表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/85

70.理解者はかくも大事である

 リーデロッサが武器を収め、ルフレから距離を取ったのはそれからすぐの事だった。配下であろう魔物を失い、戦力的に見て互角の相手が二人、状況的には圧倒的に不利であるから当然ではある。


「もーーーやめやめ! 命あっての物種だからね、私はこの辺でとんずらさせて貰うよ!」


「あ、おい待て!」


 ルフレは慌てて咄嗟に手を伸ばすが、外套を翻し遺跡の残骸を飛び越えながら逃げる女はあっと言う間に遠ざかって行く。戦闘技術も高かったが、とんでもない逃げ足だ。もう俺が目印無しで転移出来る範囲を抜けて、何処かへ消えてしまった。


「逃した……」


「追うか?」


「いや、怪我人も多い、深追いは自分の首を締める」


「分かった」


 一応追撃の提案はするが、それを却下したのを見てドランヴァルトは露骨に安堵の表情を浮かべる。先程の戦闘を見て太刀打ち出来ないのを察していたのもあるだろう。


 ただ、本当の理由は、肉体的に限界が来ているからだ。腕は内出血で痣が出来ており、左足を引き摺ってることから腱が切れている。この状態でもう一度戦えば、今度こそ取り返しのつかない怪我を負う可能性は高い。


「無事な連中で逸れた奴らを探す、あんたは休んでろ」


「俺も行く……といいたいところだが、お言葉に甘えるとしよう。流石にもう歩けねえや」


 ドランヴァルトに付与した結界は、最もダメージの大きかったナダ=トとの衝突の時点で壊れている。が、その後の競り合いを軽傷で済んだのは、ひとえに彼の能力故だ。


 あれだけの巨体を相手に、魔力の身体強化を手足に上手く充てる事で押し留めるのは中々出来る芸当出ではない。咄嗟の事でがむしゃらだったとしても、それならまだ伸びしろがある。ロジカルにそれが出来るようになった時、彼はもう一皮剥ける。


「それと、お前お前お前お前ッ! 全部終わったら色々説明して貰うからな! 戦闘中は敢えて言わんかったが、明らかにさっきのは子供が使っていい魔術じゃない、古い禁呪の類だ! お前にそれを教えた人間についても全部くまなく教えて貰う!」


「わ、分かりましたから……顔が近いですって……」


 鬼の形相で詰め寄るルフレの姿に、俺は仰け反りながらなんとか諫める。聞きたいことはこちらも山ほどあるので、後でゆっくりと話す時間を作るべきだろう。


「と、その前に、尋ね人のご帰宅だ」


 先程まで険しい顔をしていたのがフッと緩み、ルフレは背後に視線を向けた。


「お嬢様ーー!!」


「ジェーン!」


 その方向から数名の冒険者を伴って小走りに駆けてくるのは、逸れたジェーンだった。肌に少し火傷を負って、服が一部破けているが五体満足。


「お嬢様、ご無事で何よりです!」


「それは私の台詞ですよ、怪我はありませんか?」


「はい……えっと、逃げる前に冒険者の方が放った魔法で火傷をしてしまいましたが、それ以外は問題ありません!」


 そう言ってはにかむジェーンを横目に、俺はマルクスを見た。周囲に残る魔力の痕跡から、どれが誰の放った魔法か程度は容易に分かる。悟られた側も、心当たりがあるのか気まずい表情で俺から目を逸した。


 まあ、非常事態だったので何も言わないが、今度からは周囲を巻き込むようなヘマはやらかさないで欲しいものだ。


「それより、お嬢様と逸れて私もう不安で不安で……もう二度と離しませんからね!」


「あーはいはい、私も心配でしたよ」


 抱きついて喚くジェーンを適当にあしらい、サラサラと細い黒髪を撫でる。この言動さえ無ければ、クールで仕事の出来る美女なんだけどなあ。実家もどこぞの良家らしいので、もう少し慎みを持って欲しいところではある。


「ふ、フヒ……お嬢様の匂い……」


 そうしてどさくさに紛れて抱きついたまま深呼吸をしているところをチョップし、崩れ落ちたジェーンを引き摺って皆の元へ戻った。


「従者、大事なんじゃなかったのか……?」


「当然大事にしてますよ」


 当社比だが、名前を覚えてここまでやりとりをするのはサラとジェーンくらいだ。他の使用人は俺の事を少し恐れている部分もあり、仕事以外で関わりを持とうとする者は少ない。


 乳母であったことも理由だろうけど、彼女たちは俺が普通じゃなくても普通に接してくれる。別に距離を取られていることに怒っているわけではないけど。


 普通の子供のふりをしていたら間に合わないので仕方ない。俺も割り切ってこういう不気味な少女を演じており、そこになんの文句も無いが――もし贅沢を言うなら、普通の子供として生きても良いような世界であっては欲しかった。


 俺の精神年齢が幾つであっても、子供が子供のまま過ごせる世の中ということだ。そういう点で言うなら、きっとリーンは一番の被害者だろう。余りにも早い成長だって、俺の言動に引っ張られているに違いない。


 俺は自分の都合で沢山の人間を振り回しており、この先もきっとそうする。理解されないこともあるだろうし、理不尽な目にも遭う。


「理解者は大事にしないと。一人は嫌ですからね」


「ん、まあそうだな。嫌だ」


 ただ、そういうのを全部飲み込んで、成し遂げなければならない事があるのを忘れないようにしたい。俺がこの世界に転生したのは、きっと起こり得る悲劇を回避する為だからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アーミラさんても予想以上に全然余裕がなかったですね。 強敵を逃したのは拙いけど、そもそも追撃しても勝てないぽいですし。 まぁ、つまり初見全開の戦い方針は役立ったでしょう。 しかしこの時点既に…
[一言] 生まれたはいい。育ちもいい。運も悪くないように思える。 そして、それらすべてが反転して絶望するのが本来のアーミラの運命。 ならば 惰性で手に入るもののおおよそすべては、不確かなものであること…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ