73.魔族と呼ばれる者とその目的
「魔族について、どれくらい知っている?」
ルフレは改めて話を切り出した。その話題は、俺の悩みの大部分を占める要素の一つでもある。
「一般常識として語られる部分は大凡」
「そうか」
魔族とは、正確に言えば特定の種族を指す言葉ではない。亜人と呼ばれる種の信仰する、魔神ゼニスの残した言葉を良いように解釈した連中が自ら名乗っている。
嘗て魔神は人と異なる要素を持ちながら、人に近しい者たちに『人より優れた力を与えられたからには、それを世のために使え』と言った。実際その通り、亜人は人間よりも優れた身体能力や特殊な技能を持つ。
それを『亜人こそが世界で最も優れた種であり、その力を使って他の生命を統べるのが義務である』と、そう解釈しだす者が現れたのだ。
言い出しっぺは全ての大陸を平定し、彼ら選民派を頂点とした絶対的な支配を実現する為に動き出した。自らの解釈に賛同する者を集め、人類を管理するという大義を掲げて国を興し、そうして魔族を自称するようになった。
厄介なことに、言い出しっぺ――初代魔王はそれを実現させられる程の力を持っていた。現に極東のとある大陸は魔族による侵略を受け、数百年もの間支配され続けている。
因みにルフレの故郷、キリシア大陸に存在する亜人国家の大半は人類との共栄を望む融和派だ。一時期はラースに唆されて魔王を僭称する輩が新国家を樹立しようと目論んでいたらしいが、それも時の英雄たちによって阻まれている。
「亜人でありながら、魔王を討滅した剣士――でしたよね。二つ名は[灰の英雄]、あるいは[聖女の騎士]」
「……知ってたのか」
「私のいた界隈では、有名ですよ?」
「まあ、そこまで知っているなら話が早い」
ラースに拐かされた魔王諸共倒したのがルフレであり、魔王関連のイベントをこなすと今言った二つ名――称号が手に入るのだ。何故聖女が関わってくるのかは、また今度機会があれば話す。
「仮にも世界の安寧に助力した身として、俺は手隙の間に奴らの動向を探っていたんだが、どうも最近様子がおかしいんだ」
「動きが活発になって来たようではありますね」
当然、魔族は七年後には本格的にこの大陸への侵攻を開始する。その前段階として、色々と暗躍していてもおかしくはない。と言うか、実際リーデロッサはその一環で遺跡に現れた。
「それもあるんだが……奴ら、得体の知れない連中と関わっているようでな」
「得体の知れない連中……? 魔族以外の勢力と、ですか」
「今日戦ったリーデロッサもそうだ。俺の見たことが無い魔物を従えて、各地に出現している」
改めて言っておくが、ルフレの全盛期――つまりマギクロの本編時間軸は今から百年程前だ。それだけの時間を生きている彼が知らない魔物となると、いよいよ本当に得体が知れない。
「そこで、お前に頼みがある。それらしき情報を手に入れたら、俺に伝えて欲しいんだ」
「特に断る理由は無いのですが……何故私に? 情報収集ならもっと別の適任がいるのでは無いでしょうか?」
それこそ英雄の頼みであれば、国王にでもお願いしに行ったほうが良いと思う。確かに俺は俺で同じ方向の情報を集めてはいるが、所詮素人だ。そう告げても、ルフレはただ静かに首を横に振った。
「今まで百数年生きてきた中で、俺は自分の直感に何度も救われた。今回もそうだ、多分これが最善だと直感で思ったから、お前に頼んでる」
「うーん……」
「それに、今回の事は出来る限り内密に進めたい。下手に政治家に噛ませると、碌なことにならないからな。そう、例えば――内通者がいるとか」
一理ある、というのも俺の感想だ。今の時点で、確実に貴族の中には裏切り者がいる。そうでなければ、国の中心に程近い領地に魔族を侵入させることなど不可能。この件も、中央に知られて情報が渡ると面倒になるのは自明の理であろう。
「分かりました、出来る限りの情報共有はしましょう」
「助かる」
「その代わり、あなたの持っている情報も此方に渡す事と、有事には協力を惜しまないと約束してください」
「当然だ、平和な世の中じゃなきゃのんびり放浪も出来やしないからな。何かあれば、必ず手を貸そう」
そう言って伸ばされた手を取ると、ルフレは眉を顰めた。
「……お前、今ベタベタな手で握手したろ」
「あ、そういえばそうでしたね」
ついさっきまで掴んで食べるタイプの砂糖菓子を食べていたのをすっかり忘れていた。慌てて濡れた布巾で拭こうとした時、ふと気付く。
彼の手の感触が、余りにも固いことに。主に指と指の付け根が、まるで岩のようだった。亜人の、それも竜人族は非常に再生力の高い種であり、滅多な事では傷跡すら残らないのを俺は知っている。
(……えげつないな)
それをここまで角質が堆積する程、何度も何度も剣胼胝を作り続けたと事に気付いて、正直ゾッとした。彼は主人公という役割を持つから強いのではなく、鬼神の如く努力を積み重ねられるから主人公足り得るのだ。
俺は静かに、自分の中でモチベーションが高まって行くのを感じた。




