メンテナンス・セクション
「どうです? 問題は有りませんでしたか」
待機所として割り当てられた小部屋で補給品に関する書類の最終確認を行っていた私は、サーペント2機を送り出して戻ってきた隊員達に声を掛けます。
「ええ、特には。みんないい子よ」
代表してトーシュカ整備先任が答えて、私の隣に誂えられた机に座りました。この部屋に用意されている事務用の机は整備班長の私とトーシュカ先任用の二つだけ、他の皆は折り畳みの長机周辺にこれまた折りたたみのパイプ椅子を出してそれぞれ勝手に寛ぐ態勢を取っています。場所は変われどいつもの整備班の風景です。
〈いつもの〉とは、少し説明が必要でしょうか。
空軍や海軍の航空隊は固定化された〈基地〉に展開しています、しかし陸軍はどうでしょう。
お気付きですか、陸軍の部隊が平時いる場所が〈駐屯地〉と呼ばれている事を。基地と駐屯地、用語が違えば当然その意味も違って来ます。単なる言葉遊びでは有りません、そしてその扱いは陸軍航空隊も例外では無く、他の歩兵や戦車兵と同様なのです。
基地とはそこを恒久的に使用するという意思の表れ、翻って駐屯地とは。その字のごとくある場所に一時的に駐屯しているだけといった意味になります。一朝事あらば、部隊はそこを後に戦場へ。それが駐屯地なのです。勿論、駐屯地の中に暮らす若い隊員は自分の荷物を〈追送〉〈後送〉〈破棄〉の様に仕分けして、駐屯地を後にします。
さてその様な違いが、では実際の部隊にどんな影響を及ぼすと思いますか。実は航空隊にはその差が特に顕著に表れるのです。
軍隊という組織に馴染みの無い一般の人達にとって、空を飛ぶモノは全て空軍と思われていますが、陸軍にも海軍にも航空隊が存在します。私は陸軍の出身ですが、現役時代は何度か任務や訓練で他軍種の航空基地へお邪魔する機会が有りました。その時強く印象に残ったのが、施設関係の充実の差です。
具体的に言いますと、ブリーフィング等を行う作戦室や隊員の待機所が非常に贅沢に感じられたのです。リクライニング機能の付いた革張りの椅子や当時最新式のプロジェクターを始め、その他オフィス関連の備品がどれも非常に充実していました。
一緒に行動していたパイロットの方々も羨ましがっていましたが、理由は予算の付き方の違いです。そう、基地と駐屯地の違いが施設関係に掛ける予算の違いとして如実に現れていたのです。
我々陸軍航空隊も普段は空軍や海軍の航空隊の方々と同じに飛行場を拠点として仕事をしています。しかし演習の際は演習場へ、そして有事の際は地上部隊とともに前線付近へと展開します。なのでお金はどうせ居なくなる施設では無く、野外行動の為に多く使われるのです。
そうですね、普段格納庫で行っている航空機の整備も演習の時や、それこそ有事となれば当然野外で行います。従って、その為の野外で行う整備器材や発電機、補給品、そしてそれ等を運ぶ為の大型車両、勿論隊員の移動にも車両が必要です、更には野外炊事の特殊器材も必要です、円匙(えんぴ:シャベル)やツルハシ、土嚢袋といった野戦築城の為の資器材もそうですね、あとは指揮所や寝泊りする為の天幕、スリーピングバッグ(寝袋)も必要でしょうか。
隣の芝生はなんとやらでは無いですが、その様な違いがやはり羨ましく思えたものです。
そう云う訳ですから、安物の折りたたみ机や椅子を見て、この国の陸軍航空隊も同じ境遇であると妙な親近感を感じた次第でした。
さて、トーシュカ先任には前回の派遣で残留組を任せた事でさんざん愚痴を言われたのですが、今回は先任を含め整備班のほぼオールメンバーで来ています。
私も整備班長として隊員の掌握は出来ているつもりではいますし、努めて現場に出るように心掛けてはいる(もともと、机の前より現場の方が性に合っているとも思っている)のですが、やはり組織の管理者としては現場の隊員とは一線を引かざるを得ないのが実情です。そんな点が幹部集団である飛行班のパイロット達とは違ってちょっとした寂しさを感じる所ではあります。
そんな私の良き相談相手が整備先任であるゲルダ・トーシュカ女史です。
整備先任という役職について若干の説明をすれば、現場の整備員を束ねるポジションと言う事になりますね。トーシュカ先任は私の様に最初から将校要員として経歴をスタートした訳では無く、最下層の一整備員から現場で経験を積んで今の先任というポジションに就いているのです。年の事を言うのはアレですが、時として私など若造扱いです。まあ、他の隊員の前では私の立場を考慮して少々遠慮はしてくれているのですが。
ですから、例えば現場の整備員達にとって整備班長である私の意見に対しては再考の余地が有るとしても、先任の意見は絶対なのです。
でもそれは、指揮系統が分断されているとか乱れているとか言う事とは少々違います。航空隊、特に航空機整備という専門分化されたプロフェッショナル集団独特の文化なのです。
私はトーシュカ先任に全幅の信頼を寄せています。それは、この飛行場に展開したばかりの時に起こった次のエピソードでも証明されているでしょう。




