8.親子の時間
晴天の直下に広がる青草を揺らすように、柔らかい風が吹く。そこへまばらに建った家々の前では、この世界での人々の営みが見えた。
丁度卵の入った籠を抱えた青年が通りかかり、こちらへと頭を下げた。遠くでは、井戸水を汲んでいた女性が手を振っている。広場の真ん中で寝こけている男は、先程の主婦に水を掛けられて飛び起きている。
「どうだ、初めて見る街は」
「こうして沢山人がいるのを見るのは新鮮ですね。何せ今まで外に出たことがなかったですから」
先日早起きをするように言われた俺は、父――アランに連れられて屋敷から街へと降りてきていた。今は立派な黒毛の馬に乗せられ、父の体に背を預けて揺られている。
初めて外に出たことは、純粋に感慨深い。ゲームとしてではなく、現実としてマギブレの世界をこの目で見れたのだ。それにこうして見ると、やはり廃墟となった領地の面影がある。
「まあそう言うな、リリアナからやっとお許しが出てよかっただろ」
革の胸当てを着込んだアランは、苦笑を浮かべて徐に俺の頭を撫でた。大きなゴツゴツとした手に抗う術もないので、されるがままに髪の毛をグシャグシャにされる。
因みに俺の外出が許されなかったのは、走ると直ぐに転んだりと危なっかしいと思われていたからだ。最近はそれが落ち着いたからと、昨日の晩にリリアナからゴーサインが出た。
実は明日が俺の誕生日なので、そういうお祝いも兼ねているのかもしれない。
「領主様、おはよう御座います」
少し遠目に街の様子を見ていると、こちらへと柔らかい物腰の男がやって来た。長髪を後ろで括り、メガネを掛けた優男っぽい印象を受ける。
「今日も早いな、街の様子はどうだ?」
「どう、と言われても至って平常。いつも通り変わりはありませんよ。それよりも、そちらは例の?」
「ああ、俺の子だ。アーミラ、挨拶しなさい」
アランに促され、俺は小さく会釈をした。
例の、と言っている辺り、俺の事は知っているらしい。一度も外に出たことが無いが、まあ――領主に子供がいることくらいは知らされて当然だろう。
それとも、何か俺の変な噂でも流れているのだろうか……?
「はじめまして、私の名前はナーブス・リードと言います。あなたのお父様の元で、騎士として街を守っている者です」
「アーミラ・アドルナードです。来月で二歳になります。ところで騎士、ということはナーブス様も貴族なのでしょうか?」
「おや、その歳でよく知っていますね。やはり噂通り利発な子のようです。アーミラお嬢様の言う通り、私はリード男爵家の三男でして、家を継げないのでここで働かせてもらってるんですよ」
実はこの街の自警団を取り纏める騎士と言えば、原作でも名前だけは出てきている。アニメだとどうだったかうろ覚えだが、八年後に魔族の侵攻で死ぬことだけは確かだ。
それよりも噂通りという言葉の方が、俺としては気になっているがな。
「ところで、今からどちらへ向かわれるのでしょうか?」
「ああ、ちょっと森へ猟に行くんだ。コイツの二歳の誕生日も近いことだし、一度アドルナード家の剣術を見せておこうとおもってな」
あ、それで今日は朝早く起こされたのか。
てっきり酒の席の戯言かと思っていたが、まさか本当に連れて行くとは……。
◇
領主の屋敷がある街は、そこまで大きくはない。農耕と少しの猟によって賄われる、至って凡庸な田舎だ。故にその土地の殆どは森と畑が占めており、広大な森林には多様な生物が暮らしている。
本で齧った知識だが、この目で見てみればその通り。丘陵の半ばから木々が並んでそびえていた。
ただ、そのまま森へと向かうのではなく、馬は道を逸れて一際高い丘の上へと登っていく。頂上までやってくると、アランは馬から俺を降ろした。
さっきまで地に足が着いていなかったせいか、まだ若干揺れている感じがする。視界の先には、もう随分と小さくなった街と――世界が広がっていた。
「どうだ、見えるか? あれが俺たちの街だ」
「はい」
それは『景色がいい』の一言で表すにはあまりにも雄大で、俺は初めて見る光景なのに何処か憧憬を覚えていた。
確か、昔住んでいた家もこんな風に森と山が沢山あって、子供の時は外が真っ暗になるまで遊んだ記憶がある。社会人になって上京してからは、もう随分と実家に帰ってなかった。
「……」
おふくろは、もう俺の凶報を聞いたんだろうか。友人は線香を上げにきてくれたかな。仕事の引き継ぎも上手くいったのか不安だ。
死んでしまった後ではどうすることもできないけど、あっちに残してきたもの――実は結構あったんだな。転生だなんだと喜んで慌てて、残された人たちのことを考える余裕もなかったらしい。
この世界の人生が違っているとは言わない。ただ――俺は少しだけ日本に帰りたくなった。
会社横にある行きつけのラーメン屋とか、通学路でじゃれて来る小学生とか、遠くから聞こえる吹奏楽の音とか、帰り道によその家から香ってくる夕飯の匂いとか、ベランダで吸う煙草の味とか、この世界にはそういうものが無い。
俺が懐かしいと感じるものは、もう一生見られないと思うとちょっと寂しいのだ。
「あぅ……」
そんなノスタルジーに浸っていた俺の頭を、アランは乱暴に撫で回す。前世の俺よりも大きな、節くれだったゴツゴツとした手は遠慮を知らない。
「いい眺めだろ」
「はい」
そう言ったきり、暫く沈黙の時間が続いた。太陽が高いところまで昇ったのか、暖かくなった風が肌を撫でる。その風に揺れる花々からは、春の匂いがした。
「昔、親父――お前の祖父様も俺をここに連れてきてくれたことがある。この先、この土地はお前が守るんだって言ってな」
「思い出があるのですね」
ただ、俺にとってここはまだよその景色だ。きっと目に映る物に対して抱く思いも、アランとは違うと思う。
「今度はリーンも母様も連れてきましょう」
「そうだな」
いつか俺も、本当の意味でこの景色が懐かしいと思える日が来るのだろうか。
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■■すらを■越した稀有なる■
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故に■の■を■る資質を■■
■■期の経験からか、■■から振るわれる■■に対して
異常な程に■■を抱かない
また、■■においては■■の■に■れてはいたが
この世で■■■■な存在を■■■■■ないが■
無意識に■■■■■■■していただけである