・ブリード・エアを減圧したり、ラムエアを使ったり、タービンで膨張させたり、リヒータ・コンデンサーやウォーターセパレーターで水分を分離したり、バイパスしたブリード・エアと再び混合させたりして所望の温度に調節してるの。触媒に空気を使ってるから装置自体の重量を軽く出来るし、整備所用も少なくて済むから航空機向きのシステムね。
因みに、ブリード・エアはECSの他にもエンジン・デアイス(防氷装置)や、エンジン始動の初期にスムーズなエアの流れを確保する為に使われたりしてるのよ。
但しECSの使用には注意が必要なの、ブリード・エアがエンジンのコンプレッサーから抽気してるって事は説明したわよね。つまりそれって、エンジンに供給するエアを少々抜き取って使ってるって事でしょ、つまり少なからずエンジン性能に影響を及ぼしちゃってるって事なの。
具体的には燃料消費が4%程増えちゃうカンジかな。後はそうね、エンジン出力を限界まで使用しなきゃなんない時はECSをOFFにする様に指示が出てるわ。
「や、さっきはアリガトな。お陰で助かったよ」
こちらの仕事がひと段落した頃を見計らって、先程トラブっていた機体を担当していたらしい整備員達数名が挨拶に来てくれました。
対応はトーシュカ先任に任せます。
「ううん、大事無くて良かったわね」
「まったく、あのパイロットめエンジン始動の手順に無い事をしておいて」
「まあポカミスは誰にでも有るわ」
「ブリード・エアとECSが即座に結びつかなかったこっちもまあ、大きな口は叩けないけどな。
それにしてもアンタ、良く即座に原因が分かったな」
「うふふ、伊達に整備の経験を積んでいないわ。なにせオバハンで・す・か・ら」
「う、ホントすまんかった。先程の失言は許してほしい。
お詫びじゃ無いが、ウチの奴らに話を通しておくから何かあったら遠慮なく言って来てくれ」
「あら、ありがとう。
でも今でも十分に良くしてもらってるわよ」
「今度、差し入れを持ってお邪魔させて貰うぜ。じゃ、これ以上邪魔するのもなんだ、もう行くよ」
「そう、その時は歓迎するわ。タイミングが合えば私達の機体も見て行ってね」
「ああ、是非そうさせて貰うよ。じゃあ」
彼らが帰った後で私はトーシュカ先任に一応釘を刺しておこうと思い声を掛けました。
「先任、この国の文化については出国前にブリーフィングしましたよね」
「女性の地位に関する事?」
「そうです。ここは本国とは違います、その土地にはその土地の歴史があり、習慣があるのですよ。
まあ、今回は宗教絡みでは無いので然程ややこしい事にはならないとは思いましたが」
「そうね班長。ごめんなさい、心配かけたかしら。
でもね、女性の地位が低いって事と女性の扱いが酷いって事はイコールじゃ無いのよ。彼らは彼らなりに女性を大事に思っているの。まあ、私達の常識で計れば方向性としては決して正しいとは思えないけどね。
うん、この国に限らずどこでも言える事ではあるけれど、ある種の女性にとっては酷く生きづらい世界ではあるでしょうね」
「ふう。あなたが理解しているのであれば、これ以上私から言う事は有りませんが」
「あ~、それより私が気を回す立場じゃ無いのかもしれないんだけれど、ヴァルマちゃんとクマちゃんはダイジョブかしら。ほら、二人ともまだ若いから」
「ダークは心配無いでしょう、なんせ海兵隊上がりですから。ジュリエットは…、彼女もここに馴染んでいる位ですからね。
まあ、面倒事は隊長の領分でしょう。先任も相談を受けたら、その時は乗ってやって下さい」
「そうね、分かったわ~」




