10.
パーティーから数日後、突然の出来事だった。
リカルドが仕事で不在の日中に予期せぬ訪問者が現れたのである。
重い口調でルドルフが告げに来た。
「え? 私にお客様?」
「はい。先触れもなく、突然の訪問でしたのでお断りしたのですが、……自分に自信が無いから私に会えないのね。と不名誉な事を騒ぎ立てするもので」
嫌な予感がする。
「どなたかお伺いしても?」
「はい。リザベラ様でございます。お会いしなくても良いかと…」
どくん。 と、一瞬にして心音が速くなる。
「……、 いえ。お会いします」
「……了解致しました。しかし、お側に控えさせて頂きます。お二人ではお会いさせる事は出来ません」
「お願いします」
渋々といった様子だが、ルドルフが扉を閉めて去って行った。
彼もリザベラが元彼女だと知っているのだろう。
(いったい、何の用事があって私に会いに来たのかしら…)
不安が大きくなるが、今はリカルドが居ない。それに相手がどう出るつもりなのかも気になった。
再びルドルフが呼びに来る。
二人で連れ立って彼女が待つ部屋へと急ぐ。
「遅いじゃない!! あなたがリカルドの番?」
「ルーシェ・リンレでございます」
慣れない口調だが貴族社会に身を置くために練習中である。
「ふぅん。 こんな、ちんくしゃがぁ? あの美しいリカルドの? はんっ! 信じらんないわ!」
ソファに座っていたリザベラはルーシェが部屋に入るなり挑発的な態度をとる。
赤いタイトなドレスを身に纏い、相手を蔑み馬鹿にした態度を取っているが相変わらず色気がたっぷりで美しい。
彼女の勢いに押され気味になるが、負けていられない。
「本日は突然の訪問、どのようなご用件でしょうか?」
震えそうな手をギュっと握り締めて、背筋を正し真っ直ぐ彼女に視線を合わせ問う。
「何よ、偉そうに。まだ結婚もしてないんだからあんたの家じゃないでしょ? 平民のくせに態度が悪いわね。 いいから! こっちに来て座りなさいよ。立ったまんま、私を見下ろして喋ってんじゃないわよ」
(言われなくても座るつもりだったんですけど)
はぁっと溜息を小さく吐いて、後ろに立っていたルドルフに視線を向けると彼の額に青筋が立っている。握った手も血管が浮いていた…。
向かいのソファに腰を掛けると同時にリザベラがぎっとルドルフを睨み付ける
「ちょっと。女同士で話がしたいのだけれど? 邪魔じゃないかしら?」
パーティーの晩にリカルドから聞いた話によれば、リザベラは子爵家の令嬢だそうだ。
だから、私やルドルフに上から物を言うのだろう。
「ルドルフが同伴出来ないのならば、お話しはお伺いせず帰って頂きます」
本当は頭の中はパニックだ。
手も震え、声も上擦り、心臓がバクバク早鐘を打ち体の異常を訴えている。
「なっまいき!! 私がリカルドを振らなければ今頃伯爵夫人になっていたのは私よ! 見栄えが良いからと思って彼を落としたのに仕事馬鹿で全く会えないなんて詐欺よ。 別れてから国の英雄になるなんてふざけた事……。 わかってたら別れなかったわ! あんた、図々しくリカルドの隣に収まってんじゃないわよ。別れて早くこの国から出て行け!」
凄い言われようにぽかんとなる。
要は自分と別れてから出世してしまった彼を取り戻したいって事で良いのだろうか。自分が何を言っているか理解しているのかしら…。
呆気に取られていると苛立ったリザベラがクッションを手に取ってルーシェに投げつけて来た。
ボスンッ
クッションはルーシェに当たる前にルドルフによって叩き落とされる。
「リザベラ様。これは許容しがたい行為です」
彼女はカッと目を見開き、悔しさに顔を歪める。
憤慨とはまさにこの事。さっと立ち上がると「どきなさい!」と言ってルドルフの頬を叩こうと手を振り上げた。
すると、どこからともなくブーンと言う大きな異音が聞こえてくる。
その音に三人の動きが止まる。
音は大きく大群の羽音を思わせる。
部屋の窓は閉め切られていて虫なんて入ってくるはずがない。
三人とも音の在りかを探るが何も見えない。
「ちょっと。この音、何なのよ! 近づいてくるじゃない!!」
リザベラの言う通りだ。
大きな羽音が徐々にこの部屋に近づいてくる。
すると突然、リザベラの眼の前に蜂の大群が現れた。
「ひっ…!!」
蜂の群れはリザベラしか狙っていない。
彼女が驚いて一歩下がれば、一歩前へ。リザベラは身の危険を感じて急いで踵を返すと部屋から飛び出して行った。
と、同時に蜂の群れも一斉に彼女を追い掛ける。
「あぁ。ルーシェ様の森の加護が働いているのでしょう。 あの蜂が煩い蠅を追い払ってくれますよ」
ルドルフは「失礼」と言って優しく手を取ってくれると動けなくなっていた私をソファから立たせてくれた。
「自室でお茶でもしましょうか」と言って笑顔を向けてくれる
「ルドルフさん、有難うございます。一緒に居てくれて心強かったです」
「いえ、こちらこそ嫌な思いをさせてしまって大変申し訳ございませんでした」
「そんな…。私もリザベラさんを知れて良かったです」
美しくても彼女の本性を知れて羨ましという気持ちは薄れた。
ルドルフは大きく首を左右に振る。
「それにしても昔のリカルド様は女性を見る目がない…。
これだけは言っておきますが、不誠実ではないのですよ? 出会った当初のリザベラ様はとても上手に猫を被ってらっしゃいました。段々と本性をお出しになり、リカルド様を生きるアクセサリーのように扱い始めたのです。 何度も別れようとしたのですが、彼女が承諾をせず長引いてしまって。しかたなく会わなかったのです。リザベラ様ご本人はその間も色々な男性とお付き合いしていたのですがねぇ…。
やっとの思いで別れられましたのに。 しかし手柄をたて、英雄とまで言われ、民に慕われ、貴族として地位も得て、そのせいでリザベラ様の野心が再び燃焼し復縁を強請ったのでしょう。
しかし、リカルド様に振られてしまいルーシェ様に矛先が向いたのでしょうなぁ~…。リカルド様も爪が甘い…」
事情は良く分かった。
そんなにルドルフが落ち込まないで欲しい。リカルドは人に優しいから自分の名誉より、時間を掛けて円満にお別れする方法を選んだのだろう。
「ルーシェ様。 番と言うのは獣人の憧れでございます。 人の言う【運命の人】だと思ってください。互いに出会える可能性は低いのです。ですが、獣人が番を間違える事は有り得ません。リザベラ様は人間ですので、そこが理解出来ないのです。
間違いなくルーシェ様はリカルド様の番でございます。自信を持ってお隣に居られる存在ですので、あんなくだらない言葉に惑わされぬようお願い致します」
ルドルフの表情を見れば自分はこの屋敷の人達に受け入れられ大切にされている事はわかる。もちろんリカルドにも。
それでも燻る感情がある。
それはリカルドに対する嫉妬だ。昔の彼とは出会っていないのだからしょうがない。それなのに昔にお付き合いしていた女性達にまで嫉妬をする自分は醜いのではないか?そんな自分がリカルドと一緒に居られるのだろうか?
初めて男性を好きになった。
この胸を焦がすような、苦しい、嫉妬なんて感情も初めて。
自分の中でどう消化すれば良いのかわからない。
「この事は私からリカルド様へ報告しておきます。さ、お部屋に戻って美味しいケーキとお茶にしましょう」
ルドルフに促されて退出した。




