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匍匐飛行 ~ ヘリコプターパイロットの細腕戦記 ~  作者: 梅小路 双月
第二章 アフリカで両用戦?
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陸軍戦闘機について

 ロックの話で色々と日本の陸軍機についてあったけど、私も後から自分なりに調べてみたわ。ほら、英訳された単語や連合軍が付けたコードネームじゃ今一頭に入ってこない情報もあったから。

 タイプ1は日本語だと一式戦。採用された年が当時使用していた日本独自の皇紀年号(神武天皇の即位年を元年としたんだって)で2601年だったから末尾一桁と機種名称を組み合わせて、一式戦闘機って命名されたみたい。

キ‐43のキは機体の事なんだって。因みに隼のエンジンはハ‐25でハは発動機のハらしいわよ。

 そんでもって、2602年に採用された戦闘機が2機種。

 二式単戦「鍾馗しょうき」と二式複戦「屠龍とりゅう」ね。

 鍾馗は中国由来の神様で鬼より強く、その絵が魔除けに使われたりしたんだって。日本の戦闘機に中国の神様の名前を付けるって不思議なカンジね。

 多分、今と違って昔は中国の文化って日本にとってお手本であり、憧れでもあったんでしょうね。漢字もそうだけど、今では意識してなくても沢山影響を受けてる事が有るんじゃないかしら。

 でも私的には屠龍って名前にときめかざるを得ないわ。だって屠龍ってドラゴンスレイヤーよ、なにこの中二病的ネーミングセンス、悔しいけどカッコイイしか無いわ。

 それに比べて三式戦は飛燕ひえん。ツバメが飛ぶのは当たり前だけど、わざわざフライングって付けるのは語呂が良いからかな。

 打って変わって四式戦は疾風はやて、自然現象ね。でもまあ、総じて陸軍機のネーミングって規則性は重視してないのかな。

 最後の五式戦は戦争の末期も末期だったらしくて愛称が無いの、ちょっと可哀そうね。

ただ、実戦に投入された時期が遅くて活躍の機会も少なかった筈の五式戦なんだけど、パイロットからの評価は高かったみたい。


 因みにプリンスが言ってたハルハ河の戦闘(日本側呼称ノモンハン事件)だけど、1939年の出来事で、日本陸軍航空隊が経験した初めての近代航空戦だったのよ、真珠湾攻撃の2年前ね。

 ノモンハン事件で相手となったソ連軍は、日中戦争でそれまで戦ってきた中国軍とはレベルも規模も比較にならない程高くて、かつ大規模だった様だわ。

 地上戦は終始ソ連に圧倒されてたみたいだけど、航空戦に限れば、前半は圧勝、後半は互角からやや劣勢だった様ね。

 この時のソ連空軍との熾烈な空中戦から得た戦訓を受けて開発された一式戦には、零戦には無い防弾装備が当初から備えられたのよ。

 但し、残念だけど良い面だけとは行かなかったみたい。

 陸軍は九七戦の大戦果に目がくらんだ結果、後継機に対して非現実的な運動性を要求しちゃって、一時は試作機まで完成してた一式戦を不採用にしそうな危機まであったみたいなの。

 その事もあって、太平洋戦争の開戦時に第一線に配備出来た一式戦は、僅か40機足らず、どう考えても足りないわ。同時期の零戦も決して満足できる数では無かったみたいだけど、それでも約250機を投入出来ていたのに比べれば対照的ね。

 ただ、その後の事はロックが話した様に、海軍は初戦における零戦の活躍が理由で後継機の開発に失敗しちゃうんだから、歴史は不思議なものだわ。


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