75.玉座の間へ
「王は、きみに大層興味を持たれている」
城の中を案内する傍ら、グルシャは度々俺に話しかけて来た。今は王に呼ばれた件に関して、その理由を話してくれている。
「特にあれだ、最近王都で流行っているチェス。最近は暇さえあればずっとあれに興じていてな。単純ながら、運の要素が絡まない分戦略を組み立てるのが楽しいと仰っていたよ」
「陛下に遊んで頂けているとは、光栄です」
結構ノリで出したものだが、まさか国のトップまで遊んでるのか……。娯楽が少ないから当然と言えば当然だろうけど、そもそも陸戦という概念があるのだから、地球で言う将棋やチェスくらいあっても良いものなのにな。
「実を言うと、私も昔似たような遊戯を考えていたことがあった。士官候補生が戦術指揮訓練に用いる、兵棋演習を参考にしてな」
「それは面白い発想ですね」
兵棋演習と言えば、あの……良く戦争で指揮官が地図の上にある兵士を模した駒を棒で押す奴だ。それよりも、やっぱり戦争を模したボードゲームの発想自体はあったらしい。
「ただ、ゲームとしてルールを定めようとした時に、一つどうにもならないことがあった。それが何だか分かるか?」
「少し考える時間をください」
まず前提として、彼が考案したのはこの世界のボードゲームだ。ルールを制定する際に、幾つか地球とは違う要素がある。
例えば攻撃方法に魔法あったり、相手の遠距離攻撃を防ぐ手立てがあったり。大まかな戦略は同じだろうが、戦術はかなり違ってくるだろう。銃という画一された平等に人を殺せる武器が無く、代わりに個々の力が戦局を大きく左右――――
「――あ、英雄ですね」
「正解だ」
そう、単独で戦況をひっくり返す戦術級の兵器の存在だ。
「駒を作る際に全く強さのバランスが取れなくて、投げ出してしまったのだ。貴公の考案したものは、互いに同じリソースを持っておるだろ? 私や周囲の人間にはそういう発想が無くてな」
この世界では、強い者と弱い者の差というのが残酷なまでに大きい。それが当たり前の人々にとっては、個性こそあれど駒全体の強さを均一にするという発想がまず無かったのだろう。上に合わせて駒の能力を決めてしまえば、ゲームバランスが崩壊する恐れもある。
「奴らをそのまま駒にしてしまえば、他の駒を全部薙ぎ払ってしまうからな。かといって、戦争の花形は一騎当千の英雄だ、どうにかならんものかと考えたが……私の納得いくものは出来なかった」
ただ、俺はそんな特殊なユニットを用いて戦うゲームもあることを知っている。少し規模は大きくなるが、そろそろ新しいものを出すべきだと思っていたし丁度良い。
「私も似たような事を考えていたので、宜しければ今度一緒に作ってみたりしませんか?」
「私が、きみとかね?」
「あっ、すみません。失礼でしたでしょうか……?」
「いいや、面白い。またいずれ、その件についてゆっくりと話そうではないか」
ニッ、と笑って頷いたグルシャに、俺は思わず安堵の溜息を漏らす。なんというか、気安く話しかけられる雰囲気があるのだが、彼はそれ以上に底の知れない相手だ。
「さ、着いたぞ」
中をほぼ突っ切るような形でやって来たのは、豪奢な装飾のされた両開きの扉の前。使用人の一人が扉を守る兵士とやり取りを交わすと、徐に扉が開かれた。
「ここから先は王の御前だ。俺とか、周りの大人の真似してればいいからな」
「問題ありません。礼儀作法は母様に死ぬほど叩き込まれてます」
静かに隣に寄ってきてそう囁いたアランは、俺の余裕そうな態度を見て肩を竦める。
どこに出しても恥ずかしくない礼儀作法を身に付けるべく行われたリリアナの授業、あれは控えめに言っても地獄だった。最早本番よりキツい、あの日々を思い出せば王との謁見の方がまだマシに思える。
俺が苦い顔をしている間にも人が通れる程度まで扉が開き、そこへ入っていく大人へ付いて行く。部屋の中は広間のようになっており、余計な調度品などは見当たらない。
最も目に付いたのは、壁の一面全てに嵌められたステンドグラスだ。そこから差し込む光は幻想的に部屋の中へと降り注いでおり、仰々しく存在する玉座を強調している。臣下たちがその道に並び、そして彼らの先で一人の男が立っていた。
「よく来た、アドルナードの者達」
威厳を醸し出すかのように逸らされた胸、厳しい顔立ちとウェーブした栗毛。カイゼル髭の下では口が一文字に結ばれており、威圧感がたっぷりだ。
皆、その人物に向かって膝をつき頭を下げている。唯一、後ろにいたグルシャだけは何処か不自然な膝立ちだったが、それはともかくとしてここは王の御前。無礼な行為は出来ないであろう。
故に俺は胡乱に首を傾げながら目の前に立つ男を見上げ、
「あの、貴方……誰ですか?」
そう言い放った。




