6.魔術
――――魔術とは、魔法を行使する際に人の手で制御を行う為のルールである。
誰が、何処へ、何の目的で放つのかを明確にし、そこに至るまでの道を作ること。
そして、実際にその指示を出すのが、『魔法言語』と呼ばれる術式。神代の砌に使われていた古い言葉をとある大魔法使いが発音や意味を再定義し、魔法を使うためのものへと作り変えたものだ。
炎を意味する言葉を地面へ刻めば、口頭で唱えれば、頭の中で並べ立てれば――そこへ炎が生まれる。
音の有無は存在すれど、この魔法言語に術者の意志を籠める行為が、いつしか魔術と呼ばれるようになった。
――――俺が魔導書を読み始めてから二週間。
今は専ら魔術に使用する魔法言語の勉強しており、基礎的な術式の構築を試している最中だ。
「……マジで沼だな」
机の上に置かれた羊皮紙には、俺の構築した術式が刻まれている。効果は単純で、『魔力を注ぎ込むと文字が紙の上を決まった動作で動き回る』というもの。
はじめはこれを作るのに、冗談抜きで一日掛かったが――それもその筈、術式は何かが抜けていると正しく機能しないのだ。
例えば文字の移動する速度を設定していないと、0のままなので永遠に動くことはない。範囲の指定をしなければ紙の外まで出ていき、机をインクで汚す羽目になる。
これら魔法言語を文字として物体に刻む――『刻印魔法』は特に術式のルールが厳しく、『詠唱魔法』や『無詠唱魔法』などの口語や思考などで細かいニュアンスを調整出来るものと比べて難易度が高い。 体感としてはプログラミングに近いものに感じた。
だからこそ、一番初めにこれを学ばされるのだろう。
例えば箒に浮力を与える魔術は『浮かび』『留まる』という二つの節が基本となる。
詠唱では二節を唱え、術者の感覚で浮かぶ高さや浮力を調整するが、文字にすれば更に高度や時間の調整の為に言葉が増えていくのだ。
学べば学ぶ程に分からない事が増える。それが楽しいと感じるのだから、魔法ヤバい。下手すると一生これに注ぎ込みかねない深さを感じるぞ……。
正しい魔法言語で正しい式を書くこと、これが刻印魔法における唯一無二で絶対遵守の掟。式の正確さはそのまま魔法の威力や精度に直結し、雑に構築したものと比べるとかなりの差が生まれるらしい。
この基礎が疎かになっていると、後々困るのは自分だ。口語で魔法の発現を行う詠唱魔法と、頭の中で術式を構築する無詠唱魔法は、この刻印魔法の基礎が出来てから学ぶのがいいと魔導書も推奨している。
本当は魔法を教えてくれる家庭教師をつけた方がいいんだろうけど、その相談はもう少し大きくなってからだ。まずは幾つか実用的で簡単な式を、完璧に書けるようになるまで刻印魔法の練習に励む。所謂写経という奴で、その為には本来大量の紙が必要なのだが――――
丁度部屋の扉がノックされ、同時にサラが入ってくる。と言うか返事待ってから入ってこいよな。
「アーミラ様、言われてた物持ってきたっす」
「ご苦労様です」
元々俺の世話係であることを利用し、サラには当分物資調達を任せることにした。貴族の娘とは言え、アランにおねだりするのも限度がある。必要な物を手に入れる為に、色々と伝手のあるこの半グレメイドの力が役に立つのだ。
サラから受け取った荷物を解き、中から取り出したのは小さな黒板とチョーク。これは家の倉庫に眠っていたもので、読むものがなくて備品など載っている帳簿に手を出した時に見つけた。
それを、倉庫の管理人とも顔見知りのサラに持ってきて貰ったのだ。
「ところでこれ、何に使うんすか?」
「効率のいい勉強の為ですよ」
インクを壺に戻す術式を使えば紙自体は白い状態に戻せるが、流石に何度も使っていると筆圧で駄目になってしまう。その点黒板なら何度でも再利用可能だし、有限である紙を無駄にすることもない。
試しに黒板へ魔法言語の中でも基本的な『対象指定』の言葉を文字に宛てて書き込み、次に『自動で消える』という意のことば、『どれほどの速度で』『時間の指定』なども綴った。
するとチョークで刻んだ文字が段々と薄くなり、最後には消えてしまった。これが魔術の原理で、本来概念でしかない魔法を制御する術だ。
「はぇ~、今の落書きが魔術の式? なんすねぇ。あてぃしにはさっぱりっす」
「一応専門知識ですからね」
魔法の教育は色々と物入りで、相当にお金がかかる。平民であれば才能を見出す機会も少ないため、受けられない人間の方が多いのだろう。
「……とは言え、サラは結構才能ありそうですけど」
「えっ? ほんとっすか!?」
サラの保有魔力は、他の平民上がりの使用人と比べるとかなり大きい。うちの両親だけじゃなんとも言えないので、あくまで平民の中でだが。
リリアナは元々魔術に長けた家系の生まれらしく、アランも父親が有名な冒険者だった。剣士であっても身体能力の強化に魔力は使う為、恐らく平均よりも高い筈だ。
因みに俺の保有魔力は二人の凡そ三分の一程度。
人間のオドを扱う器官は筋肉と似た性質をしており、使えば鍛えられるらしいのでそのうち追い越す可能性はある。最終形がボスとしてのアーミラなら、伸びしろは十分だろう。
後は、俺がどれだけ原作の彼女に近づけるかだ。
「じゃあ、あたしも勉強がてらこれ、暫く見てていいっすか?」
「邪魔をしないのであれば、構いませんよ」
三歳になると貴族としての勉強も始まるから、それまでになんとか魔法の基礎的な部分は形にしてみせる。目指すのは、基本四属性魔法の初級を刻印、詠唱、無詠唱のそれぞれで使えるようになること。
この体のスペックの高さなら、そう難しいことではない筈。現に、たった二週間で魔力の感覚を身に着けて、術式もある程度基礎は理解し始めている。
理論と感覚の両方が必要となる魔法において、アーミラという存在の資質と俺の前世での経験が上手く噛み合った結果と言えるだろう。
「あ、そうそう。明日の朝はアーミラ様を早く起こすよう、旦那様に言われたっす」
「……父様が? 分かりました」
この女児ボディは体力が凄まじいので、どうせ朝は早く起きる。寧ろサラの方が寝坊する回数は多いほうだが、それにしても早起きする用事とは一体なんだろう……?
一応、明日に備えて今日は早く寝ておくとしよう。
【TIPS】
[概念:魔術]
知的生命が編み出した
魔法という現象を操る技術
何れも古代語を用いた複雑な式から成り
言語化、想像による概念の抽出
文章、図式による設計図の形成
それらを適宜組み合わせて法則を分解、再構築する