60.ファッションショー
冬が過ぎ、漸く春の兆しが見え始めた日頃。リーンが三歳の誕生日を迎え、王都遠征から怒涛の勢いで一年が過ぎようとしていた。
「来たわよ!」
そんなある日、実家の方の屋敷の前に停まった馬車から、快活な声を上げて赤髪の少女――ブリジットが降りてきた。彼女の来訪自体は、二時間前に手紙を持った従者が先触れで来てはいた……が、まさか同日にメインも来るとは思ってはおらなんだ。
「随分早かったですね」
「ほんとは手紙で招待するつもりだったけど、前は二回も来て貰ってたの思い出したのよ」
「それで慌てて来たってことですか」
先触れも、本当は招待状を届けに来ただけだったのか。呼ぶより行った方が良いと思って即断で来る辺り、ブリジットらしいといえばらしいな。
まあ、彼女が遊びに来るの自体は大歓迎だ。クレーデルとは是非とも仲良くしておきたいし、子供の友達関係もそのうち親同士の繋がりに続いていく可能性がある。
「そ、今日は大事な贈り物も持ってきたわ」
「贈り物?」
ブリジットは訝しむ俺を見てニッと笑い、手を鳴らした。すると馬車の中からお洒落な包装のされた大きめの箱を持ったアズサが降りてきて、俺の前までやって来る。
「あ、これってもしかして」
「そのもしかしてよ。アズサ」
「依頼されてた衣装と、ちょっと勢いで作ったその他諸々……完成したから持ってきたよ」
そうだ、丁度去年の夏頃に頼んでいたトエルのオーダーメイドを届けに来たのか。予定では半年だったが、少し延びるかもと連絡が入っていたからまだ掛かると思っていた。
「なんとか誕生日までに間に合って良かったわ。勿論これだけがプレゼントじゃないけど、それでも記念日に合わせたかったから」
「あれ? 私の誕生日って言いましたっけ?」
「お兄様に教えて貰ったのよ」
少し前に、ゲイルがやけに俺の誕生日や何か記念日めいた日がないか聞いて来たのはそのせいだったのか……。まあ、ちょっとしたサプライズで嬉しいと言えば嬉しいんだけど。
「開けてみてもいいですか?」
「勿論、なんなら早速着てみる?」
「では、お屋敷に招待しますね」
出来上がった服を早く試着するため、俺は二人を屋敷の中へ案内した。
自分でも意外だが、新しい洋服を着るのがかなり楽しみなようだ。前世じゃTPOに反していなければ服装なんて何でも良かったんだけど、やはり転生してからそういう感性も変化しているのかもしれない。
と、
「あれ、アズサ?」
「えっ、モニカ! あんたこんなところでなにしてんの!?」
廊下を歩いていたところ、向かいからリーンと歩いて来ていたモニカと鉢合せ、アズサと共に驚いた顔で互いの名前を呼んだ。
「えっと……お二人は知り合いなのですか?」
「モニカとは学院の同期でねぇ、分野は違ったけどお互いの実験の手伝いを良くしたものよ」
「懐かしいね、卒業した後は有名な服飾ブランドに就職したって聞いたけど、もしかしてその仕事でこっちに?」
「そうそう、アーミラちゃんの洋服作ったから持ってきたんだぁ。めっちゃ可愛いから、モニカも見てよ」
聞けば、アズサはファルメナの学院で無機物に魔力を定着させる研究をしており、その関係で魔法の洋服を縫製するトエルに就職したらしい。モニカとは学院で友人関係にあったようで、所謂親友という関係だとか。
「お姉ちゃん、新しいお洋服買ったんだ……」
「って、もしかしてこの子アーミラちゃんの妹ちゃん!? うわ、姉妹揃ってめちゃ可愛いじゃん!」
「あ、えっと、リーン・アドルナードですっ。いつもお姉ちゃんがお世話になってます」
そんな会話を聞きながら、ちょっと羨ましそうな顔をしていたリーンは、声を掛けられたことに反応してきちんと挨拶をした。最近は昔のような挨拶からちゃんと成長し、様になってきている。
「立ったままというのも何ですから、そろそろお部屋でお話しましょうか」
ただ、ちょっと大きめの荷物を抱えているので、立ち話がそろそろ辛くなってきた。互いの紹介は部屋に行って、お茶でも飲みながらすればいいだろう。
◇
「……へぇ、あんたが貴族の家庭教師かぁ。何か凄いしっくりくるかも」
「最近は私が学ばされることの方が多いけどね」
久しぶりの再会ということもあって、モニカとアズサの会話は弾んでいる。その傍らで俺の服の試着が進んでおり、まず"一着目"を着終えたところだった。
「……あの、これはなんですか?」
俺が着せられたのは、フリルが沢山ついたエプロンドレス。ドレスは薄水色のスカートが膨らんだ形をしていて、その下にも何重にもフリルが重なっている。仕上げに兎のようなリボンを頭に結んで、完璧にメルヘンな世界の登場人物になっていた。
「何って、アーミラちゃんがくれたデザイン図を元に作った衣装だよ。ちょっと改造してるけど、めちゃ可愛くなったね!」
「スカートがっ、短いんですけどっ!」
まさか興が乗って勢いのままデザインした服を、俺が着る羽目になるとは思っても見なかった。
どうせならとスカートは膝上の丈にしたせいで、ちょっと油断するとパンツが見えてしまう。アズサめ、まさか縞パンまで作るとは……。確かに可愛らしいデザインかもしれないけど、これはかなり恥ずかしい。
「お姉ちゃん、超可愛い……」
「うん、これはこれでアリね。アーミラは何着ても似合うわ」
「うぅ……あんまり見ないでください……」
ああ、どうして俺がこんな辱めを受けなければならないのだろうか。
「さ、じゃあ次のお洋服行ってみよう!」
「やっぱりまだあるんですか」
箱の中に何着も服が入っていたことから察してはいたが、俺の公開羞恥ファッションショーはまだ続くらしい。
「次はこれね」
「拒否権は」
「えへ」
「……無いんですね」
そうして次に着せられたのは、真っ白いワンピースだった。麦わら帽子と合わせて、これから暑くなっていく季節にピッタリ……うん、ピッタリだね。本当はリーンの為にデザインしたものだが、俺が着てもよく似合っているのが逆に腹立たしい。
「うんうん、これまた儚げで良いじゃん。ちょっとクルって一周回って見て?」
「……こうですか?」
「「「「おお……!」」」」
その場で一回転すると、ふわりとスカートが揺れて何故か見ていた女性陣から歓声が上がった。完全に俺の事を着せ替え人形か何かだと思ってるな、これ。
「もうやだ……」
「そんなこと言わずに、他にも可愛い衣装いっぱい作って来たんだよ? ほら、これとか」
「それ熊の着ぐるみじゃないですか! 絶対着ませんよ!?」
「備考にパジャマって書いてあったから、通気性とか寝心地も考えて作ったんだけどなぁ……勿体ない……」
動物の着ぐるみパジャマも、リーンが着たら可愛いかなと思って描いた代物だ。俺が着ると、多分あざとすぎる。これは当初の予定通りの人物に着てもらうことにしよう。
「うーん、じゃあそろそろメイン行っときますか」
「最初からそれで良かったんですけど」
アズサは残念そうにパジャマを仕舞うと、最後に箱の奥から紙で包装された服を取り出した。
「じゃーん、これがアーミラちゃんに頼まれて作った渾身の一作です!」
そう言ってお披露目されたのは、概ね俺の要望通りのデザインの服一式。
上は詰め襟で始まり、胸元をゆったりとさせ、胸下からはコルセットとスカートが一体化したものになっている。その下にインナーとして短めのパンツがあり、ブーツはニーハイとローの二種類が用意されていた。
「書いてあった要望は大体全部実装して、デザインはこっちで若干変えさせて貰ったよ。あのままじゃちょっと地味だったし、色味も銀髪と合うようにしてみたから」
「先程までの流れで少し心配でしたが、流石と言うべき仕事ぶりですね。有難うございます」
これなら成長してからも着れるデザインで、そして何より機能美が素晴らしい。身体の動きを最大限阻害しないように作られており、体術も問題なく扱える。
若干ロリコンの気はあるが、やはりアズサは有能だった。




