77.第五王子の友達に
「話は纏まったか」
ラハートの打診を受け入れ、詳細な話は後日……となった後。彼がそ元の列に戻るのを見届けて、アーサーは玉座から立ち上がった。一段高いところにあるそこから降り、俺の前までやって来る。敢えてアランをスルーして、一直線にだ。
「アーミラ・アドルナード、折り入って貴公に頼みがある」
その目は、有無を言わせない程真っ直ぐな光を宿していた。何か邪な頼みで無いことは、王の目を見ればすぐに分かる。俺は静かに頷くと、続きの言葉を待った。
俺に頼み事となれば、賢者に関連するものの可能性がある。そうでなくとも、恐らくは魔術師として何かをして欲しいとか、そういった類の物に違いない。俺は基本の属性魔法は使えないが、他の人間に出来ないことが出来るという自認があった。
王に恩を売れる事を考えると、なんとしてでもその頼みは叶える必要がある。多少無茶な願いでも、受ける他は無いだろう。
そうして俺が内心で様々な可能性を考えていると、漸く王は徐に口を開き、
「そのだな……余の息子と……あれだ、友達に、なって欲しいのだ」
最も予想していなかったパターンの頼みを告げたのだった。
◇
宮廷の中でも、王族の住居となると警備はより厚くなる。限られた者しか入れず、部外者が立ち入ることは絶対に許されない。俺は今、そんな場所を堂々と兵士を伴って歩いていた。
その隣を歩くのは、謁見の際は玉座の間に立ち入れなかったザーシャ。一応護衛であっても部屋の前までは入れたのだが、本人が面倒臭がって馬と戯れていたのだ。
「……帰りてぇ」
「まあまあそう言わずに、私一人じゃ心細いですから」
「お前がそう言うなら、まあ……しゃあねえか」
して、肝心の王からのお願い事というのは、彼の息子と友達になってやって欲しいというもの。どういうことかと事情を聞けば、今から会いに行くその息子――シグルド第五王子は俺と同い年なのだと。
久しぶりに年甲斐も無く正妻とハッスルしたアーサーの末子で、上の第四王子とは十五も年が離れているとか。兄弟仲は悪く無いが、遊ぶには如何せん歳が離れすぎている。友達と呼べる間柄の人間もおらず、孤立しているらしい。
それを心配に思ったアーサーが、友達候補として同い年の俺を呼んだというわけだ。
王族の友人候補なので、精神的に安定した賢い子が良いという条件に当てはまるのが俺だったらしいが、果たして本当にそれだけが理由なのかは分からない。
「シグルド様はあちらに」
道の先に見えた渡り廊下を抜け、更にその先の庭園に一人の少年が立っていた。濡烏のような黒い髪に、対比のような白磁の肌と榛色の瞳。王族にしては珍しい容姿だが、母方の血だろうか。彼は物憂げな表情で渡り廊下の柵に肘を置き、草花を眺めている。
こう、顔立ちも相まって、まるで耽美主義の絵画のようだ。最早横顔の輪郭線一つ一つが美しい、同じ男でもドキッとしてしまう何かがある。最近美形耐性が付いてきたと言うのに、やはり王族は別格ということか。
「こんにちは、シグルド殿下」
俺はそのすぐ側までやって来ると、出来るだけ柔らかな声で挨拶をした。
「っ……」
「初めまして、アーミラ・アドルナードと言います。父が陛下と大事なお話をしているので、その間暇なんです。少しお話をしませんか?」
綺麗なカーテシーを披露するも、シグルドは黙ったまま俺を見ている。やはり急に話しかけたのは良くなかったのだろうか?
「……父上は、また余計なお世話をやいたのか」
と言うよりかは、それ以前の問題だった。アーサーの口ぶりからして、俺以外にもこういった友達候補を呼び出してはいると思ってはいた。当人はそれに辟易しており、歓迎してくれる様子はない。政については分かっても、実の息子の心の機微は分からないのだろうか。
しかし、
「命令されて友達になりにきたような奴と、おれは仲良くしない。帰ってくれ」
「いや、別に陛下に命令されたからと言って、友達になるつもりはありませんよ。仲良くするかどうかは、私の裁量で判断します」
例え他ならぬこの国の王の願いとは言え、俺だって自身の交友関係を他人に決められるのは癪だ。無論遊び相手をしろと言うのなら別に幾らでもするが、合わない人間だった場合友達になるのは御免被る。
「言ってる意味がわからないぞ、なんなんだおまえ」
「友達になるかならないかは、まずお互いの事を知ってから決めましょう、ということです」
口調や態度を見るに、精神年齢的には相応といったところだろう。最近歳に合わない言動ばかりする奴ばかりと接して来たせいか、こういう子を見るとほっこりする。
落ち着いた性格そうな彼の場合、ザーシャと違い同じ目線でぶつかるのではなく、大人な態度で諭してあげるのが良さそうだ。
『大人げない俺』の人格は封印である。
「……何だよ、俺の方見て」
「ふふ……いえ、ちょっと昔を思い出しただけです」
そう言えば、あの時はこの悪ガキも相当荒れていたな。信用できないと思っていた大人や貴族といった人種に拾われて、感謝と苛立ちが綯い交ぜの状態。しかもその感情を外に出せないまま溜め込んで、どうしようもなかったように俺には見えた。
だから子供である俺がその怒りの捌け口になり、発散させなければとああいった対応をしたのだが――今回はどうしたものか。
遠くから見ても、シグルドは寂しげにしていた。近くに従者はいるが、それも老齢の執事。歳の近い者の姿は無く、遊び相手もいるようには思えない。取り敢えずは彼が俺に心を開いて、何を考えているのかを知る必要がある。
それによって、俺が友達になるか、もっと別の方法を考えるかを決めるべきだ。
「腰のそれ、シグルド殿下は剣術を嗜むのでしょうか?」
「別に、暇つぶしにやってるだけだ。皆は才能があると言うが、どうせ世辞だし興味もない」
シグルドの腰に提げられている剣を話題に上げると、彼は少し耳を赤くしてそっぽを向いた。と同時にその発言を聞いて、ザーシャのこめかみに青筋が浮く。
「……おい、この甘ちゃん野郎いっぺん殴ろうぜ」
「落ち着きなさい、相手は王子ですよ。今そんな事したら不敬罪で捕まります」
彼が甘ちゃんであることは否定しないが、急に人に殴りかかるのは道徳的にアウト。故に、ちゃんとした手順を踏む必要がある。
「なので一つ、お手合わせ願えますでしょうか」
「それでおまえたちが帰ってくれるならいいけど、流石に子供の護衛とじゃ話にならないと思うぞ?」
「ああいえ、相手をするのは彼ではなく――私です」
予想外の返答だったのか、シグルドは暫くポカンとした表情のまま俺を見つめていた。それからすぐにその顔が不機嫌そうに陰り、鞘ごと帯から剣を外して廊下から庭へと出ていく。
「怪我しても知らないからな」
相手の事を知りたくば剣を交えるのが最も早い、というのがうちの家訓の一つ。一緒に体を動かせば距離は縮まり、自ずと本音も見えてくる。加えて剣は彼のアイデンティティと見た、ここは一つ大人の対応(物理)を見せてやろうではないか。