第五話
そこは国王の執務室と呼ぶにはあまりに狭く、質素な部屋だった。リヴェルデ王も最初は先代から譲り受けた豪華な装飾に溢れた執務室を使っていたが、質素を好む性格もあったためにその部屋に長くいると吐き気を催して早々にこの部屋を併設したのだ。
それ以来、普段はこの執務室で作業を、来客の際には隣の豪華な執務室で対応をしているのだ。ここに集まった者たちは皆が顔見知りであり、旧知の仲であるゆえに質素な部屋で話を開いていた。
「ニックがパーティへの参加に頷いた様です」
「ようやくか」
宰相が報告をすれば、リヴェルデ王は溜息混じりにそう言った。
先ほどまで集まった貴族で開かれた緊急会議ではニックに対して処刑するべきだと言う意見が多く上がった。
しかし冷静になって考えればそれも当然のことだと言える。
何故ならば国王であるリヴェルデに対して、不敬にもニックは煙を浴びせたのだ。それによりリヴェルデ王は咳込み、喉を傷めてしまった。
相手がニックでなければ、いかに温厚なリヴェルデ王であっても処刑の意見には首を縦に振っただろう。そうでなければ王の権威に関わる問題だ。
しかし今回は勇者パーティに選ばれたニックが相手だ。ニックの力は勇者パーティには必要であり、魔王を討伐した後も王国にとって欠かせない仲間になっていく事には間違いなかった。
そこで国王は自分の顔を立てると思って、処刑は待って欲しいと貴族達に頭を下げたのだ。王に頭を下げられた事で貴族達は慌てふためき、早くその頭を上げて欲しいという一心でその提案を受け入れた。
「全く大変だったぞ」
「ええ。皆、敬愛する貴方に対してのことでしたからね」
宰相のロベルトは苦笑しながら言う。
リヴェルデ王からすればありがたい話だが、少し想いが強すぎるのではないかと心配になっていた。
「それだけ貴方は愛される王という事ですよ」
「嬉しいような厄介なような……」
幼い頃からの友人同士であるリヴェルデとロベルトはお互いに肩書を忘れ、堅苦しい口調など脱ぎ去って話していた。
「ところで、だ。ロディよ。魔王軍の動向はどうなっている?」
「現状では十数匹の魔物の群れが街を襲う事がある様ですが、それ以外の報告は上がっていません。魔王四天王に関しては足取りすら掴めない始末で……」
眼鏡をかけた少々小太り気味な男が申し訳なさそうに言った。
「よい。情報は何よりも大切だが、無理をしてお前を失えばこの国が揺らぐ」
それどころか滅ぶやもしれぬがな、とリヴェルデ王は小声で付け加えた。
「ご冗談を。私一人にそんな価値はありません」
「……それより、お前のその口調を何とかしろ。悪寒がする」
「酷いなあ、これでも頑張って敬語にしてるんだぞ?」
「悪いが俺も悪寒が……」
「ロベルトまで!?」
リヴェルデ王、宰相ロベルト。そしてーーーー近衛騎士団長ロディ・フライドル。この三人は斬っても斬れぬ縁で結ばれた幼馴染同士であった。
「ともかく、今は勇者パーティだ。実際にニックの力は魔王軍に通用するのか?」
「アリアからの報告によれば、少なくとも精霊がいないとニックを捕まえる事も、見つけ出す事も不可能だった、と」
「王国、いや世界でも一、二を争う索敵能力を持つアリアが言う程か……」
「これは期待できそうですね。リヴェルデが頭を下げただけあった」
「よし。ロディよ、お前は勇者パーティを東のヴェルケットに向かわせよ」
「ヴェルケット……? ああ、なるほど。ダンジョンか」
「うむ。勇者パーティの連携を確かめるにはもってこいだろう?」
「そうだな。よし、アリアに伝えて来るよ」