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55.コーエン一味の受難

 コーエンは焦っていた。


 アドルナード開拓村に潜入した目的である、アーミラの側付き――ザーシャの殺害が思うように行っていない事に。


 アーミラ自体が相当な手練れであることは元より知っていたが、以前と比べても格段にその地力が上がっており、二人でいる所を狙うのはまず不可能。


 そしてザーシャが一人でいる時間は少なく、また開拓村自体にいないことも多い。単独であっても大人の手を煩わせる力の持ち主ゆえに、チャンスは非常に限られている。


 数日前も一週間程留守にし、その間黙々と偽装した身分である大工らしく建築作業を進める他なかった。 


「いやあ、だいぶ出来て来ましたね、兄貴!」


「この分だと来週までには残りの家も建つんじゃあねえか?」


「そうだな。皆仕事が早いし、そろそろ家の方は一段落着きそうだ」


 問題は他にもある、現状の生活のことだ。


「しっかし兄貴も意外だよなぁ、大工仕事なんていつ覚えたんだよ」


「ガキの頃、職人の見習いでやってたんだよ。まあクビになっちまったけど、基本的なことは全部出来る」


「そういや、時々壁内に行ってたっけか。道理で」


 元々手先の器用だったガムは、建築においてもその才能を遺憾なく発揮している。ビリーは体格の良さを活かし、力仕事で皆から頼られる存在となった。ダズは周りをよく見ており、手の空いたそばからあちこちの現場に駆けつける小回りの良さがある。


 皆それぞれが、同じくらい開拓村に馴染んでいた――否、あまりにも馴染みすぎていた。


「よっしゃ、午前中にこの作業だけは終わらせちまうか!」


「おう!」


 暗殺という仕事において、環境に馴染むというのは必要なことだが、今回の場合はわけが違う。全員が本来の目的そっちのけで、真面目に働き過ぎていたのだ。


「……ところでお前ら、大事な事を忘れてないか?」


「え? なんかあったっけ?」


 いよいよ焦りが生じたコーエンが、やる気に満ち溢れた三人にそう尋ねるも、皆は首を傾げるのみ。


「……あ、そうだ! なんでこんな大事な事忘れてたんだ!?」


「ガム、お前だけは覚えててくれたか……!」

 

「畑の柵、今日中に設置しろってゲイルさんから指示来てたんだった! 兄貴、教えてくれて助かったぜ!」


「いやちげーよッ!!」


 コーエンの叫びと共に、ガムの脳天へと手刀が落ちた。


「俺たちは、あのザーシャとかいうガキを殺す為にここにいるんだろうがッ!」


「……ッ!」


「そう言えばそうだったな……」


「ここの生活が充実しすぎて、すっかり忘れてたぜ……」


 その言葉で漸く思い出したのか、全員の顔に衝撃が走る。


「でもよ兄貴、ぶっちゃけチャンス無くないか? あのアーミラとか言うガキも益々強くなってるし……」

 

「そう、問題はそこだ」


 以前は不意打ちを仕掛けてやっと追い詰めた相手だが、今は恐らくそれでも勝てない。強者を嗅ぎ分ける事に秀でるコーエンにとって、最早アーミラは格上以外の何者でもなかった。


「だがな、今日はチャンスだ。どうやらあのガキだけが出かけてるらしい」


「つまり今はザーシャ一人ってことか」


「この千載一遇の好機を逃す手はねぇ。上手いこと誘い出して、囲んで叩くぞ」


「おぉ……流石兄貴、ナイス判断力!」


 かくして、コーエン一味はザーシャ暗殺を実行すべく動き出した。取り敢えず午前中の仕事はきっちりやって、畑に柵を設置してから――だったが。







 領主代理であるアーミラが執務を行うテントの前で、無心のままに木剣を振るう少年が一人。


 型を崩さず、真っ直ぐと鋭く振り下ろされる剣と跳ねる汗。薄い肌着のみを纏った肌には薄っすらと蒸気を纏い、文字通り熱が入っている事がわかる。


「お、坊主。今日は一人か?」


「……あんたは、確かコーエンとか言う」


 そんな少年――ザーシャに声を掛けたのは、長身で体格の良い褐色の男。灰色の髪と目元の刀傷以外に特徴は無いが、ザーシャは彼が開拓村でも特に良く働く者たちの内の一人であることを知っていた。


「俺の名前覚えててくれたのか、嬉しいねぇ」


「そりゃまあ……偶々な」


 偶々アーミラが目を付けているのを見ていたから――とは言えず、濁して伝える。


 このコーエンという男とその仲間連中は経歴を偽装してここにいると、あの幼女らしからぬ幼女が呟いていたのだ。何を目的にそんな事をしたのか分からないが故に、迂闊なことは口に出来ない。


「俺に何の用だ、アイツならいねーぞ」


「ああいや、たまには一緒に昼飯でもどうかなと思ってさ」


「……あんたと?」


 露骨に訝しんだ表情を見せると、コーエンは少し動揺を顕にした。


「きょ、今日はいつもの面子がまだ仕事中でさ! ほら、一人で飯食うのも寂しいだろ? だから一緒に食ってくれる奴を探してたって訳だよ」


「そっか」


 普段は彼を含めた四人で行動しているのは知っている。なんでも前職からの仕事仲間らしく、一緒に開拓村へとやって来た――とザーシャは聞いていた。


(……折角だしちょっと探って見るか?)


 彼らがこの領地に害を成す存在かどうかは、ザーシャにとっても問題である。


 元々物心付いた頃にはスラムにいた少年にとって、安定した衣食住が手に入る環境は夢のようなものだった。偶々恵まれた環境に生まれて偉ぶる貴族は嫌いだが、アドルナードは実力でその地位を勝ち取っている。

 

 グランは尊敬しているし、アランも話せばいい奴だと分かった。アーミラは、色々と特別過ぎて未だに判断がつかないものの、概ね普通の貴族とは違う価値観を持っていることも知っている。


 とどのつまり、ザーシャは今の居場所が心地良かった。それをどこの馬の骨とも知らない人間に踏み荒らされることは許せないし、させるつもりもない。


「まあ、いいよ。俺も丁度休憩したいところだったし」


「お、話が分かるねぇ。あっちに弁当あるから、付いてこいよ」


 承諾の返事を返すと、ニヤリと笑ったコーエンを見上げて――少年は小さく鼻を鳴らした。アーミラがいなくとも、この場所で好き勝手はさせないぞ、と。

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