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58.お弁当

 王都から転移を実行し、移動した先はアルベルト子爵家の屋敷。呼び鈴を鳴らすと、すぐに使用人がやって来て中へと案内される。アルベルト邸には頻繁に訪れているため、遊びに来る友達としての対応が完璧なのだ。


「アイザック様、アーミラ様が遊びに来られましたよ」


 アイザックの部屋の前で使用人がノックをして声を掛ければ、少し間が空いてから「どうぞ」と返事が来る。扉を開けると部屋の中は酷い有様で、様々な文献や資料が乱雑に積み上げられ、足の踏み場もない。


「相変わらずですね、アイザック」


「あ、アーミラさん来てたんだ」


「来てたんだ、じゃないですよ。事前にお伺いすると連絡した筈ですが?」


 そんな本の山の間から顔を出したアイザックに向けて、俺は思わず小言を口にした。会った時からそうだが、彼は一つの事に没頭すると他の事が見えなくなるきらいがある。


 はじめは俺がこうして転移で訪れる事に驚いていたのも、今では全く動揺しない。これで許可を出されてから五回目の訪問なので、当然と言えば当然だが。


「ほら、カーテン開けますよ」


 来る度に増える本の山と、寝癖も直さず机に齧りつくのだけはどうにかして欲しい気持ちはある。幼少期からこの調子では、将来どんな大人になるか不安なのだ。加えてアルベルト家のメイド達にも相談を受けており、生活習慣の矯正を任せられていた。


 まあ、一番の問題は父親が放任主義で、これが許される環境にあることだ。


「それに、また朝食を抜きましたね?」


「あ、いや……朝はお腹空かないからさ、後でいいやって思ったら食べ損ねて……」


 俺は応接用の机に置かれた朝食を一瞥し、アイザックを睨む。メイドに運ばせたであろうそれは、すっかりと冷めきっていた。折角作った料理


「以前も言いましたが、朝食を食べなければ脳は働きません。その状態で幾ら勉強に打ち込んでも、能率は悪くなる一方です」


「わ、分かってるよ……」


 俺もしつこく言いたくは無いが、育ち盛りの子供が食事を抜くのは頂けない。特にアイザックは同年代と比べても細いし、栄養不足で背が伸びないような――男としては悲しい思いをさせたくないのだ。


「どうせそんなことだろうと思って、お弁当を作ってきましたので食べてください」


「えっ? きみが……?」


 アイザックは信じられないと言った顔をするが、俺は元一人暮らしの社会人。食費の為に自炊は当たり前で、一時期は有名な私立幼稚園に通うのに実家が遠いからと、うちに居候していたの甥っ子の為にお弁当も作っていた。


「す、凄い凝ってるね……これ、熊でしょ?」


「パンケーキアートという奴です」


 お弁当の蓋を開けて最初に出てくるのは、熊の形に焼いたパンケーキ。焦げ目で可愛らしいデフォルメのを表現している。本当は海苔のキャラ弁にしたかったのだが、この辺りは米も海藻も食べる文化が無いのでパンケーキアートで妥協した。


 他にはビタミンを摂るために新鮮な果物と、挽き肉を丸く捏ねて焼いたミートボール、砂糖入りの卵焼きなどが入っており、彩りのバランスもいい。


「味の方はどうですか?」


「うわ……本当に美味しい、味付けが良いのかな? 僕、あんまり食べない方だけど、これなら幾らでもいけそうだよ」


「それは良かったです、沢山あるのでお腹一杯食べてくださいね」


 一口食べた直後から、ひたすら一心不乱にお弁当の中身を口へと運ぶこと数十分。アイザックが食べなかった朝食をつまんでいると、漸く食べ終えたのか一緒に渡したココアを飲み干す音が聞こえた。


「いや、美味しかったなぁ……毎日食べたいくらいだった。ありがとう、アーミラさん」


「お粗末さまでした。レシピは料理長に渡しておくので、食べたい時はそちらに言ってください」


 さて、栄養補給も終えたところで、肝心の本題に入ろう。


「その後、研究の方はどうですか?」


「バッチリ、試作機が完成したよ。今持ってくるからちょっと待ってね」


 アイザックはそう言って、部屋の奥へと歩いていった。奥は奥でガラクタの山が積み上がっているが、あれは全部マギアテックの開発の際に作った失敗作だろう。


「あった! これだよこれ、マギアケトル!」


「ほう、それが試作機。性能の説明を聞いても?」


 しかして戻ってきた彼が抱えていたのは、どう見ても電気ポットにしか見えない何か。


「このマギアケトル――正式名称マギアケトルくん三号は、火と水属性の混合魔術によって瞬間的にお湯を沸かせる道具さ。気温に左右されないから寒い冬でもすぐに沸くし、火を炊く必要もないから火事の心配もないんだ」


 そう自慢気に説明をするアイザックを見て、俺は小さく拍手をした。


「用途や性能については置いておくとして、やっと自力で一からマギアテックの開発に成功しましたね。おめでとうございます」


「そんな、自力だなんてとても言えないよ。アーミラさんと、リフカ様からマギアテックの知識を貰ったから出来たんだ。僕はただ、教えられた通りやっただけだと……思う」

 

「なんでそこで謙遜するんですか、これを成し遂げたのは間違い無くあなたの力です」


 確かに古代魔法の知識や、マギアテックの理論について師匠や俺がアドバイスした部分はある。だが、それをしっかりと自分の物にして、マギアケトルくん三号を開発したのはアイザックの力だ。


「ただ、まだ試作機だから燃費が凄い悪いんだよね……」


「どれくらい消費するんですか?」


「えっと、大体ティーポット一杯分で中型クラスの魔物の魔石丸々一つ……」


「それはちょっと……随分と高級なお湯になってしまいますね」


 魔物はサイズや強さによって体内の魔石も質を変えるが、中型のものとなると市場末端価格にして凡そ金貨五枚。日本円で例えれば、三十万円程の価値がある。つまりお茶を一回飲むのに、三十万円だ。


「改良、しますか」


「そうだね、改良しよう」


 流石にこれでは実用化は不可能、もっと燃費を良くして低コストに抑える必要がある。目処としては、小銅貨一枚――スライムなどの魔物の魔石で十回は繰り返し使えれば十分か。


「しかし何故一番はじめに作ったのがケトルなんでしょう? あなたは魔物と戦う術を手に入れると言ってた筈ですけど」


「侍女がこの季節はお湯が沸かしにくいってぼやいてたから、つい……」


「アイザックってそういうところありますよね」


 別に彼の行動を否定するわけでは無い。身近な人の困っている事を解決しようとして、新しい物が生まれるのは世の常だ。しかし、この調子だと次は電子レンジや冷蔵庫でも作ってしまいそうなのが、どうにも面白いと思っただけである。


 そうなったらそうなったで、有り難く発明品は使わせてもらおう。冷蔵庫は特に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 水の魔術なら、水を対象に圧縮と振動をかけることで 火の魔術なら、直接熱を生み出してあたえることで 水をお湯に変えることは、それぞれ単独の属性で可能な気はする。 ただ、一足飛びに、マギアテック…
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