71.和解の為に
予期せぬ事態が起きたものの、冒険者という人種の能力はしっかりと測ることが出来た。そういう意味で言えば、襲撃があったお陰でルフレを見つけることも出来たわけだ。
組合に戻った後、それはもう途轍も無い勢いでトーマスには謝罪されたが、俺も自己責任で現場に行っている。それに彼もその場に、冒険者組合に二桁人数しかいないS級冒険者――ルフレ・ウィストルクがいる事を知っていた。
何かが起きても、大抵のことはどうにかなると踏んでいたのだろう。実際それは正しく、俺と合わせて脅威を排除することが出来た。
今回の見学会はこれで終わりとなり、帰る際には念入りに父へと話を通して欲しいと言われた。それから、俺自身も冒険者になる事を勧められ、そちらは前向きに検討すると伝えてある。「専業で無くとも、登録だけはしておいて損はない」と。
トーマスは実際に戦う場面を見たわけでは無いが、それでも目撃者の証言とナダ=トが突然消失したことは目の当たりにしている。寧ろ支部の設立より、俺を冒険者に勧誘する方が熱心だった程。
残念ながら冒険者登録は十歳からなので、今はまだ無理だ。六年後、何事も無ければ登録ぐらいはしておくのも悪くはない。組合は世界中にあるので、もし土地を追われても冒険者として身を立てることも可能だろう。
そうしてトーマスと別れを告げたのだが、俺は何故かまだ王都のとある喫茶店にいた。
「何でも頼んでくれ、俺の奢りだ」
俺を含め丸いテーブルを囲んで座るのは、ドランヴァルト、マルクス、そしてルフレの四人。場には重苦しい空気が流れており、非常に居心地が悪い。
大方どういう目的で集まったのかは分かるが、先程からルフレ以外に一言も発そうとしないのは何故なのだ。おい、そこの大男と気障男、お前ら結構お喋りだったのは知っているぞ。
「……あの、なんで私まで呼ばれたんですか?」
「俺だけじゃこの空気に耐えられないから」
「まあ、気持ちは分かりますけど、あなたがここまで面倒見るような話でもないでしょう。あ、紅茶のクッキーと林檎のタルト、それからベリーパイも二人前ずつください」
そう言いつつ、店員に注文をするとルフレに白い目で見られた。
「お前、遠慮って知ってるか?」
「何でも頼めって言ったのあなたですよね?」
「ついでに建前という言葉も調べるといいぞ」
そんなものは知っているが、これは今回付き合わされた迷惑料みたいなものだ。そう思えば安いし、何ならまだ追加で注文する胃の余裕はある。
「で? そこでだんまりを決め込んでいるお二人は、何か頼まないんですか? 今ならこの超高額納税者が何でも奢ってくれるらしいですよ?」
話題を振っても、二人は最初に頼んだ水にすら手を付けずにいた。透明なグラスに浮いた水滴がテーブルを濡らして、夏の日差しを反射している。
「私……僕には、まだ小さい弟たちが三人いる、妹は二人だ」
「ほう」
漸く沈黙を破ったのは、マルクスだった。
いつも身に着けている派手な赤い服ではなく、最近の若者に流行の洒落たデザインの軽装で。ノーメイクで髪も固めていない、本当にその辺によくいる青年のような彼は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「実家はお世辞にも裕福とは言えず、これだけの兄弟を養って行けるだけの甲斐性も正直無かった。畑はあるけどそれは兄が継いだし、僕は出稼ぎに行かなくてはならなくて、仕方なく冒険者になった」
「食い詰めて野盗になるよかマシだが、まあ……良くある話だ」
「そう、だけど僕は運が良かった。魔法の適性があって、教えてくれる先生もいた。自分でも分からない内に、凄い勢いで昇格していって正直驚いてた。弟たちも、偶に帰ると憧れの顔で見てくれるようになった」
実際、マルクスはたった二年の間にFランクからBランクまで昇格を遂げている。その才能は本物だろうし、個人の戦闘力として見ればドランヴァルトにも劣らない。
「まるで物語に出てくる英雄みたいだって、そう言われたのをよく覚えてる。両親は、僕の稼ぎで生活が大分楽になったと言っていた。それからだ、僕がそういう冒険者として振る舞うようになったのは。見た目を気にして派手な衣装で着飾って、言葉遣いも変えた」
あ……あれって演技だったのか。正直はじめて見たときも、堂に入り過ぎていて全然気づかなかった。
「だからって俺の仲間を奪うような真似をしたと?」
「それについては誤解が……いや、どっちにしろ悪いのは僕か。僕は元々、あんたのパーティーに入れてもらうつもりだった。それをあんたの仲間に言ったら、どっちがリーダーになるのかって話になって、それで思わず魔が差した」
曰く、「ドランヴァルトを置いて新たにマルクスの作るパーティーに入れば、取り分を今の倍にする」と言ったらしい。マルクスにはそれだけ稼げる自信があったし、彼らは王都で最も有名なパーティーメンバーでもあった。
「それで欲に目が眩んだ仲間は、特に何の相談もなくパーティーを抜けたと」
「ただ、もっと有名になって稼げるようになれば、弟妹たちの憧れでいられて、家族も養えると思ったんだ。このまま行けば、その内悪いことが起きると思ってもいたから、これはきっと神様が下した罰なんだろう」
「聞いてみればなんとも……な内容ですねぇ」
行った行為自体はマルクスが悪いが、その気持ちについては分かる部分はある。どちらかと言えば、ドランヴァルトの元パーティーメンバーの薄情さの方が、俺は気持ちが悪いと思った。
「許してくれとは言わない、悪いのは僕だ。なんなりと処罰は受けよう、もう冒険者は辞めるつもりだから、腕の二三本くらい折ってくれてもいい」
それから思い切り方が極端過ぎる。ドランヴァルトの人柄的に、腕を折って満足するようなことはまず無い。
「はぁ……お前の事情は大体分かった、良く話してくれた。だがな、俺にだって嫁がいる。家族のために必死だったって条件は一緒だ。何があろうと、お前のしたことを許す訳にはいかない」
言葉を選んで告げられ、青年は叱られた子供のように俯いてしまう。いや、彼はまだ成人して二年だったはずだから、俺から見れば普通に子供の範疇か。
「その上で言うがな、あんな事をしなくともお前なら十分に上を目指せる実力がある。だから辞めるなんて勿体ねえこと言うな、つーかそれこそ俺に対する最大の侮辱だぞ」
「……へ?」
ただ、その後は想定していた返答では無かったのか、マルクスは顔を上げて目を丸くする。
「剣の才能もあって、俺と違って魔法の才能もある。しかもまだ若い。17でそこまでやれるなら、俺と同じ歳まで冒険者やってりゃA級だって夢じゃねえ。正直羨ましいぜ、俺はお前だから仲間を取られて嫉妬したんだ。俺より実力も才能もあって、若くて未来がある。ここで終わらせるには勿体無さ過ぎるだろ」
「で、でも僕は……あの時何も出来なかった……あんたに庇われて逃げることしか……」
再び泣きそうな顔で机を見つめるマルクスの額を、ドランヴァルトは指で叩く。
「バーカ、それは役割が違うからだよ。俺は体張って前に行くしか出来ねえからな、そこまで仕事取られちゃもう面目も何も無いだろ」
俺が二人前のパイを平らげ、ケーキに手を伸ばし始めた辺りで。泣きながら謝るマルクスの頭を乱暴に撫で、ドランヴァルトは困ったように笑った。




