63.色々とゴタゴタ
階下から聞こえた怒声に、すわ何事かと降りてきてみれば、受付の前で一人の冒険者と職員が揉めているのが目に入った。
冒険者の方は短い茶髪の大柄で筋肉質な男で、背中には俺の身の丈程もある大剣を背負っている。対する職員は女性、それも小柄で気の弱そうな雰囲気だ。
「聞いてた話と違うじゃねえか!? 一体どうなってるんだ!」
「も、申し訳ありません……ですがその、これはギルドマスターと補佐の決定でして、私に言われてもどうしようもなく……」
「ああ!? じゃあギルマスを出せよ、こんな話納得いかねえ! 直談判してやる!」
「あ、生憎ですが今は貴家の御方の対応をしておられますので、それは難しいかと」
「一々理屈捏ねやがって、話にならねえじゃねーかよ! 貴族が何だってんだ、今すぐ呼んでこい!」
男の方は相当頭に来ているのか、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。その怒りの矛先を向けられた受付嬢は逆に青褪め、今にも泣きそうだ。
周囲にいる他の冒険者も状況が飲み込めず、多少のざわめきはあれど止めに入る者はいない。
「何か問題起きてますけど、大丈夫ですか?」
「ああいや、いやはや、すみませぬっ! 断じて、断じてなんでもないのです。何かの行き違いで起こったちょっとしたトラブルでしょうから、私が話を聞きに行けばすぐに解決致しますので! 何卒、ここでお待ちをば……」
トーマスも貴族の客が来ている中でトラブルが発生して、動揺を隠しきれていない――と言うか諸にバレているが……。このままだとあの職員、少し危ないかも知れないな。
男が普段どのような人物なのかは知らないが、今は頭に血が昇って正常な判断が出来ていないように見える。誰かが仲裁に入らなければ、暴力沙汰になってもおかしくはない。
「お嬢様? まさか止めに入ろうかなとか思ってないですか? 危ないです、ここは静観するべきです」
「かな、じゃなくて入るんですよ。暴力沙汰は問題でしょう」
俺が仲裁に入ろうと決めたと同時に、丁度男の平手が職員へと飛んだ。それに合わせて転移しようと思ったが、直前に新しい気配を感じて脳内詠唱を中断する。
「む……」
俺の代わりに冒険者と職員の間に立ったのは、端正な顔立ちの青年だった。
少し癖のある灰色の髪に赤い瞳、それから肌の一部を覆う黒曜石のような鱗。細身だが、その手は丸太のような巨躯の男の手首を掴んで完全にその場に留めている。
「ぐっ……なんだお前、放せよ……!」
「あんたが落ち着けば放してやる。まずは頭を冷やせ」
その青年に対して抱いた第一印象は『化け物』の、一言だった。
多少離れたこの距離からでもわかるその圧倒的な存在感と、肉体に秘められた凄まじい力の密度。内包する魔力も並どころか、今まで出会った者の中では最も多い。師匠は何故かオドが知覚出来ないが、恐らく質としては同程度だ。
純粋な腕力も、体格差のある相手を片手で止められることから相当ある。ここに魔力による身体強化を加えたら、人間程度なら捻り殺せる程度にはなるのではないだろうか。
そして何よりそんな力の持ち主が、今まで察知できない程気配を消していたという事実が拙い。
無意識の内に腕に力が入るのが分かる。圧倒的な強者を前にして、身体が勝手に臨戦態勢に入っているのだ。少し戦ってみたい、一瞬そうも思った。
「あんた、その様子からして相当熟練の冒険者だろ。普段はもっと冷静で頭も回る、多分すぐにカッとなるようなタイプでもない」
「お前、何を……」
「何があったのかは知らないが、ここで暴力沙汰を起こすのはあんた自身良くないと分かってる筈だ」
「…………」
青年は腕を掴んだままそう諭し、少しの間静寂がその場を包む。
「…………すまん、お陰で落ち着いた。手を放してくれ」
「それは良かった」
そうして暫く、巨躯の冒険者は一度大きく溜息を吐いてから謝罪の言葉を口にした。こめかみに浮かんでいた青筋も引き、取り敢えず怒りを抑えられたようだ。
「怒鳴り散らして悪かった。この通りだ、許してくれ」
「い、いえ。私は大丈夫ですので……今回の件については、その……私個人としてはお怒りになるお気持ちも分かりますし……」
俺は仲裁が成功した事を確認してから、改めて彼らの元へと向かう。その後ろを慌ててトーマスが走って付いて来たことで、三人ともすぐ此方に気付いた。
「ドランヴァルド、これは一体何の騒ぎだ!?」
「ぎ、ギルマス……!?」
ドランヴァルドと呼ばれた男は、トーマスの声に先程とは打って変わって顔を白くさせる。
「今日は大事な来客があるからと、絶対に問題を起こさないように言った筈だが!?」
「まあまあ支部長さん、落ち着いて。何か事情があったようですし、まずは彼の言い分を聞いてみては?」
今度は俺が激昂するトーマスを宥めながら、すっかり小さくなってしまったドランヴァルドと、謎の青年に視線を向けた。
「と言うかギルマス、その子供は……?」
「申し遅れました。私、アドルナード家息女の、アーミラ・アドルナードと申します。以後、お見知りおきを」
「お前は大事な客人の前で粗相をした、と言う訳だ」
「……成程」
やらかしに次いでやらかしたことを知って、その精悍な顔立ちが萎んでいく。俺としては別に気にしてないんだけどね。見た感じ、普段はそこまで怒りっぽい人物というわけでもなさそうだし、あんな様子だったのは理由があるのだろうし。
「全く、何をそこまで怒っておったのだ?」
「それが――」
「おやおや、何やら騒がしいと思ったら、ドランヴァルドじゃあないか」
呆れたトーマスの問いかけにドランヴァルドが答えようとしたのを遮り、また別の男の声が背後から発された。
「負け犬のきみが一体ここで何をしているのかな?」
「マルコスてめぇ、どの面下げてここに来やがった……!」
振り向けば、此方――正確にはドランヴァルドを見下ろす男が一人。金の長髪を後ろで結い、顔は整っている方だがどうにも他者を嘲るような態度を感じる。
赤い軽装に身を包んだ彼は、気障ったらしい仕草で羽つきの同じく赤い帽子を弄びながら鼻を鳴らした。その背後には冒険者らしき装備の男女が三人。恐らくシーフと重戦士、あとは純粋な魔術師か。
「彼は?」
「ドランヴァルドと同様、この支部を拠点とする冒険者です」
腰に下げた細剣が得物のようだが、らしいオドの巡らせ方を見るに魔術も扱えそうだ。
「これはこれは、貴女が本日のお客人か。まるで妖精の如き可憐さだ、私がエスコート出来る事を誇りに思います」
マルコスはそう言って大仰な仕草でお辞儀をすると、膝をついて俺の手を取り口づけをする。内心ギョッとして鳥肌が立ったものの、顔には出さず受け流した。
「あの、これってどういう状況なんでしょう」
「さあ? 俺に聞かれても」
代わりに青年へと話を振れば、彼も肩を竦めて苦笑を漏らす。大分場が混沌としてきたが、これはどうやって収拾をつければ良いんだろうか。




