64.メローナ遺跡
曰く、今日の見学会には冒険者の仕事ぶりを体験する企画があり、その代表として選ばれたのがドランヴァルドとマルクスだとか。
どちらも冒険者としては優秀で、キャリアならドランヴァルド、最近の勢いと人気ならマルクスに軍配が上がる。ただ、この看板冒険者の二人には何やら得も言われぬ確執があるようで、少なくともドランは一緒に仕事をするのが気に入らないらしい。
「それで彼はあんなに抗議していたわけですか」
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳御座いません……二人とも腕は確かなのですが、少し人間関係に拗れがあったようで……」
「ほんとですよ! 全く、お嬢様をあんなしょうもない諍いで煩わせて……」
今はざわつくリガティア支部を出て、冒険者としての仕事で最もポピュラーで華のある討伐依頼をこなしに、俺の護衛を含めた複数の冒険者たちと王都から少し離れた場所にある遺跡群へとやって来ていた。
尚、護衛は見学に来ると想定されていた貴族の年齢より余りにも幼いため、当初の1.5倍増員された。と言うかそもそも年齢的に中止になるところを、俺が無理を言って連れてきて貰っていたりする。
ここはメローナ遺跡と言い、嘗て覇王グラニオウスと覇権を争った氏族達の旧い住居であり、その戦争の名残からかマナの濃い土地になっている。魔力を必要とする魔物にとっては絶好の棲家として、王都に程近くありながら魑魅魍魎が跋扈する地域なのだ。
そんな場所が近所にあって大丈夫なのか――という問題については、王都の城壁自体に魔物を寄せ付けない結界の術式が張り巡らされており、また街道や周辺の土地も月に何度か徹底的に魔物の駆除が行われている。
長年の積み重ねの甲斐もあってか、この辺りの魔物は王都に近づくと危ない事を学習し、縄張りから余り出ることが無くなった。ただ、個体数が増えすぎると食料がなくなり、人のいる場所へ流れてくる為、定期的に冒険者には間引きの依頼がやって来る。
「しかし、何故あなたまで一緒に?」
「俺はあんたらとは別にここへ用事があるんだよ、邪魔はしないから許してくれ」
「むむ……この男、なんだか怪しいですよお嬢様」
若干先行するドランとマルクスの後ろを歩く俺は、ジェーンに言われて隣にいた灰髪の青年を目で見上げた。奇しくも同じ場所に用事があったらしく、今もこうして一緒にいるわけだが、その内容自体は教えてくれてはいない。
「そもそも、まだ名前を聞いてないんですけど」
「ジョン・スミスだ」
青年は目を合わせる事無くジョンと名乗り、腰に提げた剣の留具を指で撫でた。その言葉で察した俺は、それ以上の会話を止めて溜息を吐く。ジョン・スミスとは偽名の代名詞で、つまり彼も本名を名乗るつもりが無いと言うことだ。
ここに来るまで――舗装された道が途絶えるまで乗っていた馬車も、彼が支部長に耳打ちをすると何故か同乗することになったりと、かなり怪しい。
「……彼、何者なんですか?」
「さあ? 私は何も知りませぬ。旅の道連れとはままあるものですので、気になさらない方が良いかと思いますぞ」
恐らく正体を知っているであろうトーマスもこの調子で、益々気になってしまう。が、それと同じくらい俺が知りたいのは、ドランとマルクスの確執について。
「ひ、久しぶりっすね、ドランさん……」
「……」
肩をいからせて歩くドランに話しかけたのは、マルクスのパーティーメンバーだという若い魔術師の男。ただ、声をかけられた当人は至極虫の居所が悪いのか、射殺すような目で彼を睨んだ。
「おいおいドランヴァルド、流石にそんな態度は無いだろう。元、とは言え仲間だったのだから」
「……ッ! それをお前が拐かして、裏切らせたんじゃねえか!」
ほほーん……?
何だか今のやりとりで少し話が見えた気がする。
人気者の冒険者二人に、それぞれ元と現が付く仲間たち。どちらかと言えば一方的にドランヴァルドがマルクスを嫌っているようにも見え、逆にこの気障男は侮蔑して見下しているような……。
「おいおい、二人とも険悪な雰囲気はよせ。聞けばあんたら、冒険者の手本として選ばれたんだろ。なら、それに見合う立ち居振る舞いがあるんじゃないか?」
「お前さんはいい奴だが、これは俺たちの問題だ。部外者が口出ししねえでくれるか?」
「この男が一方的に突っかかって来ているだけなのに、険悪とは心外だな」
「……全く」
二人を宥めようと声を掛けたジョンは、呆れたように肩を竦める。これでは仕事どころでは無いと思うのだが、本当に大丈夫だろうか? こっちは看板冒険者と言うから、若干スカウトも視野に入れているのだ。
(ま、二人の能力次第だけど)
もし実力が本物なら、アドルナード領に新支部を作るでも、個人で交渉するにしても此方の陣営へ引き入れたい。ただ今回、俺は実力としては常識の範囲内、一般的であろう冒険者の強さを見るのが初めてだ。その能力は未知数で、またこの隣の奴は明らかに見ただけでズバ抜けているのが分かる。
彼らも同程度とは言わずとも、俺が欲しいと思える程の力を示して欲しいと内心では思っていた。この調子だと二人とも勧誘した場合関係にさらなる軋轢を生みかねないので、どちらか片方優れている方に狙いを付けたい。
本音を言えばジョンが一番欲しいのだが、これは素性が不明だから今は様子見だ。
と、そんな事を考えていると、先行していたマルクスの仲間の一人――シーフの男が何かを感知したのか、その場に伏せて地面へと耳を当てる。
「近いな、音からして恐らく……オークか小型のトロル種だ」
「数は」
「聞こえる範囲では少数だ」
「斥候か、じゃあ多くとも6だな」
「護衛班は貴族様を囲んで少し下がれ。後方の警戒も怠るなよ」
流石にここは手慣れたもので、全員で素早く情報共有を終えると臨戦態勢に入った。
「安心してくだされ、護衛は全員手練れを選抜致しました。ワシも元冒険者、戦いの心得がありますので、アーミラ様にはこれっぽっちも危険はありませぬ」
「それは……ええ、頼もしい限りですね。はい」
「お嬢様! 私から離れないようお願いします!」
トーマスはそう言って弛んだお腹を揺らし、ベルトに挿していた杖を抜く。ぶっちゃけこの場にいる奴で俺と同等の強さを持つのはジョンくらいだが、そこは彼らのプライドを尊重して余計なことは口にしない。
あくまで俺はか弱い貴族の子女。本来ならばもっと護衛を引き連れて、健気にも気丈な振る舞いをするべきなのだろう。こんな、魔物も恐れず堂々と観戦の態勢に入っている方が普通はおかしいのだ。
……うん、今度そういう演技の練習もしておくか。
「接敵まで後少し!」
「……おい、どっちが先にやる?」
「ここは後輩らしく、先達に譲ってあげようか。お先にどうぞ、負け犬のベテラン」
「お前の番で油断して死にかけても助けてやらねえからな、この気障野郎」
「弱い犬ほどよく吠える」
しかして、先に抜剣したのはドランヴァルドであり、彼は幼子の身の丈程もある大剣を正中に構えた。見知らぬ銘ではあるが、刃毀れも無くきちんと整備された良い剣だ。
それに彼の構えはこの国の騎士剣術に近しく、しっかりと基本に倣った良い姿勢をしている。騎士くずれか、引退した老騎士のいずれかが師にいるのだろう。
「何だ、今回は豚野郎か」
「対象確認、オーク! 三体だ!」
そんなドランヴァルドに向かってやって来たのは、豚――と言うより猪の頭部に骨太な人の身体を持つ魔物であるオーク。完全にこちらを捉えて、武器も構えている。
動物の豚同様奴らは鼻が利くから、シーフが気付くより先に感付かれていただろう。
「しかし、人型の魔物とは直に見ると奇妙な……」
「おや、アーミラ様はオークを見るのは初めてですかな?」
「何分平和な土地で育ったものですから、あまり魔物との交戦経験はありませんね」
「まあ、それが普通でしょう。寧ろ初めてで全く動じない貴女の方が珍しいですぞ……」
ゲームで幾度と見たオークの姿は、実際に目の当たりにすると画面越しの十倍は醜悪だ。
濁った黄銅色の瞳は知性を宿しておらず、肥満体型の肉体は薄汚い布と気持ち程度の防具で隠されている。持っている武器も、どこぞの冒険者から簒奪したのか錆びた鉄槍や酷い物だと削った木の棒という始末。
人型ということで廃墟に住まい、道具もある程度扱うが、奴らにはそれが限界なのだろう。
ただ、知性の低さと引き換えにオークは凄まじい膂力を誇る。自身と同じ重量の物程度なら余裕で持ち上げ、また頑丈な皮膚と分厚い脂肪によって生半可な物理攻撃を通さない。
そんな相手に冒険者がどう挑むのかも、俺は見てみたかった。
「じゃあ、貴族の嬢ちゃんとギルマスの為にもいっちょやってやるか」
ドランヴァルドがそう言って剣の柄を握り直し、いよいよオークとの戦闘が始まろうとしていた。