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ポスト  作者: 青山えむ
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最終話 届く

 メインラインに行くと水木さんを中心に、四人ほどが集まってお喋りをしていた。

 本来注意するべき場面だが今日は事情が違う。私は笑顔でその輪に近づく。


 私に気づいた一人が周りに目配せをした。「美雪ちゃんが来た」と言ってるように思えた。輪にいた全員が私を見た。なんだろう、嫌な感じだった。


「橋本さん、長欠だって? 大変だったみたいだね」


 水木さんがハキハキと言う。情報通の彼女のことだ、事情はすでに知っているのだろう。私はあいまいな笑顔でうなずく。


「そういえば橋本さん、ストレスたまってたみたいだよ。さいきん休みが取りにくいって。私もそう思う、なんで取りにくくなったんだろうって」


 水木さんが笑顔で言う。確信犯だ。この人は意地悪をする時に最高潮に笑顔になる人種だ。私を試している。下手な発言はできない。


「そうなんだ……休暇者が重なるとラインが回せなくなるから断ることもあったけど、それがストレスだったなら責任感じちゃうな」


 私は申し訳なさそうに言う。きっと「美雪ちゃんの責任じゃないよ」という言葉が返ってくるはずだ。

 少し待ったが反応はない。私を外した四人が目配せをしている。


「ていうか美雪ちゃん、こんなところで油売ってていいの? チーフ代理なんだからトラブルに立ち会わないとだめなんじゃないの?」


 水木さんが、今度は真顔で言う。非難しているようにも見える。装置トラブルなんだから私が役に立たないのは知っているくせに。本当に意地悪だ、この人。私をこの場から追い払いたいのだろう。私だってこんなところにいたくはない。


「そうだね、ありがとう。邪魔しちゃってごめんね」

 私は精一杯の笑顔で立ち去る。


「なにを今さら責任とか、思ってないくせに。そう言えば同情されると思ってるのかな」

「休みだけじゃないっつーの。いっつも私たちを監視しててさ」

「うちらにマニュアル読めとか言っててさ、自分はスタッフと話ばっかしてるくせにね」

「美雪ちゃんって性格悪いよね。この間も愛ちゃんにひどいこと言ってたらしいし。サブチーフだから一応持ち上げてやってたけど、今回ので降ろされるっしょ」

「しーっ、名前出すなって。聞こえるよ、ふふ」


 聞こえている。ショックだった。私は周りからそう思われていたのか。どうしてだ、私のなにが悪かったのか。まじめに仕事をしているだけではないか。前のチーフが甘やかしすぎだったのだ。


 トラブルがあったが、私は残業しなくてもよいと言われた。たぶん明日あたり、課長から通達があるだろう。お前をチーフから降ろすと。

 決まっているなら早く言ってほしかった。こんなにも報われないことがあるだろうか。



 今日の夕飯は野菜炒めと、副菜は焼いた鮭だった。また肉と魚だった。おみおつけは赤みそのせいか、見た目がしょっぱそうだった。

 野菜炒めはキャベツの芯が丸ごと入っていて硬かった。しめじは火の通りが不十分なのか、少し生焼けだった。食欲がなかった。さっぱりしたものが食べたかった。


 ポストを覗きにゆく。期待はしていなかったが、紙袋のようなものがはみ出ていた。

 確認すると、茶色の紙袋だった。ケーキ箱のようなものが入っている。宛名は私だった。やった、ついに来た。


 家のなかに入り、玄関で開けてみる。台所にはまだお義母さんたちがいる。

 透明のカップに赤いゼリーが入っていた。トマトゼリーかな? 冷やして食べようかと思ったが、なにかが変だった。


 パッケージに表示がなかった。商品名も賞味期限も書いていない。よく見ると、百均で売っているようなカップだった。

 私が当たったのはご当地グルメの懸賞だ。地名が書いてないのはおかしい。

 

 ゼリーのなかにはミニトマトが入っていた。赤くて丸いものが。いや、ところどころが赤い。新種のミニトマトだろうか。


「安くさいカップにトマトゼリー、本当にご当地グルメかな?」


 私は独り言を呟いていた。


「トマトじゃないよ、よく見てみなさい。それは目玉じゃないの?」


 お義母さんがすぐ後ろにいた。びっくりした。それよりも……今、なんて言った?

 私は視線をゼリーに戻す。ミニトマトだと思っていたもの。ところどころが赤い球体。赤くない部分は……角度を変えて見る勇気はなかった。

 それよりもどうしてお義母さんが、トマトじゃないことを知っているの? 一気に背中が熱くなり、嫌な汗が流れた。


「安くさくて悪かったね、ふんっ」


 お義母さんはそう言い捨てて、台所に戻っていった。私は驚きと恐怖で動けなかった。一体なにが起こったのだ。


 しばらくすると、夫が様子を見に来てくれた。


「これ、目玉だってお義母さんが……」


 私はカップの赤いゼリーを夫に見せた。


「まさか、おもちゃに決まってるじゃないか」


 夫は面倒くさそうに言い、居間に戻っていった。


 私は呆然とした。少しして、気づいた。私に味方がいないことに。

 いつも真面目に仕事をして、家ではお義母さんに気を遣って生活してきたのに。いつも私は正しい選択をしてきたのに。どうしてこんなことになっているのだろう。


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