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第一話 後半


「名乗るのが遅れたな。近衛騎士団副団長 アリア・マリーロット・クロバルトだ」


 剣を回し、鞘に戻しながら名乗る女騎士―――アリアの名を聞き、俺は動揺を隠せなかった。


 クロバルトとはこの国の王族の家名だ。古く辿れば平民にも同じ家名を持つ者がいたらしいが、その時代の国王がそれらの家名を剥奪し、王族だけのものにしたのだ。


 つまり、今この王国でクロバルトの名を持つ一族はたった一つ……。


「まさか、こんなところで幻の第一王女にお目にかかれるとはね」

「むっ。その呼び方は好いていないんだ、出来れば辞めて欲しいな」


 アリアは拗ねた様に頬を膨らませてそう言った。


 それは失礼、と軽口を叩きながら俺はアリアの噂について思い出していた。


 アリアが幻の第一王女だと呼ばれる様になったのは今から数年前からだが、その所以はさらに八年前に遡る。


 当時まだ八歳だったアリアは一度も公の場に出ない変わった王族だった。本来ならお披露目として、建国記念日には王族は顔を出すのが恒例になっているにも関わらずアリアは頑なにそれを拒否した。


 しかし一度だけ、前国王の妻――――皇后が亡くなられた時に国葬が開かれ、そこにアリアも出席したのだ。


 誰もが深い悲しみに沈む中、アリアも例外では無かった。


 皇后の安らかに眠る顔を見て、アリアは大粒の涙を流しながら、それでいてどこまでも静かに泣いていた。


 その姿を偶然目にした百歳を超える老人が「まるで幼い頃の皇后様の生き写しの様じゃ」と語り歩いたそうだ。


 しかし公の場に姿を現す事が無いとされるアリアが本当に皇后に似ているかどうかなど確かめる術は無く、もう二度と見れないであろうその姿にちなんで「幻の第一王女」と呼ばれる様になったのだ。


「それで、本当に似ていたかい?」

「さあな。俺、皇后の顔なんか知らないからよ」


 実際、身分が低くまともな育ちをしてこなかった俺が皇后の顔を知る術は無かった。


「へえ、それは残念だ。それなら、王宮に来るといい。お婆様の肖像画が飾られているからね」

「いやあ、遠慮させて貰うよ。俺みたいな小市民が王宮に言ったら、権威が穢れちまうだろう?」

「そんな事無いさ。国王陛下も首を長くしてお待ちしているぞ」


 会話を続けながら、ここからどう逃げるかを考える。


 何とか冷静さを失ってくれないかと、軽口を織り交ぜているが一向に誘いに乗って来ない。


 かと言って、少し不意を突いた程度じゃすぐに追いつかれて終わりだ。


 何かアリアの注意を割き、かつその足を止まらせる事が出来る手段が無いと。


「っ、やっと追い付いたぞ、ニック!」

「副団長、ここは俺達にやらせて下さい!」


 ――――勝機ありだ。


「来るな!」


 アリアが叫ぶ。

 だが、もう遅い。


「なっ、何だ!?」


 近衛騎士達が物音に気が付き後ろを振り返り、驚愕を露わにした。


 俺が持つスキルの一つ、物体を引き寄せる「引力(レヴィテ)」を使う。これの問題点は俺が持てる程度の重さの物しか引き寄せられないのと、引き寄せた物体が一直線に俺に向かって飛んでくる点にある。その間にある遮蔽物などお構いなしで、それこそ貫く勢いだ。


 今回俺が引き寄せたのは、路地の手前に山積みにされた木箱だ。と言っても中身が中身なだけに、引き寄せられたのは一つだけだがな。


「こんなもの!」


 近衛騎士が剣を抜き、木箱を叩き斬った。


 瞬間、広がる白い煙。


「煙……!?」

「いや、これは小麦粉だ!」


 そう、それはパン屋に運ぶ予定だった小麦粉だ。


 煙は俺とアリアが対峙している場所にまで広がり、視界を塞いだ。


「けほけほ」

「こんなもの……、けほっ」


 小麦粉を吸い込んでしまった近衛騎士が、咳込んでいた。


 その間に小麦粉が届かない俺は建物の上に上った。


 足元では咳込む近衛騎士達。


 残念なのはアリアの姿が確認できない事だが、仕方が無い。


 早くにやらねば、すぐに抜け出してくるだろう。



「――――近衛騎士さんは人外ばかりだし、爆発くらいじゃ死なないよな」



 俺はマッチに火を付けた。


 ここは裏路地で建物に囲まれているが、これらは近々壊す予定だったもので住民もいないので被害が出る事はないだろう。


「よ、よせ!」

「やめろおおおっ!」


 慌てふためく近衛騎士。


 その制止の声を振り切り、俺は火が付いたマッチを落とした。


 爆塵。


 閃光と共に巨大な爆発が起こった。


 ……はずだった。


「ふむ。終わりか?」


 いるはずが無い、聞こえるはずが無い声が背後から聞こえた。

 振り返ると予想通りの声の持ち主、アリアの姿があった。


「何で、いるんだよ……」

「斬った」

「は?」


 ただ一言だけ語るアリアの手には一振りの真っ赤な剣が握られていた。

先ほどまでに握られていた銀色の剣とは違い、その刀身には魔力を感じる。


 ただの剣では無いと本能が告げていた。


「魔剣イフリート。業火を斬り、煉獄を生み出す。鍛冶神の産物だ」


 アリアはただ語る。


 魔剣イフリートは俺も聞いた事がある、神話の時代の魔剣だ。


 それこそ裏のオークションに出品すれば三世代に渡って遊んで暮らせるだけの大金で落札される事が間違いない。


 その魔剣イフリートが本物ならば、爆発を斬る程度の芸当は出来て当然だと言える。


 だが魔剣の名前の通り、イフリートは持ち主を選ぶ。王国が手にしてから何年の時が経ったかは知らないが、百人を超える持ち主の候補が悉くイフリートの業火に身を焼かれて死んでいった。


 誰も持つ事が出来なかった魔剣を、アリアは操っているのだ。


「怪物め……」


 賞賛と畏怖を込めてアリアにこの言葉を贈る。


「ふっ、君も同類だろう?」


 次の瞬間、アリアは俺の視界から姿を消し、首筋に強烈な痛みが走った。

俺の記憶が続いたのはここまでだ。






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