戦場離脱
被撃墜の危機が迫っていた事に全く気付いていなかったジュリエット達は再び雲中を飛行していた。
「あ、雲に隙間が出来てきたみたいよ、サッド」
全天を覆う雲も、いつしかそこかしこに切れ間が出来ており僅かだが日差しも地表まで届いていた。
「隙間から地面が見え始めたわ」
「すまない、ジュリエット」
「サッド、具合はどうなの。もう平気?」
「ああ、大分落ち着いたよ」
「そう、良かった。
で、一体どうしたの。急に眩暈だなんて」
「ああ。実は以前頭の中の腫瘍を摘出する手術を受けたことが有ってな。
手術は成功したんだが。その後遺症だろう、極たまに眩暈が起こるんだ。但し、今までは一瞬で回復してフライトに殆ど影響が無かったんだが。
言い訳になってしまうが、今回みたいな酷い症状は初めてだ。
君の命を危険に晒してしまった、本当に済まない。
しかし、良く戦ってくれた」
「まあ、夢中でしたから」
『スレイヤー、ゴールドだ。聞こえるか、生きてるか、スレイヤー』
あ、AWACSだわ。
「はい、こちらスレイヤーリーダー。そちらの感明良し」
『おお、スレイヤー生きてたか。
モニターはしていたが途中何度かレーダーから消えちまったから心配したぞ』
低空に降りたり、極端に低速になるとAWACSのレーダーでも捉えるのが困難になるのよ。
余談になるけど、ヘリコプターって機体を幾らステルス化したとしても、又低空でホバリングしてグランド・クラッターに紛れようとしても、高速で回転するローターが有るかぎりレーダーから完全に逃れるのは難しいの。
でも以前にこの機体を説明した時少し話したけど、サーペントはローターブレードに工夫がしてあるわ。それが複合材の採用とブレードの外皮に3次元メタマテリアル基板を埋め込んだスキンを挟み込んでる事なの。それによって限定的ながらもステルス化が実現してるのよ。ま、あくまで限定的だけどね。
『ジュリエット、ハーレーだ。無事か』
『キャプテン、無事ですか!』
『こら、ダーク割り込むな』
「ハーレー。こっちは大丈夫よ、サッドもね。敵は撤退したわ」
『そうか、無事か。こっちは1機撃墜だ。
所でそっちの現在地はどこだ』
「えーっと、ポイントHの南約2NMよ。サウスバウンド(南下中)、イン・クラウド(雲中)、でも直ぐ雲から出ると思う」
「ハーレー、サッドだ。
お前達の状況はどうだ、機体に異常は無いか」
『ああ、弾が掠ってもいない。全くの無傷だぜ』
「そうか。よし、お前たちはそのままFSAへ帰投しろ。ジョインナップの必要は無い。
こっちも、追求する。空戦で燃料を使ってしまったし、何より兵装を投棄したからな」
『2(ツー)』(2番機了解)
「最後まで気を抜くなよ」
「ゴールド、クリスタル(地上輸送のコンボイ)の情報は何か入っているか」
『スレイヤー、クリスタルはポイントLでゲリラの襲撃を受けたようだが撃退に成功、無事目的地へ積荷を届けたようだ』
「了解、それを聞いて安心した。
スレイヤーはFSA(前方支援地域)へ帰投する、引き続きレーダーモニター頼む」
『ゴールド了解。
現在周辺空域はノー・トラフィック、スレイヤーリーダ―と交戦したハインドについても国境を越え撤退した』
「よし、ジュリエット。帰ろうか」
「了解」
いやー、でもこの子も私の無茶な操縦に良く応えてくれたわ。取り敢えず今はコーション(警報灯)類も沈黙してるしね。
ま、帰ったら点検確実だけど。
「あ、あそこから雲を抜けられそうです」
南下するに従って雲の密度が薄くなって来ている。雲の隙間からチラチラと地面が見え隠れしてたけど、いよいよヘリで突っ込める大きさの場所を見つけたわ。
一刻も早く雲から出たいけど、焦りは禁物だわ。慎重に地面を確認しつつ、障害物に気を付けながら降下よ。
キャノピーの正面に水滴が付き始める、高度が下がるにつれて雲が霧雨っぽくなって来たみたい。
「ジュリエット」
「はい。何でしょう」
「ジュリエット。君は今、戦いから生き残った事で精神が高揚している。だから恐怖の感情が抑えられている、しかし戻ったら良く考えるんだ」
「サッド?」
「今日の任務、こちらに損害は無かったが死に直面する場面は何度もあった。ハーレーやダークが撃墜されていた可能性も決してゼロじゃ無い。そして、そんな状況はこの仕事を続けていく限りこの先何度でも訪れるだろう。
どうだジュリエット、お前は戦士か。
自ら進んで平和に背を向け戦う事、殺す事、殺される事を受け入れられるか。
今、この話をするのは実際に死地を潜り抜けなければ理解できない事も有るからだ。
もう一度言うぞ、帰ったら良く考えるんだ」
「…サッド」
その時だ。
ふと外を見ると虹が出ていた。
「あ、凄い。虹です」
コクピットから見る虹は、なんとまん丸だったわ。地上で見る、橋の様に架かる半円じゃ無くて完全に円を描いている。
遠く空気に霞むような薄ぼんやりとしたものじゃ無く、すごく鮮やかな七色の輪がハッキリとキャノピーの外、直ぐそこに見えている。
危機は去った。私は生き残ったのだ。
熊、私はどうしたい?
そう、こんな景色は地上に居たら一生見る事は出来ないだろう。でも、何も空を飛ぶ仕事は、ここだけじゃないわ。
自ら進んで危険に身を投じる必要が有るの。
普通の航空会社に転職してもいい筈よ…。
……。
「サッド…、私に戦士の覚悟が有るかは正直まだ分からない、でも。
もし私がここを離れて、貴方やハーレー、ダークが私の知らないところで死んでしまうのは嫌です。それは凄く怖い」
「そうか、分かった」
「ハイ。それに私―」
自分じゃあんまり認めたく無いけど。気怠い日常に生きるより、命を燃やし尽くせる何かに全力で向かって行きたいと思ってる。安らぎに満ちた人生の先に私の幸せは無い気がする。
「いいえ、取り敢えずこれからも宜しくお願いしまる」
あ、また噛んじゃったよ。
「ハハハ!」
雲を抜けヘリは飛ぶ。雨も止み、いつの間にか虹は消えていた。
雲間からは青空が覗き、光の帯が幾筋も地上へと伸びている。
もう直ぐ仲間の待つFSAが見えて来る筈だ。




