76.他家の介入
お前は誰だ、とそう言われた威厳ある栗毛の男は、眉根を顰めた。
「だ、誰とは無礼な! この場、そしてそこに私がいる意味が何処か分からぬのか」
「ああいえ、ここが玉座の間で、王の御前というのは分かっています。ただ、貴方は国王陛下では無いですよね?」
少し語気を荒らげた男に対し、俺は尚も胡乱さを隠す事無くそう言う。して、何故今そんな戯言を言っているのかは、恐らくマギブレをプレイしたことがあり、尚且つこの場にいる人間にしか分からない。
「一体何を根拠にそのような事を言っておるのだ!? 如何に小娘であろうとも愚弄は許さんぞ!」
「じゃあ、何故貴方は先程から自身を王だと直接口にしないのでしょう?」
「……ッ!」
理由は幾つかある。
まず、メタ的な話として、設定資料集に記載されていたリガティア国王のプロフィールにはしっかりと『没年齢五十八歳』と記載されていた。国が滅ぶのが十年後だとしても、目の前の男はどう見ても三十代前半。これでは辻褄が合わない。
そして作画資料の中で、王は金髪であることも明かされている。これは嘗て覇王の氏族であった、現貴族たちの特徴だ。どうでも良い事情だが、リガティア貴族に金髪が多いのはそういう理由からである。
それからこの世界の住人として感じた違和感が一つ。
彼は俺たちが玉座の間に入って来てから、一度たりとも自分が王であると名乗ってはない。ただ、それらしき態度でそれらしい発言をしただけである。
最後にこれはちょっとした俺の偏見であるが、本当に王であるのなら、普通は王冠を被ってゴテゴテとしたマントを羽織り、玉座に座って臣下を待つものだと思うのだ。何故、態々立って俺たちを出迎えたのか、素直に疑問だった。
「まあ、王ではない者がこんな事をする理由は分かりませんが」
この男が偽物だとして、敵であるならばここにいる他の貴族たちもグルか、もしくは洗脳でもされたのか。
確か某国民的RPGでも、王様に化けた魔物――なんて似たようなシチュエーションがあった。もしそうだった場合、俺とアランは周りを敵に囲まれていることになる。一応並列思考でいつでも転移出来るように準備はしているが、雰囲気的に何か違う気がするんだよな。
「……」
王ではない何者かは暫くの間俺を睨めつけ、黙りこくっていた。それから少ししてから、眉間を指で揉み解しながら盛大に溜息と唸りを漏らした。
「全く……おいアーサー、全部バレてたぞ!」
そうして呆れたような顔で俺の背後、グルシャを見た。俺も同じように振り向くと、彼は徐に立ち上がり――
「っふ……くく、ふふふ……ふひひ、クハハハハッ!!」
堪えきれないと言った風に、大声で笑い始めた。俺が何事かと思う間にも、グルシャは腹を抱えてその場で笑い転げている。いや、本当になんなんだ……。
「ハハハ!! ヒィ、ハヒッ、クハハハ! どうやらそのようだな、いや全く慧眼慧眼! この少女の目敏さには驚かされるわ!」
未だに笑いを漏らしつつも、彼は後ろへと撫で付けていた髪を手で乱す。そのまま前髪を掻き上げるようにし、心底愉快そうな顔で俺を見た。
「ではネタバラシと行こう。私はアーサー・フォルティカ・グニート=ヤ=レイス、正真正銘、本物の国王だ」
そう言った時のグルシャ――いや、アーサーの顔は、完全にイタズラが成功した子供のように輝いていた。
◇
「ハッハッハ、すまんなぁ! グランの孫が来ると聞いて、これだけはどうしても一回やっておきたかったのだ」
その後アーサーは俺の想像していた王と相違ない格好に着替えた。玉座へ座り、人好きのする笑みを浮かべながら、まるで悪びれもせずにそう謝る。
「いや、本当にすまない。先程のは王の悪癖でな、私も渋々付き合わされていたのだ。まあ……しかし、まさか見た瞬間に看破されるとは思ってもみなかったが」
「アランが小僧の時グランに連れられてやって来た時は、二時間程全く気づかなかったと言うのにな! いやはや、あれは本当に傑作であった!」
「へ、陛下、その話は娘の前では……」
代わりというのもあれだが、王のフリをしていた――此方が本物のグルシャ・マクラーレンらしい人は、本当に申し訳無さそうな顔で謝罪してくれた。この王の様子だと宰相の彼は相当な苦労人ポジジョンなのだろう。出来るだけ優しくしてあげたい。
しかし、アランまでグルだったとは。膝をついているのを横目で睨みつけると、気まずそうな顔でそっぽを向かれた。
「して、アラン・アドルナード、アーミラ・アドルナード、両名よくぞ余の召還に応じてくれた。感謝するぞ」
「勿体ないお言葉」
「今日貴公らを呼んだ用事は幾つかあるが、まずは……ラハート、貴公から話をするといい」
アーサーに呼ばれて、臣下の一人が前へと出る。少し痩せた背の高い、銀色の瞳の男だ。
「今しがた陛下からご紹介に預かった、ラハート・ラフデンベルクだ」
ラフデンベルク公爵、その特徴的な銀色の瞳孔は嘗て王の家系――グラニオウス・レイスと雌雄を争った[銀獅子]の二つ名を持つ氏族の末裔だ。
彼ら氏族の持つ銀瞳は魔眼ではないが、それに近しい性質を持つ。魔力視、圧倒的な動体視力、反射神経を兼ね備え、魔力の強い者は軽い催眠術程度なら操ることが可能。掛け値なしに、この国で最も力を持つ家系の一つに違いない。
含蓄のある言い方をすると、出来るなら天上人として、遠くで見ていたい人種でもある。
「最近の目を瞠るような躍進、耳にしている。中々に貴族としての立ち回りがうまくなったな、アドルナード卿」
「滅相もない、人の運に恵まれ、偶々事が上手く運んだだけであります。公爵閣下」
「人の運、それは自分の娘も指して――か?」
「そう捉えられるのであれば、否定は致しません」
膝をついたまま、いつも飄々として目上の人間にさえ軽口を叩くような男が冷や汗を掻いていた。それに隣にいる俺も感じている、背中に冷たいものを感じる圧を。
アーサーも王としてそれなりの威圧感はある、グルシャは堅物でそういった雰囲気を纏っている。だが、彼らは此方を慮って出来る限り穏やかにいるよう努めていた。それをこの男は意図して――他者を圧するような立ち居振る舞いをしている。
まるでこうすることで、相手を試しているかのようだ。
「……まあよかろう。今日、陛下にお頼みして貴様らを召還したのは他でも無い、アドルナード領に新たに出来た町のことだ」
「何か問題があったのならば、対応致しますが」
「いや、違う。用件としては寧ろ逆だな、聞けばその町――フォルトナでは他所の植物を育てていると言うではないか。こと農業においては我が省の管轄故に、行政として支援をしていたが、成果が出ているのを見て一つ決めた」
「と、申しますと……?」
「詳細な話は省くが、ラフデンベルク家として、支援を申し出る。商品こそ質の良いものが出ているとは言っても、それを流通させる商人にあまり伝手が無いのは明白だしな」
……いよいよ来たか、他家からのちょっかい。一対一ではなく、態々王の手前で言う部分に厭らしさを感じるな。
「遊技盤の開発と言い、新たな特産品と言い、これらは国を発展させ得るものだ。かくいう陛下も、遊技盤は大層お気に召しておられる。この辺りで後ろ盾を得ておくのが、妥当というものではないか?」
「それは、大変有り難いお話ではありますが……今ここでというのは……」
「ふむ、なるべく早急に、とも思ったのだが。特にマクラーレンなどは、あまり躍進する他家に良い顔はせんからな。気を抜くと何をしてくるか、わかったものではないぞ」
「ラハート貴様、その言い方は心外だな。私がいつ他家に圧力を掛けたと?」
少し嘲るような目でグルシャを一瞥し、その視線を向けられた当人は剣呑に目を細める。とは言え、実際問題、貴族社会というのは出世争いの極みと言っても良い。
今この座に着いている者たちは皆、多かれ少なかれ他者を蹴落として来た。それはリヒターの知人であるグルシャも例外ではなく、出る杭――つまりアドルナード家を咎めに来てもおかしくはないだろう。
あくまで当主はアラン、その父のグランは元平民だ。特に彼らのような、歴史ある家柄の貴族たちの心象は概ね良くない。
ラハートはその上で、出来るだけ甘い汁を吸いつつ主導権を握ろうとして来た。後ろ盾という体は成しているがつまりは「事業に一枚噛ませろ、利益を此方に還元しろ」ということだ。
他の若干悔し気にしている者たちは、その争いに出遅れたといった感じだろう。いや、アーサーの面白がるような表情を見るに、事前に知った上で――敢えてこのオフィシャルな場でラハートに提案させたのか……?
だとすると、ここで断るというのは即ち王の打診を拒絶することになる。どうやっても「はい」以外の選択肢が消えるわけだが、恐らくアーサーはそれも分かっている。
「父様、この打診は受けましょう。どのみち商人とのコネが無いのは事実ですし、新参の伯爵家風情ではそろそろ限界です」
「おいアーミラ、そうは言うが……これは明らかに……いや、なんでも無い」
俺はアランにしか分からないよう、小さく舌を出して合図を送る。その意図が伝わったのか、少し不安気なまま静かに頷いた。
「ふむ、やはり貴様の娘は聡明だな。物事の道理というものを良く分かっている」
それを是と捉え、ラハートは満足気に俺を褒める。後ろでは、アーサーがニヤニヤとした笑みを浮かべながら、頬杖をついていた。一応、及第点だったということだろう。
悪いが基本、他所の貴族は何処も信用していない。利益を搾取するとは言え、あくまで最低限win-winな関係を築いてくれるのだろうが――いずれこの立場は逆転させて貰う。