表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/85

76.他家の介入

 お前は誰だ、とそう言われた威厳ある栗毛の男は、眉根を顰めた。


「だ、誰とは無礼な! この場、そしてそこに私がいる意味が何処か分からぬのか」


「ああいえ、ここが玉座の間で、王の御前というのは分かっています。ただ、貴方は()()()()()()()()ですよね?」


 少し語気を荒らげた男に対し、俺は尚も胡乱さを隠す事無くそう言う。して、何故今そんな戯言を言っているのかは、恐らくマギブレをプレイしたことがあり、尚且つこの場にいる人間にしか分からない。


「一体何を根拠にそのような事を言っておるのだ!? 如何に小娘であろうとも愚弄は許さんぞ!」


「じゃあ、何故貴方は先程から自身を王だと直接口にしないのでしょう?」


「……ッ!」


 理由は幾つかある。


 まず、メタ的な話として、設定資料集に記載されていたリガティア国王のプロフィールにはしっかりと『没年齢五十八歳』と記載されていた。国が滅ぶのが十年後だとしても、目の前の男はどう見ても三十代前半。これでは辻褄が合わない。


 そして作画資料の中で、王は金髪であることも明かされている。これは嘗て覇王の氏族であった、現貴族たちの特徴だ。どうでも良い事情だが、リガティア貴族に金髪が多いのはそういう理由からである。


 それからこの世界の住人として感じた違和感が一つ。


 彼は俺たちが玉座の間に入って来てから、一度たりとも自分が王であると名乗ってはない。ただ、それらしき態度でそれらしい発言をしただけである。


 最後にこれはちょっとした俺の偏見であるが、本当に王であるのなら、普通は王冠を被ってゴテゴテとしたマントを羽織り、玉座に座って臣下を待つものだと思うのだ。何故、態々立って俺たちを出迎えたのか、素直に疑問だった。


「まあ、王ではない者がこんな事をする理由は分かりませんが」


 この男が偽物だとして、敵であるならばここにいる他の貴族たちもグルか、もしくは洗脳でもされたのか。


 確か某国民的RPGでも、王様に化けた魔物――なんて似たようなシチュエーションがあった。もしそうだった場合、俺とアランは周りを敵に囲まれていることになる。一応並列思考でいつでも転移出来るように準備はしているが、雰囲気的に何か違う気がするんだよな。


「……」


 王ではない何者かは暫くの間俺を睨めつけ、黙りこくっていた。それから少ししてから、眉間を指で揉み解しながら盛大に溜息と唸りを漏らした。


「全く……おいアーサー、全部バレてたぞ!」


 そうして呆れたような顔で俺の背後、グルシャを見た。俺も同じように振り向くと、彼は徐に立ち上がり――


「っふ……くく、ふふふ……ふひひ、クハハハハッ!!」


 堪えきれないと言った風に、大声で笑い始めた。俺が何事かと思う間にも、グルシャは腹を抱えてその場で笑い転げている。いや、本当になんなんだ……。


「ハハハ!! ヒィ、ハヒッ、クハハハ! どうやらそのようだな、いや全く慧眼慧眼! この少女の目敏さには驚かされるわ!」


 未だに笑いを漏らしつつも、彼は後ろへと撫で付けていた髪を手で乱す。そのまま前髪を掻き上げるようにし、心底愉快そうな顔で俺を見た。


「ではネタバラシと行こう。私はアーサー・フォルティカ・グニート=ヤ=レイス、正真正銘、本物の国王だ」


 そう言った時のグルシャ――いや、アーサーの顔は、完全にイタズラが成功した子供のように輝いていた。






 

「ハッハッハ、すまんなぁ! グランの孫が来ると聞いて、これだけはどうしても一回やっておきたかったのだ」


 その後アーサーは俺の想像していた王と相違ない格好に着替えた。玉座へ座り、人好きのする笑みを浮かべながら、まるで悪びれもせずにそう謝る。


「いや、本当にすまない。先程のは王の悪癖でな、私も渋々付き合わされていたのだ。まあ……しかし、まさか見た瞬間に看破されるとは思ってもみなかったが」


「アランが小僧の時グランに連れられてやって来た時は、二時間程全く気づかなかったと言うのにな! いやはや、あれは本当に傑作であった!」


「へ、陛下、その話は娘の前では……」


 代わりというのもあれだが、王のフリをしていた――此方が本物のグルシャ・マクラーレンらしい人は、本当に申し訳無さそうな顔で謝罪してくれた。この王の様子だと宰相の彼は相当な苦労人ポジジョンなのだろう。出来るだけ優しくしてあげたい。


 しかし、アランまでグルだったとは。膝をついているのを横目で睨みつけると、気まずそうな顔でそっぽを向かれた。


「して、アラン・アドルナード、アーミラ・アドルナード、両名よくぞ余の召還に応じてくれた。感謝するぞ」


「勿体ないお言葉」


「今日貴公らを呼んだ用事は幾つかあるが、まずは……ラハート、貴公から話をするといい」


 アーサーに呼ばれて、臣下の一人が前へと出る。少し痩せた背の高い、銀色の瞳の男だ。


「今しがた陛下からご紹介に預かった、ラハート・ラフデンベルクだ」


 ラフデンベルク公爵、その特徴的な銀色の瞳孔は嘗て王の家系――グラニオウス・レイスと雌雄を争った[銀獅子]の二つ名を持つ氏族の末裔だ。


 彼ら氏族の持つ銀瞳は魔眼ではないが、それに近しい性質を持つ。魔力視、圧倒的な動体視力、反射神経を兼ね備え、魔力の強い者は軽い催眠術程度なら操ることが可能。掛け値なしに、この国で最も力を持つ家系の一つに違いない。


 含蓄のある言い方をすると、出来るなら天上人として、遠くで見ていたい人種でもある。


「最近の目を瞠るような躍進、耳にしている。中々に貴族としての立ち回りがうまくなったな、アドルナード卿」


「滅相もない、人の運に恵まれ、偶々事が上手く運んだだけであります。公爵閣下」


「人の運、それは自分の娘も指して――か?」


「そう捉えられるのであれば、否定は致しません」


 膝をついたまま、いつも飄々として目上の人間にさえ軽口を叩くような(アラン)が冷や汗を掻いていた。それに隣にいる俺も感じている、背中に冷たいものを感じる圧を。


 アーサーも王としてそれなりの威圧感はある、グルシャは堅物でそういった雰囲気を纏っている。だが、彼らは此方を慮って出来る限り穏やかにいるよう努めていた。それをこの男は意図して――他者を圧するような立ち居振る舞いをしている。


 まるでこうすることで、相手を試しているかのようだ。


「……まあよかろう。今日、陛下にお頼みして貴様らを召還したのは他でも無い、アドルナード領に新たに出来た町のことだ」


「何か問題があったのならば、対応致しますが」


「いや、違う。用件としては寧ろ逆だな、聞けばその町――フォルトナでは他所の植物を育てていると言うではないか。こと農業においては我が省の管轄故に、行政として支援をしていたが、成果が出ているのを見て一つ決めた」


「と、申しますと……?」


「詳細な話は省くが、ラフデンベルク家として、支援を申し出る。商品こそ質の良いものが出ているとは言っても、それを流通させる商人にあまり伝手が無いのは明白だしな」


 ……いよいよ来たか、他家からのちょっかい。一対一ではなく、態々王の手前で言う部分に厭らしさを感じるな。


「遊技盤の開発と言い、新たな特産品と言い、これらは国を発展させ得るものだ。かくいう陛下も、遊技盤は大層お気に召しておられる。この辺りで後ろ盾を得ておくのが、妥当というものではないか?」


「それは、大変有り難いお話ではありますが……今ここでというのは……」


「ふむ、なるべく早急に、とも思ったのだが。特にマクラーレンなどは、あまり躍進する他家に良い顔はせんからな。気を抜くと何をしてくるか、わかったものではないぞ」


「ラハート貴様、その言い方は心外だな。私がいつ他家に圧力を掛けたと?」


 少し嘲るような目でグルシャを一瞥し、その視線を向けられた当人は剣呑に目を細める。とは言え、実際問題、貴族社会というのは出世争いの極みと言っても良い。


 今この座に着いている者たちは皆、多かれ少なかれ他者を蹴落として来た。それはリヒターの知人であるグルシャも例外ではなく、出る杭――つまりアドルナード家を咎めに来てもおかしくはないだろう。


 あくまで当主はアラン、その父のグランは元平民だ。特に彼らのような、歴史ある家柄の貴族たちの心象は概ね良くない。


 ラハートはその上で、出来るだけ甘い汁を吸いつつ主導権を握ろうとして来た。後ろ盾という体は成しているがつまりは「事業に一枚噛ませろ、利益を此方に還元しろ」ということだ。


 他の若干悔し気にしている者たちは、その争いに出遅れたといった感じだろう。いや、アーサーの面白がるような表情を見るに、事前に知った上で――敢えてこのオフィシャルな場でラハートに提案させたのか……?


 だとすると、ここで断るというのは即ち王の打診を拒絶することになる。どうやっても「はい」以外の選択肢が消えるわけだが、恐らくアーサーはそれも分かっている。


「父様、この打診は受けましょう。どのみち商人とのコネが無いのは事実ですし、新参の伯爵家風情ではそろそろ限界です」


「おいアーミラ、そうは言うが……これは明らかに……いや、なんでも無い」


 俺はアランにしか分からないよう、小さく舌を出して合図を送る。その意図が伝わったのか、少し不安気なまま静かに頷いた。


「ふむ、やはり貴様の娘は聡明だな。物事の道理というものを良く分かっている」


 それを是と捉え、ラハートは満足気に俺を褒める。後ろでは、アーサーがニヤニヤとした笑みを浮かべながら、頬杖をついていた。一応、及第点だったということだろう。


 悪いが基本、他所の貴族は何処も信用していない。利益を搾取するとは言え、あくまで最低限win-winな関係を築いてくれるのだろうが――いずれこの立場は逆転させて貰う。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 後ろ盾も人脈も得がたいものではあるし 人材の精査と人脈の構築の手間をある程度短縮できると思えば 高い利子を支払う価値はあるんじゃない じいさんがいつぞや言っていた、使えるコネは使っとけ精神…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ