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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第二章 教 導
51/106

教えて、ダーク先生 ①

「ねえジュリエット、付いて来てる」

「え~と、はは、ロシア軍のですよね。いや~一応資料は勉強してはいるんですけど、正直まだ理解には至って無いって言うか―」

「ま、しょうがないわね。

 うーん、どこから話したもんかしら。〈全縦深同時打撃〉?、それとも〈量の重視〉?」

「いや~、話の流れを切っちゃって申し訳ないんですけど… 基本からお願いしますっ」

「分かったわ、じゃあまずはソ連時代から続くロシアの軍事理論を大雑把に。

 第1次世界大戦の頃から行くわよ」

「はい」

「第1次世界大戦、この戦いでは塹壕、鉄条網、機関銃そして大砲、つまり〈火力と障害〉が登場するの。それによって生身の体では如何ともし難い状況が発生して、結果戦線は膠着する事となるわ」

「火力と障害、ですか」

「そうよ、砲迫射撃。大砲による損害って正直洒落にならないんだけど、ドラマや映画の演出がアレなせいで素人にはイマイチ理解されていないのよね」

「ああ、地面から派手な爆煙が上がって周りの役者達が宙を飛ぶアレですね」

「そう。実際の砲撃にはね、信管の調定で目標に当たった瞬間に炸裂するSQ(Super Quick:スーパー・クイック 瞬発信管)や任意にペネトレーション(侵徹距離)を設定して目標に突っ込んでから炸裂するタイプ、それに目標上空で炸裂する曳火射撃(Air Burst:エア・バースト)が有るの。

 特に曳火射撃は生身の兵隊にとって厄介よ。繰り返しになるけど、砲弾を空中で炸裂させるから遮蔽物や塹壕に身を隠しても損害は免れないわ」

「うう、砲撃って凶悪ですね」

「ま、その分味方からすれば頼りになるわ。砲兵部隊が戦場の神とも言われる所以よ」

「正に砲迫射撃は、鉄の嵐ですね」

「そんな訳だから、前線には塹壕線が構築されて、それが更に互いに側面から回り込もうとして翼を伸ばし、遂にその先端は海にまで達してしまうの」

「う、海」

「そんな停滞している戦場に運動性と機動をどう回復させるか、世界各国の軍事理論家達により考察、研究が行われたわ。

 その結果が、戦車を主体とした運動戦・機動戦よ」

「なる程、大砲の弾を避けつつ塹壕をどうにかするには戦車の登場が必要だったんですね。

 あ~、日本の話で申し訳ないんですけど。日本もロシアと戦争してるんですよね、たしか第1次世界大戦の直ぐ前だったと思うんですが。

 その日露戦争でロシアの旅順要塞を攻略するのに、大損害を受けつつも歩兵による突撃が繰り返されたらしいんですが、今考えるとそれしか手が無かったからなんですね~。

 あ、勿論日本もでっかい大砲を持ち込んで使ってますよ。

 あと、確か地下坑道を前線迄掘って爆破したりしたんですよ」

「そうなの。

 ま、いいわ。そしていよいよ、そこからドイツの導き出した答え。それこそが〈電撃戦〉なの」

「電撃戦! 聞いた事ありますっ」

「〈火力と障害〉に対して〈戦車と航空機〉の組み合わせで対抗しようという考えよ」

「ここで、飛行機の出番が来るんですね」

「じゃ、電撃戦について簡単に説明するわね」

「はい、お願いします」

「電撃戦ではまず最初に、空軍が奇襲的に敵の飛行場などを爆撃する所から始まるの、制空権の獲得よ。それとほぼ同時に空挺部隊も降下するわ、敵の後方地域に存在する橋梁等の確保が目的よ」

「へえ、空挺作戦も組み込まれてるんですね」

「次に歩兵部隊が敵の陣地を攻撃するの。歩兵部隊が敵主力を拘束してる間に今度は砲兵と爆撃機で前線の弱点を攻撃して突破口を作る」

「なる程、爆撃機は空飛ぶ砲兵って事ですね」

「正にそうね、地上部隊の攻撃に密接に連携する為に空軍はわざわざ前線部隊にパイロットを連絡調整の為に派遣してるのよ」

「へえ~、それって現代戦でも同じ事してますよね」

「そう、FAC(Forward Air Control:前線航空管制)よ。攻撃機を統制して誤爆を防いだり、爆撃の効果判定をしたりするわ」

「ドイツ軍ってナチスのイメージでなんか悪者の印象ですけど、軍事的な側面で言えば結構先進的なんですね~」

「まあ、当時から進んだ科学技術なんかも持ってたしね。

 いい、続けるわよ。

 砲兵と急降下爆撃で作った突破口からいよいよ戦車や装甲車を装備した部隊、所謂機甲部隊が突入して前線の後方へ突進するの。いい、突進よ。

 機甲部隊は、先に降りていた空挺部隊が確保してる橋を通過して敵の後方にある重要目標、つまり指揮中枢や兵站を攻撃するわ。するとどうなると思う」

「え、司令部や補給部隊を攻撃するんですか」

「そうよ。その結果、前線には指示も命令も届かなくなるし、糧食や弾薬も届かない。現場は混乱の内に有効な対策を立てられないまま敗北を喫してしまうという訳。これが〈電撃戦〉」

「は~、機甲部隊は前線を突破したらそのまま突き進むって事ですね」

「電撃戦の肝はね、より速い攻撃速度の維持と敵の指揮中枢を攻撃目標とした事よ。

 敵が状況に対処しようにもそのテンポを速くすることで、打った対策がすでに状況にそぐわなくなっている状態ね。知ってるでしょ、ジョン・ボイド大佐の〈O―O―D―A(ウーダ)ループ〉、それに通じる理論よ」

「へえ~、ドイツ軍って敵の前線に張り付いてる部隊じゃなくて指揮を執ってる中枢をどうにかする事で、敵を混乱に陥らせる事が狙いだったんですね」

「そうなの。ただ、その理由の一つとして、実はフランスに対する戦力的な問題も大きかったらしいわ。ドイツ軍はフランスに対して戦力的には劣勢だったの。だから短期決戦を追求する必要性があったって言う訳ね」

「ふむ、ふむ」

「以上を踏まえて、ロシア、当時のソビエト連邦はどうだったのかという話よ」

「いよいよ、ですね」

「結論はドイツとほぼ同じ、戦車と航空機の組み合わせで前線を突破する事だったわ」

「なんだ、そうなんですか」

「話は、最後まで聞きなさい。

 ドイツの電撃戦が〈速度〉の維持を優先していたのに対してソ連は〈量〉を重視してたの。それが〈梯団攻撃〉であり〈全縦深同時打撃〉よ」

「全縦深同時打撃? う~ん、どっかで聞いたような…」

「ま、そのレベルね。

 国家がどんな戦いを指向するかは、その国の置かれた状況や政治形態によって決定されるの。

 じゃあソ連はと言うと、ドイツと違って広大な国土が有って、且つ「兵隊は大地から幾らでも取れる」と言い放てるだけの人的資源も有った。そして共産主義という一党独裁の政治形態よ」

「同じ戦車と航空機との組み合わせでも、その先は違ったんですね。へ~」

「さあ、それじゃあソ連の〈縦深戦略理論〉を説明するわよ」

「はい、ダーク先生」

「……、

 縦深戦略理論ではね、まず敵に対して圧倒的な戦力を準備する事から始まるの。そしてそれを縦深に構成するのよ」

「じゅうしん?」

「つまり第1梯団、第2梯団、予備隊というように部隊を区分してそれを一つの線上に順番に配置するの」

「ていだん?」

「もうっ。梯団って言うのは、大兵力を作戦の便宜上分けた時の各集団の事よ」

「すんません、了解です。続きをお願いします」

「いい、戦闘となれば当然先頭に配置されている第1梯団がまず敵の前線と交戦する事になるわ。その時、同時に敵後方の予備隊へも砲撃や空軍による爆撃を行って部隊を拘束してしまうの」

「なる程、前線と後方を同時に攻撃するって事ですね。で、目標はドイツの電撃戦では指揮中枢や橋だったけど、ソ連はあくまで敵の部隊を指向すると」

「そうよ、それが〈全縦深同時打撃〉なの。

 次に、攻撃が進展する事によって、第1梯団が敵の前線を突破した場合ね。

 当然第1梯団は戦闘によって戦力を消耗してしまうけど、部隊の戦力が消滅しちゃう前に後方から新たな部隊、つまり第2梯団や予備隊が次々と戦闘に加入して先端戦力を維持していくの。

 これが〈梯団攻撃〉よ」

「ははあ、分かりました。ここで〈全縦深同時打撃〉の〈縦深攻撃〉が生きて来るんですね!」

「ジュリエット、あなたにしては察しが良いわね。

 その通りよ、航空攻撃によって敵の予備隊を拘束してる事が重要になるの。敵は我の〈全縦深同時打撃〉によって拘束されその結果、前線では増援を受け取る事が出来ないまま撃破されてしまうって事ね」

「ふ~ん。なる程、なる程」

「それじゃあ。ソ連とドイツ、どちらも戦車を活用した運動戦を指向してるけど、違いは何だと思う」

「え~、ドイツは敵の指揮中枢を狙ってたんだよね。で、ソ連は敵の部隊?ですよね」

「その通りよ。

 ドイツの電撃戦の場合は先の説明の通り短期決戦を狙ってたわよね。だから攻撃目標は敵の最も苦痛とする弱点、敵の指揮機能を麻痺させる事になるの。

 つまりドイツの機甲部隊は真面目に敵の前線とは戦わず、迂回行動を取っている訳ね」

「ソ連は、敵部隊とガチでやり合う方針ですね」

「そう。ソ連の場合は、敵戦力の完全な撃滅を目指しているの」

「うへえ、撃滅ですか」

「その違いが生まれた理由はね、ソ連という国家の成り立ちから見て行かなければならないの。

 ソ連という国家はね、確か〈労働者農民の社会主義国家を防護する〉ことを軍の至上命題にしてた筈よ、だから戦争の目的も〈敵国家を完全に覆滅する事〉となる訳ね」

「覆滅! 撃滅に続いてパワーワード連発ですね」

「繰り返しになるけど、ドイツは〈速度〉に重点を置き、ソ連は〈数的優越〉を重視して戦力を発揮する事を基盤としたって事」


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