78.無手の本気
魔法無しアーミラの戦闘力はザーシャ以下リーン以上です
庭園の少し開けた――多少激しく動いても迷惑の掛からなさそうな場所で、シグルドと見合う。その手には刃引きされた鉄の剣が握られ、後ろでは枯れ枝のような執事が見守っている。対する俺は素手で、念入りに体をほぐしていた。
「さっきはあんなこと言ったけどおれ、剣術の先生が天才だって言うくらい強いんだからな。降参するなら今だぞ」
「しませんよ、寧ろその話を聞いて楽しみになりました」
「……バカなやつ」
普段から魔力増強の為に垂れ流しにしている魔力を抑え、身体強化も解除する。
外部に放出している魔力は、何もせずともある程度その宿主にプラスの影響を与えてしまう。それではフェアではないし、結界以外のバフは全部外しても良い程だ。
さて、これで俺は単なる武術を齧っている少女の身体能力になった。条件としては、武器を除いて相手とほぼ同じ。体格や筋肉量が男女で異なる事を考えれば、多少シグルドの方が有利だろう。
「一応ルールの確認を。寸止めは有効、金的や目などの急所狙いは無し。有効打と判断されるか、参ったと言わせるかのどちらかで勝ちです」
「泣きべそ掻いても負けだ」
「誰が泣くか、おれは男だぞ」
勝敗の判断は基本俺が決めるが、ヒートアップした場合はザーシャが止めに入る。そんなことにはならないだろうけど、念のためだ。
「じゃあ、やりましょうか」
俺はそう言って足を肩幅に広げ、両手を一定の間隔で構える。師匠が教えてくれた格闘術――拳法は嘗てリフカの先代たちが修行した寺院に伝わる僧侶拳士たちのもの。『壊拳無双流』と呼ばれ、単独で多勢を相手にすることを想定した流派だ。
師曰く『この流派を修めれば凡夫だって一騎当千の傑物になる』と言わしめるもので、ある程度修めた俺からしてもその表現は正しいと思った。
「先手はどうぞ?」
「ふん、余裕ぶって、お前こそ泣いても知らないからな」
鼻を鳴らして、正眼に剣を構えたシグルドが踏み込む。迷いがなく、動きも滑らかだ。剣の先生から褒められているというのも事実なのだろう。
「やぁ!」
そして五歳とは思えない、鋭い剣筋。頭上から振り下ろされたそれは、真っ直ぐに俺の肩を狙い打つ。
「流石、良い動きですね」
「えっ?」
俺は懐に潜り込み、剣の軌道を逸らすように、シグルドの手首を掌底で弾いた。同時に手隙の方でみぞおちに拳を叩き入れるが、反応され後ろへと逃げられる。
「クソ! もう一回!」
今度は走りながら袈裟斬りに振り下ろされる剣を、最小限首の動きだけで避ける。その反撃として細かく打撃を見舞うと、シグルドはきっちり剣の腹で受けてきた。
「ッ……! なんだよお前、全然強いじゃんか!」
「貴方も、この反応速度は普通の子供じゃあり得ませんよ!」
幾らなんでも、一つアクションが起きてから次への対応が早すぎる。身体強化を使っていないとは言っても、今の回避と攻撃のディレイは殆ど無い。相手が大人であっても、確実に初撃は当たるタイミングだった。
「女のくせに!」
「強さに男も女も、関係ないですよっ!」
シグルドが返す刀で斬り上げを放ち、俺はそれを上体を反らして躱す。その間にも軸足――左足を後ろへと伸ばし、それを起点に上段へと蹴りを見舞った。
「おお、これも反応しますか」
「掠った……てかお前ちょっとは恥ずかしがれよッ!」
上段蹴りの拍子にスカートが捲れたが、今日穿いているのは長めの毛糸パンツだ。所謂見せパンと言う奴だから、別に恥ずかしくともなんともない。
それより、今のも綺麗に反応されてしゃがまれた。しかも俺が蹴りを放つ前に、姿勢を低くする予備動作をしていた。これは視野の広さと反射神経の賜か。
「まだ無意識っぽいですけど」
「なんのことだ!?」
「こちらの話です」
突然だが、残念なことに俺には格闘術の才能が無い。高い反射神経や動体視力だとか、天性のバランス感覚だとか、そういった身体的な事で言えばからっきしだ。
カタログスペックだけで言えば、まずザーシャには勝てないし、シグルドだってここまで拮抗した勝負にならないだろう。
だから俺は一旦それら全部を諦めて、他の部分を極めることにした。
――――考えること、それが戦いにおいてヒトが持つ最も大きなアドバンテージ。
とにかくひたすらに考える。行動全てを演算機能内で言語化し、その後の判断にフィードバックすることを俺はした。
自分の行動、相手の目線、指先の動きや爪先の向きに至るまで。一挙手一投足、全てを情報として取り入れ、今も次に何をすれば良いのか考え続けている。
観察と予測、それが身体的な戦闘の感覚を持ち合わせない俺の出来うる最大限だ。
「ッ!」
右手で殴りつけた俺から、シグルドは距離を取ろうと後ろへ下がる。そこに合わせて一歩踏み込み、もう一方の拳で肩口を狙う。
「……やっぱり貴方、良いです」
回避が出来ないと察した彼は、無手の掌で攻撃を止めつつ剣を振り上げた。それを見て半身横へ動くと、先程まで俺がいた場所に攻撃が降ってくる。
ただ、そこまで予測はしていた。両腕とも動かした直後でがら空きの胴へ掌底を叩き込み、たたらを踏んだところをそのまま掴んで投げ飛ばす。
「グッ……」
出来るだけ優しく投げたので、受身は取れたようだ。痛みに顔を歪めながらヨロヨロと起き上がる彼に向かって、残心を解いた俺は手を差し伸べた。
「……おれの負けだ」
「いい勝負でしたね」
シグルドは悔しげだったが、確かに俺の手を掴んだ。この辺りは、ザーシャと違って素直で可愛い。
「その、さっきはバカにしてごめん。お前のこと知らないのに、勝手に弱いって決めつけてた」
「気にしてませんよ、私も挑発するような真似をしてすみませんでした」
「ん、それにしてもおまえ強いな。誰かに習ってるのか?」
「ええ、ちゃんと師匠がいます」
「そうか、おれも先生に教えて貰ってるんだ」
さて、取り敢えずこれで何かいい感じに距離が縮まったな。やはり肉体言語は、コミュニケーションとして最適である。
「なあアーミラ、やっぱりアドルナード家って、みんなお前や先生みたいに強いのか?」
「……先生?」
今とても気になる事を言った気がするが、シグルドの発言と同時に後ろでも何か物音がした。そちらへ振り向くと、整えられた木枝の陰に一人の男が立っていた。




