第三話 後半
会場が騒めいた。
俺も動揺を隠せない。
「魔族って……」
「しっ」
アリアはリヴェルデ王の話を聞けと言わんばかりに唇に指を当てた。
魔族とは一言で言えば、魔界に住む種族だ。
そして彼らは代々、魔王を輩出し、世界に暗黒を齎して来た。
現在も人間の国々は魔族と国交を開く事をせずに、頑なに断交を保っている。
「彼らの言葉をそのまま伝えよう。『魔王が復活した。我々は一年後、人間界に侵攻するだろう。その第一歩として貴国が選ばれたので、宣戦布告に参った。以上だ』とだけ告げて、魔族は行方不明になっていた町娘の生首を置いて去って行った」
俺も誰もが、驚きのあまりに言葉が出せずにいた。
アリアには一欠片すらも動揺が見られなかったので事前に知っていたのかもしれない。
先代の魔王が現れたのは今から五十六年前の事だった。当時は王国にこそ侵攻しなかったものの、小国二つを滅ぼして大国の半分に攻め込まれながら、ようやく討伐に成功して魔王は消えた。だがその被害は甚大なもので、死者は数十万を超えたとされている。
歴代の魔王も似た様なもので、多ければ数百万、少なくても五万規模の死者が出ている。
「た、他国の助力は借りられないのですかっ?」
ある貴族が聞けば、国王は首を振った。
つまり王国だけの孤軍となる事を現している。
質問した貴族の顔には絶望に染まり、ここにいるほぼ是認が似たようなものだった。
「しかし、我らにも希望はある」
誰もが下を向きかけたその時、リヴェルデ王の声と共にまるで神の救いの手の様に、眩いばかりの太陽光が差し込んだ。
もう話は始まっていて誰も入ってくるはずが無いのに、重厚な扉が開く音がした。
リヴェルデ王の話の最中に顔を背けるのは府警に当たるので、誰も振り返る事が出来なかったが、確かにそこに人の足音があった。
「剣が相手なら槍を、槍が相手ならば弓矢を。我らは進化し続ける相手に適応するために常に対抗策を生み出して来た。そして先人たちもまた、魔王を倒すために対抗策を生み出してきたのだ」
静寂の中に響く、足音の数は四。
「我らの希望、勇者パーティだ」
おおっ、と会場が湧いた。
四人はリヴェルデ王の玉座に続く階段の足元で跪いた。
「顔を見せてくれぬか。我らの希望よ」
「ご命令とあらば」
彼らは立ち上がった。リヴェルデ王王は満足げに頷くと、彼らを振り返らせた。そこでようやく四人の顔を知る事となった。
「戦士ガッサム。南北の戦線で暴れまわった怪力無双だ」
見たところ中年だろうか。頭は剃っているのか髪の毛一本すらない。しかし身長二メートルを超える筋骨隆々は凄まじい。この畏まった場でも重厚な鎧を身に纏っているところを見ると豪胆そうだ。
「弓師カル・ルー。彼は森の民族出身だが、その腕前は百発百中。山を二つ超えた地点から猪の眉間を射抜く程だ」
彼が身に纏っているのは頭まで深く被るフードが付いており、しかも袖がぶかぶかでまるで弓矢を使うとは思えない装いだった。身長はそこそこあるが着ている服のせいで筋肉の付きようまでは判断できなかったが、彼だけは歩く際に完全に音を消していた。俺じゃなかったら見逃しちまいそうだ。
「魔術師 マリン・ラジサム。彼女は宮廷魔術師長マルルの娘で、先月に魔術師学校を主席で卒業したばかりだ。この中では一番経験が少ないとも言えるが、その実力は織り込み済みだ」
淡い蒼髪の彼女は装い通りだった。魔術的な触媒の役割を果たすローブに身を包み、手首まで伸びた長い袖から覗く指にはいくつもの指輪がはめ込まれていた。そのどれもが魔道具であり、あるローブの下にはいくつもの魔道具が仕込まれていそうだ。
「聖女オリヴィア。皆も知っているだろうが、教会の象徴的な存在だ。この勇者パーティでは回復薬役の役割を買って出てくれた。
その少女はどこまでも白かった。装い、髪の色、そして表情ですら感情に乏しく、何を考えているのか分からない。教会の聖女の話は聞いた事があるが実物を見るのは初めてだ。貴族たちも聖女を初めて見る者が多かったらしく驚嘆の声を上げていた。
「勇者リヒト・アールデルタ。没落した男爵家の息子だったが、それから剣を磨き上げ、聖剣を抜いて見せた。魔王に対抗する我ら人類の唯一の対抗策だ」
爽やかな笑みを浮かべる青年の腰には一振りの剣が差されていた。話に聞いた事がある、黄金の剣。相応しい持ち主の前にだけ現れる伝説の代物だが、例え目の前に現れたとしても抜ける者は限られる。そして剣を鞘から抜いた者こそが勇者と呼ばれるのだ。
「この者達が勇者パーティ」
「凄まじいオーラだ」
「勝てる、勝てるぞ」
近くにいた貴族達からそんな言葉が漏れる。
確かにこの面々ならば魔王など簡単に倒してしまうだろう。
これなら安心だ、と言いたいが……。
「何か言いたそうだな」
「いや、小技使えそうな奴がいないなあ、と」
勇者パーティというのは魔王城や、敵の居城に攻め入る事がある。そうなれば罠や、閉ざされた扉を開けるための手先が器用な者をパーティにいれるのが定石だ。
これは冒険者でも同じ事が言える。彼らはダンジョンに行く際に罠や敵を察知したり、鍵を開ける技術を持つ者を必ずパーティに入れていた。
「安心しろ。適任の者を用意しているからな」
にやりと笑うアリア。
やめろ笑うな。怖いからそれ。
何だその含みのある笑みは。怖い。
「そしてもう一人」
リヴェルデ王が言葉をつづけた。
途端、行ってこいとアリアに背中を押されて前に転んでしまった。
「痛っ、何だよ急、に……!?」
突き刺さる様な視線を浴びた。
足元を見て、周囲を見渡し、ようやく自分がここにいる皆の中心に出てしまった事に気が付いた。
「盗賊ニックよ。お前の盗みの技術は王国、いや世界を見ても比肩する者はいないだろう。おぬしこそが勇者パーティの最後の一人だ」
明かされた事実。
いや薄々気が付いていた。
そうで無ければ俺がここに呼ばれる理由が無い。
「無論、勇者パーティに入り功績を上げれば今までの罪は無かった事にしよう」
んなもん当たり前だ。
そうでも無ければ俺にメリットが無いだろ。
リヴェルデ王は玉座から立ち階段を降り、並んだ勇者パーティを素通りし、俺の前にやって来た。そして手を差し伸べる。小さくも大きくも無い、普通の手だった。
「力を貸してくれるか、ニックよ」
「煙幕!」
白煙がその場に満ちた。
逃げろ走れ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
「私から逃げ切れるとでも?」
「うぎゃっ」
駆け出した直前で、俺の意識は刈り取られた。
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