62.冒険者組合
冒険者組合が生まれたのは遥か昔。
当時は組合という名称ではなく単にギルドと呼ばれ、職人やそれに素材を卸す人々の集まりだった。正式に組合として発足したのが記録では215年前であり、初代組合長――グランドマスターの名はエヴァ・フォーゲル。
エヴァに関しては様々な逸話が残されているが、最も有名なのは特殊な道具を用いて物質を創造する能力を有していたという話だ。小さなコップから、巨大な城に到るまで遍く全てを生み出す事が出来たらしい。
他にも『エヴァは永遠に少女の姿から変化しない不死者であった』とか、『死んだと言われているのは単なる噂で実はまだ何処かで生きている』とか、そういった都市伝説めいた物もある。
尚、実際噂が眉唾かどうなのかは判然とはしない。
現グランドマスターでさえ、就任直後に初代についての記録を調べたが、殆ど残されていなかった事に頭を抱えたとかなんとか。
それでも初代の功績は凄まじく、寄せ集めだった人々を一端にまで叩き上げ、一代で国家と渡り合えるだけの影響力を組合に付けさせた。今も用いられている細かい制度の土台も彼女が作り、組合を利益の出る組織に育てている。
登録費用は組合に加入している者の年間収入から割合で徴収される仕様で、多く稼げば稼ぐ程納める額も増え、逆にあまり働けなかった人は少ない額で済む。
年末にはその年に最も納めた金額の多い組合員の名前がランキングで発表され、それがイコールで冒険者としての格に繋がるとか。まあ、要は高額納税者番付みたいなものだ。
「――――と、言った風に、組合は自然と職人や戦士が集まって出来た組織ではありますが、現状こうして成り立っているのは初代の尽力あっての事なのです」
そう組合の成り立ちを説明したのは、冒険者組合リガティア支部長であるトーマス・レーガスト。
恰幅のいい腹回りと、艶のあるカイゼル髭が特徴的な男だ。天然の金髪と立ち居振る舞いから、元はどこぞの貴族家の子息だったのだろう事がわかる。
見学の為に組合の建物へとやって来た俺は支部の二階――貴族向けの応接室に案内され、まずは一通り彼から説明を受けることになった。
「成程、とても良く分かりました。組合は営利を前提とした互助組織なのですね」
「我々運営がお金を持てば、それだけ加入している組合員に仕事が回せます。年に二度頂いている設備費で施設の拡充なども行っており、最近は新しい支部の設立も目指しておりまして」
見学会に参加することを決めた俺に改めて手紙を送ってくれたのも彼で、今日こうして案内をしてくれるのも彼。外見だけ見ると傲慢で神経質そうだが、仕事は率先してやるタイプらしい。人は見かけで判断しちゃいけないね。
「あ、その話で一つ聞きたいのですが、今回の見学会はその一環で開いたものなのでしょうか?」
「敏いですな。余り声高に言うと行儀が悪いですが、貴族に組合の事をより良く知ってもらい、領地へ支部の設立をと考えております」
組合は基本的に国の王都に本部ないし支部を持っているが、それ以上となると難しい話になってくる。
例えば、魔物が多く棲息する地域ならば領主の方から支部の設立を願い出ることもあるだろう。ただ、基本的に冒険者は魔物の間引きや治安維持など、騎士や兵士――公務員の仕事を奪いがちだ。
領主の部下に人的余裕があった場合、寧ろ力を持った荒くれ者を遊ばせておくことになり、逆に街の治安が悪くなる。実際、冒険者という人種は組合に所属しているから良いものの、内実としては野盗とほぼ変わらないような素行の者も多い。
そう言った理由から、自領に支部を持つ事に慎重になる貴族が多数派なのだ。
「故に! このリガティア支部では冒険者のマナー講習を義務とし、市民に良い印象を持って貰う事を第一としておるのです!」
「そ、そうですか……」
トーマスは力強く拳を握りしめ、そう力説する。
「アーミラ様も今回の見学会で知った事をご両親にお伝えになって、是非領地への支部設立をご一考くだされ」
「ええ、しっかりと考えておきますよ」
彼の台詞は半分俺に向けて、そして半分は後ろに付いてきた従者――ジェーンに向けてのものだろう。相手にしてみれば子供が社会見学にやって来たと思っており、今日の見学会の様子を領主に伝えるのは彼女なのだ。
尚、サラも一緒に来たがってはいたが、他に仕事があるため断念。俺もどちらかと言えばジェーンとは来たくなかったけど。だって、このメイド確実に重度のロリコンなんだもん。
「それでは説明はこの辺りで、そろそろ建物を案内いたしますかな」
お腹を揺らして立ち上がったトーマスと共に応接室を出て、建物を見て回ることに。冒険者組合リガティア支部は三階建てで、一階に受付や素材の売買をする場所があり、二階は基本応接室。三階に支部長室とその他資料室などが並んでいる。
応接室は豪奢な調度品の並ぶ貴族向けから、平民に向けた質素なもの、それから粗野な冒険者が入って汚したり多少暴れても問題のない石造りの物が三つあった。
「先程も説明しましたが、奴らは基本的に礼儀というものを知らぬのです。多くが貧民や特殊な部族の出身であることが理由なので、仕方ないのですがな」
「戦闘民族なんてそんなものでしょう。かくいううちもそこまで変わりませんよ」
アドルナード家なんてそもそも初代であるグランが元冒険者だ。
「ああ、貴女様のお家はそうでありましたな。いやはや、グラン様のお話は先代より聞いておりますとも。……ここだけの話、リガティア支部が他より資金の融通が利くのはあの方のお陰なのですよ」
「……それ、言って良いんですか?」
「構いませんとも、優秀な冒険者のいる支部が栄えるのなぞ周知の事実ですからな」
まあ、沢山稼げば稼ぐだけ組合にお金を落とすということでもあるので、彼の言うことは間違いではない。看板になる冒険者がいる支部は、それだけで他と一線を画す事ができる。
「さて、次は一階の案内を致しましょう。冒険者の集うメインフロアですので、色々と面白いものが見られるかも知れませんぞ」
「それは楽しみです」
ロビーでは冒険者たちがクエストボードと睨めっこをしていたり、受付で仕事を受ける様子を見たり、運が良ければ討伐から帰ってきた冒険者を見られるかもしれない。
「ドラゴンの頭なんぞ抱えて帰ってきた日には、それはもうお祭り騒ぎですからな。ま、ここじゃ滅多にそんなことはないですがな、ハハハ!」
そう、鷹揚に笑うトーマスだったが
「――――いい加減にしろよッ!!」
突然階下から、建物を揺るがすような怒号が響き渡った。この声は、どうやらドラゴンでお祭りな感じでは無さそうだが……。