68.前作主人公
未だ燃える桜色の炎を纏った剣を手に、灰髪の剣士はまっすぐに此方を見つめていた。その奥にはフードで顔を覆い隠し、表情すら窺い知れない小柄な人物が一人。周囲は、大百足――ナダ=トの外殻と同じ紫色の血が大地を染めている。
一悶着あった後であろう場において、突然現れた俺に全員の意識が向いていた。特にルフレは視線が痛いほどにジッと、俺を見ている。まるで何か、疑わしき点を探るかのような視線だ。
ただ、それ以上に俺は彼のことを、縫い付けるように注視していた。
(やっぱり、間違いない)
ルフレ・ウェストルク。
マギブレの前日譚、ファンタジー・マギア・クロニクルにおけるプレイヤーキャラクター、つまりは主人公のデフォルトネームだ。性別は男女から選べ、キャラメイクで何も弄らなければどちらとも基本は灰がかった白い髪色と真紅の瞳を持つ若年の美男美女が出来上がる。
つまり今、俺の目の前にいる男は――前作主人公ということ。
「……いるとは思ってたけど、まさか出会うとは」
薄々只者ではないと感付いてはいた。何処か記憶にあるような顔立ちもしていた――が、俺はゲームで男のケツを追いかけるのが嫌なので、基本的に性別は女でプレイするタイプだった。
お陰で男のデフォ顔とか覚えてなかったし、正体を探るために彼のトーテムにだけ音を拾って俺に届ける術式を仕込んで本名を知り、点と点が繋がるまでに時間が掛かってしまった。
(にしても冒険者ということは……邪竜討伐の協和エンドか?)
マギクロでははじめに七つある出自から何れかを選び、それによって初期ステータス、アイテム、所属国家が決まる。
中でも重要なのは最後の所属国家であり、それぞれ基本的なクリア条件である『自国を成長させて大陸の統一を目指す』を終えた際のエンディングが分岐するのだ。
最も簡単で達成しやすいのが、ラスボスでありエンディング分岐のフラグでもある邪竜ラースを倒し、同時に国家軍事力の値を最高まで上げた覇権エンド。これは方々の国に戦争を仕掛け、首都を降伏させ続けるだけで良いので特に何も考えずにやっても辿り着く。
国にもよるが、殆どの場合は主人公は最後に王となる。とは言え、見たところそうではない。この世界の歴史では邪竜ラースは討ち滅ぼされ、舞台となるキリシア大陸に統一国家が生まれてもいない。
となると、答えは一つ。
出自を『喪いし者』でスタートし、全ての国と関係性を親密以上に保ち、且つ主人公の部隊の仲間NPCを三名以下に抑えた状態で、ラースを討伐した場合にのみ訪れる協和エンドだ。
このルートでは主人公が英雄として讃えられはするが、その後は歴史の表舞台から姿を消し、単なる冒険者として世界を放浪するエンディングを迎える。
最難では無いが、見るのが難しいエンディングの内の一つであることは確かだろう。特に邪竜ラース討伐に関しては、主人公をどう育成しようが、絶対にヒーラーかデバッファー、アタッカー、タンクのいずれかの役割が足りないので半分運ゲーと化す。
それを超えてきた、ということは――この世界のルフレの実力が如何に高いかが窺い知れる。と言うか、現実世界だからしょうがないけど前作主人公が次回作に出張ってくるのってどうなのかしら……。
「まあ、あなたの事は後で聞けば良いことです。それよりも、そちらの外套の方は一体何処其処の誰々なのでしょう?」
「自己紹介が遅れたね。私はリーデロッサ。なんて言ったら良いかな……そう、人類の敵だ」
「人類の敵だと? まさか、魔族か!?」
人類の敵、という言葉に反応したドランヴァルトだったが、外套の人物――リーデロッサは首を横に振る。
「魔族じゃあなくて、その友達だよ。魔王くんに頼まれてさぁ、古代人が作った強ーい遺物とマギアテックを収集してる最中なんだけど、そこの剣士くんに邪魔されちゃって」
「魔族の国の企みを知って、止めないわけが無いだろう」
「いやぁ、ほんとはさ、誰にもバレないようにこっそりやるつもりだったんだよ? こんな風に表立って、騒ぎを起こすのは私も本意じゃあないの。全く、迷惑しちゃうね」
魔族の友達……魔王国パンディガと同盟関係にある人物ということか。作中に登場した覚えも設定にそういった記載も無かった筈だが、奴の言う通り水面下で事を運んでいたのなら頷ける。
(……とうとう見つけた)
恐らく今、俺はリガティア滅亡の先触れを掴んだのだろう。原作で唐突に滅んだ裏側を垣間見たとも言うべきか、ともかくこれは探し求めていた間諜の一人だ。
これはルフレが世界の異変に気付き、動いていたからこそ起こった原作ではあり得ない展開。設定のみでなく、歴史として地続きに時が流れている事の恩恵。本来の世界線から逸脱した、リガティア滅亡を回避する為に運命が味方してくれているようにしか思えない。
「でも、まあ見たからには無事で帰してはあげないよ、君たちを倒して私は仕事を完遂させてもらう」
「そんな事、させるわけがないだろう」
「同上、あなたの目論見はここで阻止させて頂きます」
図らずとも、英雄との共闘となった今回。相手が相手だけに浮かれている場合ではないが、これはかなりレアな状況だ。ずっと遊んでいたゲームシリーズの、主人公と一緒に戦えるのだから興奮しない訳がない。
「ところであなた……なんとお呼びすれば良いでしょう?」
「ルフレで構わない」
「分かりました。私のことはアーミラと、呼び捨てで構いません」
「そうか、アーミラ、子供だから一応聞いておくが――お前は戦える人間だな?」
「ええ」
短い返事を聞いて、ルフレは視線をリーデロッサに移した。今までの言動から俺の本性を察したからこその質問なのだろう。恐らく転生者であるという事を除き、中身が単なる子供ではないことは見抜かれている。
「俺が撹乱する、お前はまずあのでかいムカデをやれ。リーデロッサはその後だ」
「では、五秒で終わらせます」
先んじてルフレが地面を蹴り、駆け出した。
「させないよ」
それを阻むようにリーデロッサが立ち塞がり、剣を魔力で作った盾で防いだ。俺は二人を横目に見ながら、体内で魔力を練り上げていく。
「空の瓦解、『崩天』」
練った魔力を圧縮し、白銀に光る球体として両手で覆うように出力、前方――ナダ=トへと翳す。これは空間そのものを破壊する、虚空の賢者が扱う三つの真髄の内の一つだ。
「おいちょっと待て! やれとは言ったが、まさか……そんなものを打つ気かッ!?」
「当然、先制必滅、一撃必殺が常勝の極意らしいですから」
師曰く、リフカの弟子はまず第一に空間を壊す力を学ぶ。破壊こそが世界のはじめに起こった現象であり、空間魔法においても全ての基礎となる力なのだと。そしてこの魔法は俺が普段魔力に少し籠めている空間破壊の性質を、純度百パーセントにしたもの。
それからこれは俺の持論だが、初見の敵との戦闘における基本的な勝率は、どれだけ優劣に差のあるカードであっても八割を切ると思っている。理由は単純で、相手の手の内が一切分からないからだ。
長期戦になった場合絶対に勝つと思われた強者が、弱者の持つ唯一の勝ち筋を開幕にかまされて敗北するなんてこともあるだろう。所謂初見殺し、先程ルフレが実力的に圧倒していたナダ=トから不意打ちを食らったアレもそう。
俺の結界があったから傷程度で済んだわけで、そうでなかった場合――そもそも結界を破って来たのが予想外ではあるが、腕が吹き飛んでいた可能性すらある。
世界を救った英雄であっても、初見殺しをされればいとも容易く敗北してしまうかもしれない。知らないというディスアドバンテージは、戦いにおいて余りにも占める部分が大きいのだ。
では初見の敵に対して少しでも勝つ確率を上げたい場合にどうすれば良いか。長期戦を望むのであれば、まずは相手の攻撃を観察して情報を得ながら、的確なタイミングで自らの手の内も見せていけば良い。
が、今回のような相手の底が見えない場合は短期決着を望む。つまり、此方が相手より先に初見殺しをかましてしまえば良いのだ。
「空間ごと消滅しなさい!」
球体を上下から手で押し潰せば、その矛先がナダ=トに向いた。何もない空間から突然エネルギーの飽和が起き、眩い光が周囲に氾濫する。
しかしてその直後、まるで逆再生をしたかのように光が一点に収束し、一拍置いて凄まじい爆発が起きた。範囲外に影響が出ないように球状の結界で覆ってはいるが、内部では爆発の影響で空間そのものが抉り取られ、真に無であることを示す黒い深淵が広がる。
「な、なんて威力だ……」
空間は絶えず拡張し続ける性質を持つため、爆発によって破壊された場所もすぐに元に戻った。が、露出していたナダ=トの体とその周囲の大地は尽く消滅していた。
尚、これで倒せたかと言えば否、地中深くに残った体はまだ生きている。
「やはり、上手いこと核を逃しましたか」
魔物にはその肉体を保つ為の核となる部分があり、それが死後結晶化して魔石となる。基本的に心臓部や頭部に多く見られ、ナダ=トの場合は節の一つがそれに相当していた。
魔力視の力を持つ俺はどこにあるかを見た上で消滅させに掛かったが、どうやら奴は核を他の場所へと移すことが出来るらしい。
「あはは、無駄無駄。ナダ=トは群体生物だ、節の一つ一つが独立した個体でもあり、しかも失ったそばから分裂再生するからね、全部同時に消さない限り死なないよ!」
リーデロッサの言う通り、地中に潜っているナダ=トの断面から、新しい頭部が生まれた。
「プラナリアみたいで面白いですがしかし、これでサイズが縮まったので、十分一撃で始末できそうです」
「へ……?」
元のサイズのままだと少々厄介だったが、これならギリギリ全部を対象指定出来る。初見殺しは何も今の一回だけとは言っていないしな。




