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7.



「ルーシェ。到着したぞ」


疲れが出たのか馬車の揺れが心地よく、起こされるまで自分が寝ていた事も気が付かなかった。いつの間にか隣に移動したリカルドが肩を貸してくれていたようだ。

(よ、よだれ出てないかな?)

手で口元を拭うとリカルドに笑われる。


「気持ち良さそうに寝てたぞ。 さっ、降りるか」

リカルドに手を取って貰って馬車から降りると眼前に立派な建物があった。


「………。お城?」

「ぶふっ!? 違うって。これが俺の屋敷だ。今日からルーシェの家でもあるぞ」


リカルドが建物に両手を広げる。

余りに大きな屋敷に見上げる首が痛くなる。続いて、後ろと前をきょろきょろとしてみた。


「へっ? 門って、あの遠くに見える、アレ?」

「そう。あれ。遠くて不便だよなぁ…」


二人が入口で騒いでいると扉が開けられた。中から初老の男性が出て来る。

「リカルド様。お帰りなさいませ」

彼は目元を綻ばせながらこちらに視線を送る。


「あぁ、ルドルフ。 手紙にも書いたが彼女が俺の番、ルーシェ・リンレ。人間だ」

自慢するように話すリカルドに一つ頷くと

「私はこの屋敷の執事をしております、梟獣人のルドルフ・アーリアです。ルーシェ様、何なりとお申し付け下さい」


「る、ルーシェ様!? ルドルフさん、止めてください。ルーシェと呼んで下さい!」

「とんでもございません。未来の奥方様を呼び捨てするなど…」


ルーシェはリカルドに助けを求めるように伺い見る。

自分よりも年上の人に様を付けて呼ばれるなんて考えられない。


「ルーシェ。ルドルフを困らせないでやってくれ。大丈夫。少しずつ慣れて行けばいいさ」

頭をぽんぽんと撫でながら、リカルドは苦笑する。


「困らせるの? だって偉いのはリカルドさんであって、私じゃないんだよ?」

「俺もそんなに偉くないって」


すかさず、ルドルフが間に入ってくる。


「何をおっしゃいますか。この国で第一部隊隊長 リカルド・ロブレンを知らない人はおりません。今は別の所に暮らしておりますが、ご両親はこの国の公爵様。ご本人も爵位を賜り伯爵様でございます」


「えっ!? 伯爵様」


「いやいやいや、身内贔屓は恥ずかしいから止めてくれ。 俺の事なんて知らない人だってたくさん居るさ。たまたま戦果を上げられて名が知れ渡っただけだ。それに親が公爵って言っても俺は次男だし継がないからそこまで偉くない。それに伯爵ったって褒美の一つで、それこそたまたま貰ったもんだ」


「いいえ! リカルド様はこの国に欠かせないお方でございます。 ラスタ王国を煩わせていたイエナ国との戦いで大将首を討ち取り、戦を最短で終わらせた英雄こそリカルド様。国の皆、感謝しております」


「~~~。恥ずかしい奴だな。変な事ルーシェに吹き込まないでくれ」

照れてルドルフの方を見れないのかそっぽを向く。


「……。そんな凄い人の結婚相手が私なんかで良いのかしら…」


「待ってくれ!!」

「お待ちください!!」

リカルドとルドルフ、二人の声が同時に重なる。


「大丈夫でございます。ルーシェ様。何事も慣れでございます。この国の事も少しずつ学んで行ってください」


「でも、私はほとんど森から出た事の無い人間です。対人面だけでも不安なのに貴族社会なんて…。リカルドさんの恥になるのでは…」

慌ててルーシェは続ける。


「ルーシェ。何も心配はいらない。俺も面倒だから殆ど貴族との付き合いはしてない」

「それは問題ですけどね。 軍とのお付き合いばかりではなく、これを機にリカルド様も一緒にお勉強致しましょう」


ルドルフに言われ、苦虫を噛んだような顔をするリカルド。

二人のやり取りに深刻さも忘れて思わず笑ってしまう。


「リカルド様が国の英雄ならば、ルーシェ様は英雄の命の恩人でございます。ラスタ王国は国をあげて感謝致します。ましてやリカルド様の番様、これ程喜ばしい事はございません。ささ、こんな所で長話をしてしまって申し訳ございませんでした。中へどうぞ」


ルドルフが中へと案内してくれる。

玄関ホールに入ると屋敷の使用人たちが並んで出迎えてくれた。

高い天井には豪華なシャンデリア。

階段の踊り場には大きな絵画が飾ってあり、花を活けてある花瓶などを見てもすべて一目で高級な調度品だと言う事が分かる。

ついで自分を見下ろせば着古した萌木色のワンピース。やはり場違いにも程がある。

下を向いてスカートを握っていると、その手をリカルドに取られた。


「ルーシェ。裏庭に行こう。鉢植えの木を移してやらないとな。森の精霊に約束が違うって怒られちまう」


ルドルフから鉢植えを受け取るとルーシェを伴って裏庭へと向かった。

そこは綺麗に整えられた庭園があり綺麗な花が咲き誇っている。

だが森が出来てはこの素晴らしい庭園が飲み込まれてしまうのではないだろうか。


「う~ん。ここでは難しいんじゃないかなぁ…」


「いや、この向こう。外だ。ここから見える向こうの土地はすべてうちのだから。そこまで行こう。ちょっと歩くぞ」


(…あれが、すべてリカルドさんの土地ぃ!?)


呆気に取られていると手にスコップと水を汲んだバケツを持ったリカルドが戻ってきて、一緒に庭園を抜ける。囲いの外に出るとスコップで穴を掘りだしたので、ルーシェは鉢植えから小さな木を取り出した。

どうしたら良いのか分からなかったので、とりあえず木を植えて水を手ですくって数回掛けてみる。


すると植えた木がぐんぐんと成長し勢いよく天へと伸びる。左右にも草木が伸び始め、奥へ奥へと増殖し始める。

二人からは見えないのだが木が増えれば無かったはずの川も流れ、どこからともなく鳥や動物なども現れてきてあっと言う間に森がそこには出来上がっていた。


「凄いな…。圧巻だ…」

「…うん」

二人はぽかんと口を開けてみていたが、絞り出すように言葉を紡いだ。

リカルドを見て返事をすれば、彼は何かを考えている様子。


「この森は、森そのものが精霊なのかも知れない。きっと、この森に生きる動物達は捕まえる事も出来ないだろうな。存在しているようで、してないんだ。すべてが森に作り出された幻想なんだろうな…。かと言って薬草は本物。ルーシェの必要とする物は本物か…」


「?」


「おい。ルーシェ。お前は大丈夫だろうな!? 森に作り出されたもんじゃないだろうな!? 居なくなったりしないよな?」

ルーシェの両肩を掴んで軽く揺さぶる。


「私には両親も居たし、祖父母も居たよ?」


「そうだった。 はぁ~、…お前妖精みたいに可愛いから一瞬、焦っちまったよ」

ぎゅっと抱きしめてリカルドは天を仰ぐ。


「な、な、何言ってるのぉ!?」


腕の中で暴れてみるがびくともしない。

「俺の家にお前が居るのが不思議だな。 これが日常になるのか。 …いいな」

そっと後頭部を撫でられる。

ルーシェも背中に手を回して、そっと目を閉じ想像してみる。


いつでも独りだった自分が、これからは人に囲まれて生きていく。

不安がないと言ったら嘘になる。しかし、彼が一緒に居てくれるなら閉じ籠っていた殻から出られるのではないか。光の方へ行けるのではないか。


「リカルドさん。有難う」


顔を上げてお礼を言うと、再び強く抱きしめられた。

あ、キスされる…。と思い、きゅっと瞳を閉じる。

顔にリカルドの影が降りる。

が、中々唇は触れてこない。

薄く片目を開けるとリカルドがニヤニヤとした顔でこちらを見下ろしていた。


「やっ、何!?  もうっ!!」

胸元をぽかりと叩く。

リカルドは楽しそうに笑うと涙目を擦りながら。

「いや、たまんないね。可愛い。大好き」

と言って引き寄せ、軽くキスをする。


「一人になったルーシェを今まで守ってくれて有難うって、俺は森の精霊にも感謝してる…。 ま、これからは俺の役目だけどな」


「リカルドさん…」


リカルドは腰を引き寄せ、後頭部に手を添えるとルーシェの唇を塞いだ。

啄むように何度も繰り返すキスに酔いしれ、段々と深くなり舌を入れようと唇を割った。

瞬間、肩をとんとんと叩かれる。


うるさい!

と右手で叩き、再びルーシェの唇に夢中になろうとすると

とんとんと再度叩かれる。


「何だよ!?」


後ろを振り返ると弦が伸びて来ていて、いつしかの再現。

弦に捕まり宙吊りにされていた。


ルーシェはその光景に声を上げて笑うが、リカルドは面白くない。

絶対に森の精霊は男だな…。

腕を組んでふて腐れるリカルドは最大のライバルに闘志を燃やす。


「ルーシェ! パーティーをうちで開くぞ! 二人の婚約パーティーだ!!」

「はぁ!? パーティー?」


大勢の人にも慣れていないし、作法もわからないのに急にパーティーとか言い出したリカルドを訝しげに見る。


「俺も作法なんて適当だからな。二人で楽しめばいいさ。どうせうちでやるんだ。部隊の仲間内でやって練習しようぜ」


リカルドの言っている事は滅茶苦茶だ。

しかし場数を踏まなければどんな事も慣れない。

明日からルドルフさんにどうすれば良いか確認しよう。と思うルーシェであった。









【ラスタ王国に向かう馬車の中で】



斜め前に座り外を眺めるリカルドをこっそりと盗み見る。

本当に何て素敵な人なんだろう…。

金色の瞳は凛々しい彼にぴったりだし、癖のある銀の髪は束ねられているが整えていない分、野性味があって格好良い。


こんなに素敵な男性が自分の旦那さんになるなんて。

信じられない………。

自分はもしかしたら、すでに死んでしまったのではないか?

それか臨終間近の幸せな夢の世界なのではないか…。


足元を確認する。

うん。足はある。透けてない。


腕を叩いてみる。

うん。痛い。感覚はある。


じゃ、やっぱり現実なのか…。


再び、リカルドをちらりと盗み見をする…が、ばっちりと目が合った。


「さっきから、ちらちらこっちを見て何やってんだ?」

バレてた!!

「べ、べ、別にぃ~…」

ヒュー、ヒューと口笛を吹いて誤魔化すも緊張から空気が漏れるだけ。


「そっか?俺に見惚れてんのかと思ったけど?」

「な、自分で…、何言ってんのぉ!?」


絶対に今、顔は真っ赤で誤魔化せてない。


「………」

「どした?」


「狼に戻れる?」

「戻れるけど?」

「じゃ、ちょっとお願いします」

どうぞ、と片手を差し出す。


ふわりっと美丈夫が美しいシルバーウルフへと変身する。


「これでどうだ?」


すかさず、リカルドの隣の位置まで移動する。


「はぁ~。これこれ! なんて綺麗な狼なの? この毛並みもそうだけど、なんと言っても瞳が綺麗よね? 金に輝く瞳にすっと整った鼻梁。最高! 素敵! 格好良い!!」


ぎゅっと首元に抱き付きスーハーする。


「うわっ、何だよ!?」


「たまらぁ~ん」


首元に顔を埋め、ぐりぐりと押し付ける。

狼のリカルドには素直になれるのに…。

色気がだだ漏れな人間のリカルドにはまだまだ素直になれないルーシェなのであった。




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