1.
前の作品を読んで下さった方も、初めましての方も宜しくお願い致します。
新しいお話の始まりです。
長雨が止んで久し振りの太陽。
森の木々も葉に付いた滴をキラキラと輝かせ、動物達も巣穴から出てはしゃぐ。
ルーシェは腕に籐の籠を持って、雨上がりの香りを纏う森の中を一人歩いている。
「おはよう!みんな。気持ちの良い朝だね」
枝に止まる鳥や跳ねまわるウサギ、葉を食む鹿の親子に視線を向けて手を振って挨拶をする。
いつもそんな調子なので動物達も逃げたりはしない。
彼女が動物の言葉を理解する分けではないのだが常に動物達は表現豊かだ。
こちらが心を開き、話しかければ互いに意思疎通も出来る。 …場合もある。
ルーシェ・リンレはこの広い森に一人で住んでいた。今年で21歳になる。
生まれてすぐに両親は事故により他界。母方の祖父母にこの森で育てて貰ったのだが、二人ともすでにこの世にはいない。
17歳で天涯孤独となってから4年、ずっとこの森で一人。話し相手はいつも動物達。
しかし長雨が続くと森の生き物は身を潜め、ひっそりとしてしまう。
そんな時はより孤独を感じるが、今日は晴れて森に活気が戻って来た。
「そろそろ薬草を卸さないと…」
祖父母には森で生きていく知恵を教わっていた。
二人が生きていた頃から庭には畑があり、それをルーシェも続けている。
森は四季に応じて芽吹く木の実や山菜がある。中には食べられない物もあるのだが、そういった知識も受け継いでいた。
中でも役立つのが薬草の知識。
これを活かして村の薬屋に卸し、現金を得ていた。
ルーシェは動物と仲良しだが菜食主義なわけではない。森の動物は仲間だが肉屋さんで売られているお肉は普通に食べる。
迷いのない足取りで進めば薬草が群生している場所に辿り着く。
“この森は生きている。そしてルーシェは愛されている”
祖父母に言われていた言葉だ。
それは実感としてわかっている。襲ってくるような動物と遭遇しないのも、食べ物に困らないのも、いつも森は望む物を与えてくれていた。
例えば、ララビ草が欲しいと思えララビ草の群生スポットへ。
クヲの実が欲しいと願えば目の前へ。
今も「今日欲しい」と頭に浮かんだ薬草4種が目の前一面に群生している。
「いつも有難う!!」
どこを見て言えば良いのかはわからないので、とりあえず上を向いて叫んでみる。
持ってきていた籠に4種の薬草を入れればすぐに溢れそうな量となった。
彼女の薬草はとても質が良く新鮮なので重宝されている。
一籠分で肉や魚を買っても十分なおつりが来るくらいだ。
「よし、このまま村へ行こう」
立ち上がってスカートの皺を伸ばすように叩くと【気合を入れて】村を目指した。
一時間程歩き続けると小さな村に辿り着く。
目指す先は薬屋。
カラン、カランッ…。
「いらっしゃいま…。 なんだルーシェか。頼んでいた薬草、持って来てくれたのか?」
片眉を上げて、面倒くさそうに店主が対応をする。
「はい。こちらになります」
ルーシェは籠を店主へと渡す。中を確認すると、一つ取ってパクリと口にした。
「…。相変わらず上級品だな。お前だけが用意出来るから、仕方なく正当な価格でうちが買い取ってやるけどなぁ、森にさえ入れればお前なんか用無しなんだがなぁ…」
店主は忌々しげに顔を歪めてルーシェを睨み付ける。
何を言われても生活が懸かっている。
ここは耐えるしかない。
「いつでも必要でしたら、私が採って参ります。正当な価格でのご対応も感謝しております」
ルーシェは有難うございます。と言って頭を下げてお礼を告げる。
まいどの遣り取りにうんざりする。
この村の住人達は森から来る娘を忌避していた。
それは彼女の容姿にも関係している。
薄桃色に輝き波打つ髪は腰の長さで揃えられ、生命力に溢れる瞳は翡翠色をしていた。村の住人達は皆、普通の茶色の髪と瞳をしている。
あきらかに違う容姿に遠巻きに見る者。
美しく容姿も整っているルーシェに嫉妬の目を向ける者。
このような状況から村に住む事も難しかった。
肉屋や魚屋に行っても同じだ。
冷たい態度に冷たい言葉。しかし価格は通常通りで対応してくれる。
皆、ルーシェに酷い事はしない。
なぜなら森の祟りを恐れているから。
森に愛され、大切にされている彼女に何かして村に禍が起きたら……と考えている。
遡る事、4年前。
祖父が亡くなり、頼りにしていた祖母まで亡くなった後、普通の見目の祖父母が居なくなって初めて一人で村へ買い物に来た時の事だ。
今まで普通に対応してくれていたのに、急に皆が冷たくなった。
「お前の瞳は気持ち悪い。こっちを見るんじゃないよ!」
「化け物のような容姿だな。本当に人間なのか?魔女めっ」
心無い言葉にショックを受け、傷ついた。
それに薬屋が今までの半額にも満たない料金で薬草を買い取ったのだ。
少ない金を握り締めて肉屋に並べば、隣で買い物をした人と同じ料金で同じ物を頼んだのに薄い肉が二切れしか売って貰えず驚愕した。
店主に抗議すれば「売って貰えるだけ感謝しろ!化け物の分際で!」と罵られる。
皆の変わりように恐怖し、早く帰ろうと村を出る。
すると数人の若い男達がニヤニヤと後を付けて来た。
足早に進み、目を合わせないようにするがルーシェの両隣りを男達が挟んだ。
そして前に立ちはだかる男が恐ろしい事を言う。
「お前は容姿だけは良いからな。 俺達の慰み者になるなら生活を面倒見てやってもいいんだぜ?」
男はいやらしく目をギラつかせ、舌なめずりをする。
鼻息も荒くルーシェの細い手首を掴んだ。
「嫌っ! やめて!離して!!」
恐怖に慄き、大きく叫んで抵抗をする…、と、その瞬間。
ルーシェの髪に付いていた植物の種がふわりと地面に落ち、地面の土に触れると天高く成長を始める。
植物の成長に遮られ掴んだ手も外れ、男達は驚きで腰を抜かし後ずさる。
ひぃーーっ!! 化け物!!
助けてくれ、やめろ!
ぎゃーーー…!と叫ぶ男達の声。伸びて行く木の壁の向こうで、何が起こっているのか…。
ぐんぐんと成長する木の下で弦が伸び、ルーシェの胴に絡みつくとその場から引き剥がした。木の枝の成長は続き、村の空を覆い隠すと止まった。
「あっ…、あれは、何!? 何が起こっているの?」
ルーシェの目の前には木で出来た一面の壁。
壁の向こう側には後を付けて来た男達と村がある。
すると葉が風で擦れ合うような、カサカサ、カサカサと音が鳴り始める。
だんだんと音が大きくなるとパタリと音が止んで、声が聞こえ始めた。
「ルーシェは、我が森の愛し子。彼女を大切にしない者には……、禍が、禍が、禍が」
始めに聞こえた声とは別の声で次々と『禍が…』と続く。
その間も弦はルーシェを村から離すように、森へ彼女を帰すようにと伸び続ける。
そして十分村から距離を取ると彼女を地面に下ろし、弦の先からサラサラと砂のように枯れて消え、村を覆う本体である木の方まで連動するように塵となり消えた。
それから村人たちはあからさまな態度をルーシェに取らなくなった。
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村に薬草を売りに行ってから数日後、家のドアがコッコと叩かれる。
ノックにしては鋭い物で叩いているようだ。
この家に今まで訪問者は居ない。恐る恐るドアを開けてみると綺麗な黄色い鳥が扉の前を旋回していた。
どうやらこの鳥が嘴でノックしたようだった。
外に出ると木々も葉を揺らし、落ち着きがない様子。
(いつもと何か様子が違うわ…。木々だけじゃない。動物達も何か私に伝えようとしている?)
進行方向には案内するように色々な動物達が、早く、早くとルーシェを見守っている。
それに頷くと黄色い鳥の飛ぶ方へと足を進めた。
鳥は足場の良い所を飛ぶわけでは無い。背の高い草の中を掻き分けて進むと川の流れる音が聞こえてきた。
そこまで案内すると黄色い鳥は河川敷の一か所で大きく旋回する。
鳥の下に目をやれば、そこにシルバーグレイの大きな犬が横たわっていた。
「やだ! わんちゃん!? どうしたの?具合悪いの?」
慌てて駆け寄れば、水に浸かった後ろ脚から血が流れていた。
このまま水に浸かっていればどんどん血液が流れてしまう。立ち上がったら自分より大きそうな犬を引っ張り、とにかく川から出す事に成功する。
「このままじゃ死んでしまうわ。どうにか家まで運べないかしら…」
ルーシェが考え込んでいれば、どこからともなく折れた木の枝が集まり、弦で固定され筏のような物が作られた。
そして弦がたくさん集まり犬を持ち上げ筏に乗せる。
「えっと…、有難う。」
この優秀な弦…。何でも出来そうだ。
とにかく今は助けが必要。独り言の様だが森へ聞いてみる。
「でも、どうやって家まで運ぶの?」
すると木の枝が両手を伸ばすようにバランス良く筏を支えて持ち上げ、更に隣の木が枝で持ち上げ…といった具合に次々と移動させて先を進んで行った。
その様子に呆気に取られていたルーシェも我に返ると急いで後を追う。
家に到着すると自分のベットの下に毛布で寝床を作り、その上に置いて欲しいと弦に頼んだ。するとそっと優しく犬を横たえてくれる。
家の外に向かって
「手伝ってくれて有難う。後は私が絶対に助けるわ!!」
そう言って家の中へと戻った。
(まずは傷口の確認をしなくちゃ!)
足の腿を見れば大きく切れたような傷口からは今も血を流している。
沁みるかも知れないが清潔な布を使って水で傷を洗い流す。だが意識が無いようで起きなかった。一応麻酔にもなるガガリ草を嗅がせて途中意識が戻らないようにする。
アルコールで傷を消毒すると焼いた針で傷口を縫った。
そして化膿止めとして使用するジルゾーラ草を磨り潰しガーゼに塗りつけると傷口に貼って包帯で巻いて治療は終了する。
こんな森では医者も来ない。
簡単な医療の知識は祖父に教えて貰った。
ココン。
ドアをノックする音。
ルーシェがドアを開けると誰も居ないが下にシシリー草とジルゾーラ草が大量に置いてあった。シシリー草は粥に入れたり料理に使って食べるタイプで、治癒力を高め傷の治りを早くしてくれる薬草だった。
「本当に…何から何まで、有難う…」
森の優しさにはいつも救われる。
この犬は見たことがない。きっと森の外から入って来たのだろう。
なのに、ここに居る…。
と言う事は森が入る事を許した生き物で、私に救いを求めている。
絶対に助けて見せる。そう誓うとドアを閉めて犬の元へと向かった。
短編にしようと思ったのですが、長くなったので連載に変更しました。
そんなに長くならない予定なので、最後までお付き合い頂けるよう頑張ります!
今の所ルーシェが可哀想な感じになっておりますが、これからラブが入ってくるはずです…。