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7.父親の苦悩

三人称でアランのお話です

 アラン・アドルナードは、一通の手紙を前に渋面を浮かべていた。


 少し年季の入った執務机に肘を着き、丁寧に整えられた顎髭を指で擦る。それは何か嫌なことがあった時の癖であり、現状その原因とも言えるものが横たわっていた。


 目の前にあるのはただの羊皮紙だというのに、アランにはまるで何か強大な敵と対峙しているような気さえした。差出人の証明として竜を模した柄の封蝋がされたそれへと手を伸ばし、また引っ込め――


「う~ん……」


 ――――これは良くないものだ。


 アランには中身を見ずとも分かった。何せこの手紙を送ってきたのは『王立魔導研究所』の所長であり、かの悪名高き『放蕩の賢人』の名代が直々に書いて寄越したものだからである。


 王都にその楼閣を構える研究所は、魔導王国には劣るものの大陸でも有数の魔法研究機関。魔法に関することなら遍く全てが研究対象であり、悪食な研究者が詰める魔窟とも言われている。


 そんな場所から何故手紙が早馬で来たのかは、アランもなんとなく察しがついていた。


「まさか、こんなに早く嗅ぎつけるとはな……」


 つい半月前、愛娘であるアーミラが魔法に端を発する失明を発症した時のこと。現状で体調に問題は無いが、もしもの場合を考え――昔の伝手を使って目に関する魔法の専門家を探してしまったのだ。


 その際にアーミラの情報も伝えざるを得ず、どうやってか魔導研究所に嗅ぎつけられ、こうして手紙が送られて来たのだろう。


 だがアランは、一旦その事実から目を逸した。有り体に言うと、手紙を未開封のまま引き出しへと入れてなかったことにした。


 中身を読まなければ、もし何かあっても知らなかったことに出来る。娘の事は大事だが、だからこそあの魔窟に住まう連中の玩具にされるわけにはいかない。彼女は研究者たちが絶対に喜ぶ素養を備えている。


 それもその筈、アーミラはかなり変わった子供だ。


 産まれた当初は、リリアナに似た顔立ちのとても可愛らしい女の子であった。それが一歳を迎えた辺りで、異才の片鱗を見せ始めた。


 まず、誰に教わることもなく僅か二ヶ月で言語を覚えた。喋り言葉は若干拙かったが、大人向けの歴史書を――内容を理解して読んでいるのを見た時アランは驚愕した。


 アランが同じ歳の頃は、まだはっきりとした自我すら無かった。寧ろ、たった一歳の子供が、文字を読む能力を持っている方が普通じゃないだろう。


 その証拠に、リーンは年相応に赤子をしている。これからどうなるかはわからないが、妹の方が本来あるべき子供の姿だ。


 文字が読めたとしても、この歳の子供が歴史書と真剣に向き合うことは常識的に考えておかしい。それに加えて現在は受け答えもはっきりとしており、彼女は理路整然と言葉を考えて話すこともできている。


 幼い頃は才女と呼ばれたリリアナも、アーミラを間違い無く天才だと認めた。


 ただ、アーミラも突然走り出したり、何もない所で転んで怪我することはあった。利発で賢いが、それ以上に活発で行動力があるためあちこち動き回るのだ。


 目を離した隙にすぐ何処かへフラフラと行ってしまうのには、使用人たちも手を焼いている。大抵の場合、その先には彼女の興味を惹くものがあるので、自分の中にちゃんと目的を持って行動しているのだろう。


 賢いがゆえに、この歳で既に自分の領域というものを持っているのは――親として少々困っているが。それというのも、アーミラは来月漸く二歳になろうかという程度なのに、人に遠慮することを覚えていた。


 子供というのは非常に我儘で、特に親に対してはかなり甘えるものであることをアランは知っている。自分自身がそういう子供だったからだ。


 アーミラも同じように――食べ物の好き嫌いや、欲しい物を言って駄々を捏ねたりと甘えてくれるかと思っていた。可愛い盛りの娘の我儘なら、多少は聞く余裕も作っている。


 しかしながら出された物は何であれ「美味しい」と言って平らげ、年相応に物を欲しがる素振りも見せない。それどころか、きちんと相手との距離感を理解し、会話に気を使う始末だ。話していると、時々彼女が大人ではないのかと錯覚してしまう程だった。


 手のかからない子供であるのは良いこととは言え、アランはもう少し何か……あってもいいのでは無いだろうかと考えていた。


 それこそ血の繋がった両親を相手にして、一歩引いた立場で接しているように感じられる。既に他人の心の機微が分かってしまう子供だからこそ、どうしたらいいか分からず距離を取ってしまうのだろうが――どうにもそれがもどかしかった。


 この歳の子と親なんて、もっと距離感が近くても当然。ましてや世界で一番愛している娘に、距離を取られて平気でいられるはずがなかった。


 今回の失明も、アランとリリアナの見ていない所で起きたものだ。もしかすると、此方から歩み寄っていれば、異変に気付けた可能性はある。最愛の娘の視力が永遠に失われることも、未然に防げたのかも知れない。


 とは言え、起きてしまったことは仕方ない。これからの、娘に対しての接し方を考えるべきだろう。


 娘というのは思春期を迎えると、途端に父親を毛嫌いしだす。最近旧知の友人が、「妻と娘に煙たがられて家に居場所がない」と嘆いているのを聞いたばかりだった。


 アーミラに限ってそんな事は無いと信じたいが、人間どう成長するかは分からない。


「その内『父様のパンツと一緒に洗濯しないで!』とか言い出すのかなぁ……? 嫌だなぁ……」

 

 それまでになんとか娘と思い出を作りたかった。形のある物は幾らでも渡せるだろうが、そうでない物を残したい気持ちがあった。


「……もっと、家族の時間を増やすか」


 リリアナに似て美しく成長した娘を脳裏に思い描き、それに舌打ちされる未来を幻視して溜息を吐く。尚、この時既にアランの頭には、手紙のことなど一片も残されてはいなかった。


 後日、それが災いして最悪の来訪者が訪れることになるとも知らず。








【TIPS】


[王立魔法研究所]


魔法に関する技術開発

法案及び事件などを司る魔法省の下部組織


主に王室の勅命により、大陸内外に散らばる上古の魔法を集め

研究、管理する機関である

リガティアはこの分野においてのみ

かの魔導大国をも凌ぐ知見を持っていると言っても良い


なれど、そうであっても尚

上古の魔法というものは

人の身には余る代物であることには違いないだろう

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