表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/85

69.戦いの終幕

 虚空の賢者の真髄の二つ目は、空間の拡縮。


 分かりやすく言えば、小さな鞄の中を巨大な倉庫程の容量にしたり、逆に広い部屋を物置程に狭くしたりする能力だ。こういった力は、直接戦闘とは関係無くとも便利である。


 今思えば、ゲームで主人公が持っていた鞄も空間魔法の掛けられた道具だったのだろう。そうでなくては、あんな背負鞄に巨大な竜の角やら巨人の骨やらが入る訳が無い。と、話が逸れたが、この空間を広げたり縮めたりする力は、戦闘においても有用だ。


 例えばそこにある物ごと空間を圧縮してしまえば、どうなるか。


「『強制転移(トアル・ポート)』」


 まずは対象を強制的に空間転移させる術式を用い、ナダ=トを空中へと引き摺り出す。大分サイズが縮んだとは言え、それでも未だ視界に収まりきらないのは流石だ。


 そこへもう一つ術式を刻むが、威力が威力なだけに術式は長大。故に何度か使う文は複製し、魔法陣として対象の周囲へと展開する。


「なっ……多重詠唱!?」


「『天地崩滅の(グ・ニーシャ)履行を(ア・ルト)』『次元圧壊(オプレスディーマ)』」


 口頭詠唱に加えて脳内詠唱、そして魔法陣による刻印を駆使して構築した術式の効果は先程述べた通り。純粋に『指定した空間を内部の物質と共にサイズゼロまで圧縮する』というもの。


 そうして圧縮――いや、圧壊が始まったナ=ダトの甲殻にヒビが入り始めた。質量を強引に押し潰し、体が歪な形へと変形していく。


「うっそぉ!? ナ=ダトはこの世界よりも高位の次元にある異界の召喚獣だよ!? 人間の魔法如きでこんな簡単に死ぬなんてあり得ないって!」


 割れた甲殻の隙間から体液が飛び散り、悲鳴にもならない悲鳴が周囲に響き渡る。しかし抵抗は許さず、まるで柔らかいパンを握りつぶしたような、布を両手で絞り上げたかのようにその姿は潰れて小さくなり、最後には一片の欠片すら残さずに姿を消した。


「……流石に魔力が」


 強力だが代償として、俺の魔力が殆ど持っていかれてしまうのが難点か。先程の規模の魔法は撃てて二回。


 俺の魔力量は平均より多いが、それでも決して埒外という程ではない。師匠から教わった、体内魔力の余剰分を溜めておける裏技を駆使して漸く戦えている。普通に使えばガス欠で気絶しているだろう。


「上出来だ、後は俺に任せろ」


「ええ、是非お任せします」


 掻いた汗を拭い、大きく息を吐く。然程観察は出来ていないとは言え、ルフレとリーデロッサならば前者の方が魔力量が多い。今もやや優勢の状態で戦闘が進んでおり、いのちだいじにで戦っていればまず此方が負けると言った展開になるとは考え辛い。


 油断は禁物だが、取り敢えず俺は魔力の回復に努めよう。


「いやぁ、これって結構ヤバい?」


「そう思うなら観念するんだな」


 リーデロッサの得物は魔力で作り出した鉤爪付きの手甲。対してルフレは黒い刀身の――どう見ても日本刀らしきもので戦っている。この世界の刀はヒノモトと呼ばれる国がルーツで、俺の住む地域だとメジャーではない。


 世界最強の切れ味を持つ刃物と言われる刀は、ゲームにおいても最強の攻撃力を持つ武器種だった。クリティカルによる倍率が他の武器よりも高く、上手くやればカンストダメージを叩き出すことも容易だ。


「しかし、その武器、いいねっ! 普通の剣とは戦い方が全然違うから、対応が難しい……よっ!」


 そして何よりルフレの動き自体も面白い。まるで日本の剣道を思い出すかのような摺足を多用し、手や脇、腿などの箇所を執拗に狙って攻撃している。


 冒険者というのは正道――つまり名前のある剣術流派が教える道場で技術を磨く者が少ない。所謂野良剣術という奴で、自由だがある種合理的な剣を振るう。その点で言えばドランヴァルトは稀有な例だろう。


 それを前提に見れば、ルフレは明らかに何処かの正しい流派においてきっちりと剣術を修めている。本で読んだ知識だけでも、神鉄流とそれに双璧を成す弧月流という剣術流派、後は先程言った通り剣道に近しい技術を用いていた。


 俺も見識は広くないが、このレベルの剣士は世界にも数えるくらいしかいないのは分かる。主人公である事を差し引いて尚、強さの底が計り知れない。


「……おい嬢ちゃん、なんで笑ってんだよ」


「失礼、ちょっと面白くなってしまって」


「ケッ、物怖じしないっつーかなんつーか、貴族様ってのは皆そうなのか?」


 強い人間を見て、自然と口角が上がってしまっていたらしい。ドランヴァルトにそれを指摘され、俺は掌で口元を覆い隠す。


 いや、別に戦闘狂(バトルジャンキー)的な思考をしていた訳では無く、純粋にあそこまで鍛えるのにどれだけの努力を費やしたのかと考えたら笑えて来たのだ。嘲笑とは違う、強者に対する敬意とでも言えばいいか。


 以前、師匠が頂点の景色を見せてやると言ったのを断ったが、そこから見る世界に少し興味が湧いてきた。もっと言えば、隣に並んでいるであろう同じく極まった者達が見てみたい。一体なんの為に、どんな目的で、誰の為に強くなったかを聞いてみたい。


 強さではなく、強さを追い求める者に興味がある。多分今、この世界に来て滅亡フラグを回避する以外にやりたいことが出来た。


「領地を救ったら、冒険者にでもなってみましょうかね」


 ただ、今言った言葉は何だかフラグになりそうな予感がしたので、取り敢えずは領地を救うことに専念してから――と内心で訂正するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ