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54.洋服を作ろう

 一時間後、場所は変わってクレーデル邸から領都のトエル本店前にやってきた。ここが記念すべき第一号店であり、まだ新しい店舗の横に一つ古い建物が並んでいる。


「あちらは?」


「元々お店だった建物よ」


「恥ずかしい話だが、当時は全く金が無くてね。あんな小さな小屋からスタートしたのだよ」


「それを一代にしてここまで大きくしたとは……辣腕恐れ入ります」


「ハハハ! 偶然奇を衒ったものが当たっただけだよ!」


 どうやら本当の一号店もとい本社のようで、一応今も作業場として使っているらしい。何と言うか、苦労の歴史が見えるようで、改めてバイスの経営手腕に唸らされる。


 前世だとこういうサクセスストーリーは大体テレビ小説になる流れだが、此方でもそのうち伝記としてトエルの歴史が本になるかもしれないな。


「さ、早く中に入りましょ」


 ブリジットに手を引かれて店の中に入ると、様々なデザインのドレスや洋服が目に飛び込んでくる。


 その中でも一際目に付いたのは、ショーウィンドウのような硝子のケースに飾られた、美しい刺繍細工のされたファンタジーらしい衣装だった。


「これは……」


「糸の一本一本に魔力を込めて定着化させて作った魔法の服、うちの最高傑作だ。残念ながら非売品で、きみにも譲れない逸品だがね」


 服の周りに魔力を纏っていると思ったら、道理で。オドの定着をすること自体は簡単だが、ここまで丁寧な仕事はまあ珍しい。普通の布地であっても、あれなら刃も通さない筈だ。


「では、これと同じ細工を施すことは可能ですか?」


「これと同じ程度とは行かないが、魔化なら簡単に出来るぞ」


 成程、この技術は魔化というのか。染色のようなイメージで物質に魔力を浸透させる、服飾に用いられる魔法技術とは興味深い。エンチャントとは違って、永続的な効果が見込めるのは利点か。


「おや社長、来ていらしたのですね。ブリジット様がご快復してから、暫く家族水入らずで過ごすと言っていたと思うのですが」


「ああちょっと大事な客人を案内しにな、ブリジットを助けた立役者だ」


 俺が服を見て感動していると、社員らしき一人の女性が声を掛けてきた。黒髪をポニーテールに纏め、赤い縁のメガネを掛けた何処となくアジアンな雰囲気を感じる顔立ちだ。


「……えっ嘘、まだ全然子供じゃないですか!? てか顔ちっさ! 目でっか! 肌の透明感やっべぇ……最早お人形さんだろ。 いやもう可愛すぎるぅ……」


「あの……この方は?」


「紹介しよう、トエルの副社長のアズサだ。見ての通り変人だが、気にしないでくれ」


「いや、普通に気にしますけど?」


 アズサと呼ばれた女性は、かなりテンション高めに俺の周囲を這い回っている。と言うか目が怖い、何か危険を感じるぞ……。


「ハァ……ハァ……このレベルの逸材、素晴らしい……まさに十年、いや五十年に一人の美幼女! 社長、もしかして彼女に服を?」


「そのつもりだ、分かったら少しアーミラ嬢から離れろ。怖がっているぞ」


「最高じゃないっすか!! あたしゃこういう仕事を待ってたんですよ! 最近はずっと年増女のやべぇ腹回りを隠すようなドレスばっかで、ストレス溜まってたからなぁ……! いやぁ、久しぶりに気合入るぜ!」


「全然話聞いてないですね……」


「仕事は出来るんだがな……如何せんスイッチが入ると私にもどうにもならん」


 能力の高い人間って、なんでこうも変な人ばかりなのだろう。俺も心当たりのある人が多すぎて、一度そういう統計を取って見たい気持ちが湧き上がってきた。


「じゃ、アーミラちゃん、採寸するからあたしと一緒に行こっか。しっかり隅から隅まで測ってあげるからねぇ……グヘヘ……」


「明確な身の危険を感じるんですけど!?」


「最低限の倫理観は備えている筈だから、まあ勘弁してやってくれ」


 アズサはそう言って両手をワキワキさせながら、俺を奥の作業場へと連れて行こうとする。気持ち悪いのを我慢して、バイスの言葉を信じて付いていくが……本当に大丈夫かなぁ……?






 二時間後。



「はい、採寸終わり!」


「……終わった」


 先程の言葉の通り作業場にて、頭の先から足の指までサイズを綺麗に測り終えた。途中体を触る手付きが絶妙に厭らしかったが、一応なんにもされていない。身長は半年前と比べて結構伸びており、日本人の平均だと既に五歳の女の子くらいはある。


「アーミラちゃんは同い年の子と比べるとちょっと背が高いねぇ、それに筋肉の付き方も凄いよ。普段結構運動してる?」


「あ、はい。体術を少し」


「おぉ~、流石英雄の家系は違うねぇ」


 筋肉と言ってもこの歳だ、目に見えて分かるようなものは付いていない。一見するとただの幼女なのに、触っただけで分かるのは流石だ。単に変態なだけかもしれないけど。


「そうそう、うちは完全オーダーメイドだからお客さんの要望を聞いて作るんだけど、どんなのが良いとかある?」


 そう言われると思い、俺は予め用意して来たノートを鞄から取り出す。


 決して絵心がある訳では無いが、例の如く従姉のお陰で裁縫も一通りやってきた。図面を書く程度なら出来るので、作って欲しいデザインを決めて来たのだ。ちょっと筆が乗って、関係ないものも他のページに色々書いてしまったが。


「これ、一応こういうデザイン案を考えて来たんですけど」


「おっ、どれどれ見してみ……」


 俺が開いたページには貴族的な意匠をあしらいつつ、動きやすさを重視したデザインの服が描かれている。ボトムはスパッツとドロワーズの中間のような、激しい動きをしても問題ないようなパンツタイプにした。


「良いじゃん! ちょっと女の子の服にしては飾り気がなさ過ぎるけど、面白いデザインだよ」


「それは良かったです」


 俺としては結構精一杯女物の服になるよう頑張ったんだけど、その部分はやっぱり駄目だったか。嗜好はどうしても中身に引っ張られるからなぁ。


「でも、このデザインなら大人になっても着られるし、いいかもね。一張羅として作っちゃおうか」


「サイズとかは大丈夫なんですか?」


 一張羅にするにしても、俺はこれからどんどん成長する。それに合わせて毎年作り直していたら、結構大変だと思うが……。


「そう言えばまだ言ってなかったっけ。うちが作るのは魔法の服だから、着用者に合わせてサイズが変化するようも作れるんだよ」


「それは興味深いですね」


「元々、亜人や魔人なんかの混血に向けたファッションブランドでもあるしね。彼らってその……変身する人もいるでしょ? そういう時に普通の服だと破けるからさ」


 確かに、この世界には狼男など特定の環境下で変身する動物系の亜人や、翼や角などの出し入れを行う魔人など――骨格自体が変化する人々がいる。 


 フィクションでは服が破けてもそういう演出に終わるが、現実だと新しく買い直さなければならない。そういう人にとっては、トエルの服はとても有り難いものなのだろう。


「じゃ、他に質問が無いならこれで作るけど、オッケー?」


「はい、構いません」


 こうして俺の一張羅の製作が始まったが、一着作るのに相当時間を要するので、完成品を見れるのは最低でも半年が掛かるとか。


 まあ、待つ楽しみが出来たと思って来年までの頑張りの糧としよう。

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