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65.遺跡に現れし闖入者

 短い睨み合いの中、機先を制したのはオークの側だった。先頭に立つ槍持ちの個体が金切り声にも近い雄叫びを上げて突撃する。ドランヴァルドはそれに対して、得物を巻き取るような形で攻撃を受け止め押し返した。


「オラァ!」


「ピギィ!」


 体重を乗せられ後退るオークへと、細かく反撃を入れていて非常に上手い。扱う武器から勝手にゴリゴリの脳筋だと思い込んでいたが、攻撃は相手の行動に対応できる程度に留めている。


 また、挟撃されないような立ち回りで、常に残りのオークを視界に捉えられるよう動いている。二体以上同時に襲いかかって来たときは、応戦するのではなく引く辺りは間違いなく多対一の戦闘に慣れた人間の動きだ。


 身体が資本の冒険者にとって、怪我が最も怖い。きっちりとリスクケアをしているドランヴァルドは、冒険者の戦い方として最も正しいだろう。


「まずは一匹!」


「プゴッ……!?」


 そうして防御と回避を優先し、相手の動きを観察しながら隙を伺い――見つけた決定的な瞬間に大きな一撃を見舞った。槍持ちオークは首から胸元を深く切り裂かれ、それが致命傷となって地面へと沈み込む。


 大剣は脳筋の武器と思っていたが、隙を見つけて一気に趨勢を傾ける技量と判断力を求められるということか。これは大剣持ちの相手と戦う時の参考になる、また一つ勉強になったな。


「フゴ……」


「ブギッ……」


 残された二体の得物はそれぞれ素手と粗末な棍棒のみ。先程の経験から同時に掛かっても勝てる見込みは無いことくらい分かるのか、チラチラと後ろへと視線をやっている。恐らく逃げる算段をつけているのだろう。


 が、


「逃がすかよ!」


 即座に距離を詰めたドランヴァルドが、棍棒持ちへと剣を突き立てる。浮足立っていたせいか、オークは防御も回避も出来ず、胸へと風穴が空いた。返す刀でもう一体の喉を裂き、一瞬で二体を屠ってしまう。


 数的ではなく、戦力的な有利が出来た瞬間に詰める判断も素晴らしい。少数戦において、数の減った側は適切な判断を強いられ、また減らした方もそれ以上の迅速かつ踏み切った選択をする必要がある。


 今回は相手が逃げようとしていたが、もしも一方が足止めをしている間に残りが死んだオークから武器を回収すると、ドランヴァルドの勝率がグッと下がってしまう。


 相手がその事に思い至るより先、あるいは行動するよりも前に手を打つ胆力は経験でしか得られない。恐らく俺が今戦っていたなら、相手の出方を伺って後手に回っていた筈だ。


 逆にオークが勝つ択としては、先程上げた武器の回収と、同じくどちらかが囮となって相方を逃し――増援を呼ぶこと。


「斥候という情報から、増援まで見越していましたか」


「オークは見つけたら逃げる前に殺すのが鉄則ですからな。それから三体一組で斥候として動くのも、冒険者の常識なのです」


 恐らくどこかに群れの本隊がある筈だが、それを呼ばれると如何にドランヴァルドが手練れと言えど状況は拙くなる。ここで全て仕留めるべきなのは正解で、それはこの場にいる冒険者全員の共通認識なのだろう。


「しかし、三対一でも全く危なげが無いですね」


「地味ですが、しかし地力が最もある冒険者でしょう。早死する者も多い中、奴はこの歳まで生き延びて来たのですから」


 曰くドランヴァルドは今年で三十一歳。冒険者の平均年齢が二十代前半らしく、そう考えるとかなりのベテランと言える。強さで言えばアランより遥かに下だが――踏んだ場数の多さなら彼が上だ。


「欲しいですね」


「ん? 今なんと?」


「此方の話です、気にしないでください」


 一先ずドランヴァルドは概ね想定通りの実力だった。後はマルクスだが、このベテラン相手にあれだけ上から物を言えるのだから期待していいのだろう――――







「うーん…………」


 マルクスたちにも期待していた俺は、この後に出くわしたもう一組のオークと彼らの戦いを見て――こう……ちょっと当てが外れたと言うか、期待が少し過剰だった事を反省した。


 今度も鉄製の武器持ちが一体と、残り二体が木の棍棒という組み合わせだった。マルクスたちは前衛二人に遊撃が一人、後衛が一人という構成で、一般的な冒険者パーティーと余り相違はない。数の分だけドランヴァルドよりも有利ではある。


 その筈だが、何故か先程と同じくらいオークの殲滅に時間がかかった。確かに冒険者として一定の実力はあり、それぞれが単独で見ればそれなりに動けるのも分かった。


 が、


「……これは、ちょっと駄目そう」


 俺の気付いた問題点を上げると、まずは重戦士が全く動けていないこと。


 シーフとマルクスのフットワークが軽く、手数が多いのは良いことだが、無駄にオークをあちこちに引っ張りすぎている。お陰で重い装備を着た重戦士は右往左往するしかなく、結果的に殆ど何も出来ずに

浮いてしまっていた。


 他にも魔術師が詠唱を終えた瞬間に射線へマルクスが入ってきたり、中々に連携がチグハグだ。


 再度言っておくと、彼ら個々人の能力自体はそう悪くはない。やりようによってはもっと格上にも通用するだろうし、今だってオーク程度なら歯牙にも掛けないくらいには戦えている。ただ、余りにも無駄で大袈裟な動きが多すぎるのと、連携が全く取れていない事が問題なのだ。


 マルクスはその辺り拘ってそうなので、恐らく意図してのことなのが尚たちが悪い。


「どうでしたかアーミラ嬢、私どもの戦いぶりは」


「そうですね、その……とても華々しい技の数々をこんなにも沢山見られて良かったです」


「それはなんとも、お褒めに与り光栄の極みです!」


 うん、今のは皮肉なんだけどね、気付いてないみたい。正直な感想を言ってあげたいが、こんな子供にダメ出しを食らったら彼らのプライドはズタズタになる。今は、まだ黙っていてあげよう。


「……ん?」


 そんな折、俺は少し離れた地点に巨大な魔力の塊が現れたのを感じた。明らかにオークとは違う、もっと異質な何かだ。魔力は無機質で、何処か感情めいた揺らぎを感じない。


「何だ? この気は……?」


 ジョンも俺と同じ気配を感じたのか、眉根を寄せて遺跡群の先を睨む。気配は暫くあちこちに動き回った後、動きを止め――そして一瞬消えた。


「……ッ! 下だ、何かが下から来るぞ!」


 それからすぐ、気配が地中に移動したのを理解するのと同時に、凄まじい速度でこの場所へと迫っていることも察した。生物としてはあり得ないほどに速い、恐らく120kmはゆうに出ている。


 はじめはオークの群れの本隊かとも思ったが、奴らに地中を移動する脳みそも能力もない。つまり新手の魔物、しかも遺跡による現れる人型種とは全く違う存在が出現したのだ。


 それに気付いた俺とジョン、ドランヴァルドは剣呑な表情で迫る地響きを睨む。


「何事だ……!?」


「地面が、割れて――」


「うおぉぉおぉっ!?」


 それから数瞬後、ざわつく冒険者たちの足元に亀裂が入り、そのまま地中から石畳を捲りあげて巨大な影が姿を現した。土と石礫が舞って視界が不明瞭だが、細長い何かであることだけは分かる。


 直上にいて宙に飛ばされた者、見上げて腰を抜かす者が出て、そして先頭にいたマルクスらと幾人かの冒険者は影に分断されて姿が見えなくなった。


「あー……えっと、これは……何でしょう?」


「デカい、ムカデ……?」


 ようやく姿を捉えたそれは濃い赤紫色の外骨格に身を包み、細長い身体に無数の手足を生やした節足動物のような外見をしていた。しかし、俺の知るものとは随分と細部が違う、虫というよりかは――虫を模してデザインされたエイリアンが近い。


 有り体に言えば、全長が10メートルはある巨大なエイリアンムカデ。胴体の半分が未だ地中に埋まってこれなので、恐らく全容はもっと大きい。


「あの、支部長さん」


「はい、なんでしょうか?」


「あれは一体なんという魔物なのでしょう?」


「そうですな……あれは、あれは……うーん、ちょっと私も見たことが無いのでなんとも言えないですな……。この辺りにムカデ型の魔物の観測例はなかった筈ですし……新種かも知れませぬ」


「いやいや、ギルマスも貴族の嬢ちゃんもそんな呑気なこと言ってる場合じゃねえぞ!? ありゃ確実に厄災(ディザスター)級だ! 早く逃げなきゃ殺される!」


 あまりのショックに一周回って冷静に俺の質問に答えるトーマスと、慌てふためき逃げの姿勢に入ったドランヴァルド。その両名を横目に、俺は改めて眼前の魔物を観察する。


 因みに説明しておくと厄災級とは、人間が付けた魔物の格を現すランクのことだ。単体で都市一つを丸々滅ぼせる規模の力を持つのが厄災級、その上には天災級や禍災など色々あるが、一般人にとっては全部ひっくるめて「途轍もなくヤバい」と覚えておけば問題はないとされている。


(しかし、これは明らかに周囲の生態系にそぐわない個体だ。それに突然現れた気配……どうにもキナ臭い……文字通り厄いな……)


 もしこの遺跡を目の前のムカデが縄張りにしていたとしたら、先程のオークの存在はありえない。あのサイズの肉食の魔物なら、確実に生存競争の末にオークを滅ぼしている。


 そして更に不可解なのは、あれが何もない場所に突然現れたということ。体の大きさもそうだが、体内に宿す膨大な魔力量からして俺が遺跡群に近づいた時点で感知出来た筈だ。つまり、あのムカデは今さっき、誰かの手によって召喚されたことになる。


「……倒すか?」


 そう独り言ち、周囲を見回せば登場の際の衝撃で怪我をしている冒険者が多数見えた。それ以上に、戦意を失って逃げようとする者が多く、今戦えば倒せるだろうがその間にも少なくない被害が出る。


 出来る限りの者の命を助けるのなら、ここは足止めをしつつ一旦逃げて態勢を整えるのが賢明な判断だろう。幸い歩けない程重傷な者もいない、協力すれば脱出は可能だろう。


 向かい側で分たれた者たちも同じ結論に至っている筈なので、俺の仕業だとバレない程度に怪我人たちへ結界を張って退くことにした。


「じゃ、逃げますか」


「もう逃げてるよっ! 揺れるから喋んなよ舌噛むぞ!」


「ドランヴァルド、絶対にアーミラ様をお守りするんだぞ!」


 そろそろ逃げると言うより先に、ドランヴァルドに抱えられてムカデとは逆の方向に逃げ始める。どうやら結界を張っている間に殿になったらしく、俺たちが最後尾。いやはや、待っていてくれた彼に申し訳ない。


「はっひ、っふ……ほひっ……どうやら、向かいにいる者たちがっ、気を引いてくれている、ようですなっ……ひぃっ、ふっ……」


 突き出たお腹を上下に揺らしながら走るトーマスの言葉に後ろを見れば、丁度ムカデの頭部に火球が放たれて爆発した。位置的にはかなり離れた場所からなので、恐らく逃げる際に足止めとして撃ったものだろう。


 ムカデは顎を鳴らして悲鳴のようなものを上げており、その場でのたうちまわっている。本当に今のが効いているのかは分からないが、取り敢えず追ってくる様子はない。


「しかし、嫌な予感がしますね……」


「そうそうこれ以上悪い事が起きるかよっ!」


 全く、息抜きのつもりで来たのに、飛んだアクシデントに巻き込まれてしまったな。帰ったらアランに王都の焼き菓子を沢山買ってもらわないと。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり駄目なギルドとギルド長ぽいでした。 偉そうな奴はあんまり凄くないのは最早定番ですねw
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