72.生まれついた力か否か
頼んだスイーツを全部食べた辺りで話は着いたらしく、泣き腫らした顔でもどこか憑き物が落ちたようなマルクスはドランヴァルトと共に組合へと戻っていった。この後は当事者たちがどうするか決めるわけで、話し合いの場を設けたルフレはこれ以上関わる事はしないらしい。
俺も特に関わらない内に話が解決して、いよいよ呼ばれた意味の分からなさに、無言でおかわりのパイを頬張った。
沢山動いた後はやはりお腹が減る。最近は燃費の悪さが更に顕著になって、一日五食食べるようにしている。師匠のように食事を必要としない境地に至ればいいのだが、生憎と俺はまだ人間のレベルから脱することは出来ない。
と、
「さて、本題だ」
更に追加で季節の果物のタルトをワンホール注文した直後、ルフレが真面目な声音でそう言った。
「まず自己紹介から。俺はルフレ・ウェストルク、南方大陸キリシアのランメール竜帝国から来た。今は冒険者をやっているが、元軍人だ。この大陸に来たのも昔の知り合いからの頼みでな」
「あらご丁寧に」
全部知ってるけどな。
ルフレ・ウィストルク。冒険者エンドであれば出生はメルキア公国、ウィストルク公爵家長兄。侵攻するアルグリア帝国により祖国を滅ぼされ、ウィルトランド王国へと逃げ延びる。その後はストリートチルドレンとして八歳まで過ごした後、とある冒険者に拾われ剣術を習う。
十三歳になった年に各国へ帝国の侵攻が再開され、その戦いの中で恩師である冒険者を奪われたことから軍に入隊。入隊後の初戦闘がチュートリアルであり、負けイベントでもある。その後はランメール竜帝国に流れ着き、そこから本編が始まる。
一兵卒からはじまり、階級を上げて国を導く立場へと成り上がるのは概ねどのルートでも同じ。目の前にいる男は、相当な地位まで上り詰めたにも関わらず、それを捨てて世界を放浪する事を選んだ。
「単刀直入に聞こう、お前――神子だろ?」
「……んぅ?」
その問いかけに、俺は口に運んだタルトを頬張りながら首を傾げる。
「神子、とは?」
「あ、え、知らないのか……よし分かった、説明しよう。神子っていうのは生まれつき、特別な力を持っている人間のことだ。知性、膂力、魔力、求心力――他にも予知能力や不死性など色々あるが、単なる才能とも違う神憑り的な能力を指す」
確かに、四歳でここまで知能の高い人間はそういない。魔術に関しても、師匠の教えがあるとは言え普通の魔術師を超えた力を持っている。
ただ、それは俺が前世の記憶を持った転生者だからだ。生まれついて特殊な能力を授かったからではなく、何者かに手引きされたズルの結果に近しい。
とは言え、それをここで言ったところで彼は信じないだろう。ここは適当にお茶を濁しておくに限る。
「まあ……そういう話があるなら、私もそうなのかも知れませんね」
「周りの大人は教えなかった……いや、敢えてそうしたのか……」
彼の言う通り神子については周囲の人間が口にしたことがない単語だった。もしかすると、俺に気を使っていた可能性もある。
多分、聞く限りでは特別であっても、単純に喜ばしいだけの話ではないからだ。
「ここまで話した以上、全部知りたいだろうから言うぞ。神子は絶対的な力を持つが、それ故に疎まれる存在でもある。賢いお前なら分かるだろ、子供ながらに人智を超越した力を持った存在が野放しであることの意味を」
「権力者はまず放ってはおきませんね。殺すか、自分の都合の良いように利用するでしょう。そういった人種でなければ、理解できない力を持つ相手を恐れ……そう、迫害します」
嘗て師匠が言っていた、人間は未知の物に恐怖を抱くと。故に魔術を恐れ、それを使う魔術師を迫害した。この場合は神子とそれが扱う力を、非力な人間は恐れる。
「そういう点で言えば、お前は恵まれている。お前に魔術を教えた者は、既に大半の人間がお前に手出しを出来ない程に鍛え上げたんだからな」
「……あ」
言われて考えてみれば、確かに師匠の行動にはルフレの言うような意図があったような気もする。内実は少し違うが、師匠は俺の事情を察していた。俺もこのまま行けば他所の貴族や、もしくは王族から何かしらの横槍が入ることも想定していた。
そうなった時、もし師匠に――賢者リフカに出会っていなかったなら、俺は恐らく武力に屈していた。今となっては最早大抵の相手に負ける気はしないが、それを見越していたのだとしたら……。
「この世界で自由に生きる為に必要な物が何か、分かるか?」
「金と地位……でしょうか?」
「まあそれらも大事だが、地位は逆にその場所へと人を縛る枷になることもある。最も必要なのは――何者もを寄せ付けない圧倒的な力だ。例えば人助けをしたいと思っても、弱者は何も救えない。大富豪になろうと思っても、弱いままでは強者に踏みにじられておしまいだ」
「ですが、純粋な武力だけでは限界があるのでは?」
「何も俺は武力だけが力とは言ってない。知識も力だ、周囲の人に慕われる性格もある種才能や能力と言っていい。どんな形であれ、突出した何かが必要だと言うことだよ」
俺はその話を聞いて、クレーデル家当主の事を思い出していた。あの人、バイス氏は発想と行動力で衰退していた領地を振興させた。そういう意味で言えば、アイデアを生む頭も力ということか。
「それで、まさか今のが本題ではないでしょう?」
「ああ、重要なのはここからだ」
そう言ったルフレは、居住まいを正して俺へと向き直る。燃えるような緋色の瞳が、まるで逃さないと言わんばかりに此方を見つめていた。