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52.救済と、未来を変えるたった1つの理由

「クレーデル家より伝書です、アーミラ様」


 その言葉と共に届けられたのは、立派な封筒に入れられた一通の手紙だった。差出人は言った通りクレーデル家から、隅に領主のサインが刻まれている。


「あなたの古巣からお手紙ですって、懐かしいのでは?」


「そういう言い方は止めて頂きたいですな」


「わざとですよ」


「……このクソガキめが」


 ゼダの射殺すような視線を後頭部に受けつつ、手紙を開封すると中には便箋が数枚。それから貴石――印章の指輪が一つ入っていた。


「内容は――」


 手紙は貴族特有の若干婉曲的な表現が多く、要点だけ掻い摘んで言えば先日の件についての謝罪とお礼だ。ブリジットは後遺症も無く見る間に回復し、今では庭を走り回れるようになったと。


 そのことを手紙の差し出し人である領主は酷く喜び、また何の礼も出来ていない事を申し訳ないと言っている。ついては、改めて感謝の言葉と謝礼の品を受け取って欲しいと、二回目のお茶会の招待状が届いた。


 俺は手紙を眺めて、予定通りに事が進んだ事に思わず口角が緩んだ。


「別にお礼をされる程の事をしたとは思いませんけど、相手がそう言うなら仕方ないですよねぇ」


「成程、アーミラお嬢様は初めからクレーデル家に恩を売るつもりでおられましたか」


「うるさいですね、事の成り行きです」


 思いついたのはブリジットを見てからだが、初めからクレーデルとは縁を繋いでおくつもりだった。そして人というのは望外の恩を受けた相手が謙虚に出ると、もっと恩返しをしたくなる生き物である。


 つまり、これは結構な謝礼が期待できる。恩を売った相手として、今後は色々便宜も図ってもらえるだろう。


「では、ちょっと出かけますね。もし逃げたら分かりますし、しっかりぶち殺しますからね」


「重々承知しております。行ってらっしゃいませ」


 今回は俺一人でクレーデル領に――それも徒歩ではなく、転移で向かう。先日訪れた際、屋敷に向かう街道沿いに転移の目印となるトーテムを置いておいたので、そこへ飛ぶことが出来る。


 飛ぶ前にトーテムが発光する仕様になっており、道に物があったり人がいたりと都合の悪い場合は此方側に伝わる仕組みになっている。その辺りの説明もちゃんとランドルにしておいたので、人避けはしてあるだろうが、一応術式だけ起動して少し待ってから飛ぶことにしよう。


「……俺は行かねーぞ」


「誰も連れて行くとは言ってませんけど」


 また馬車で往復一週間掛けるのは御免なので、ザーシャはお留守番だ。本人も座ってるだけの長旅は嫌いなようだし、鍛錬に励んでおいてもらったほうが良い。彼は()()()()()()()()だからな。


「あ、じゃあ行ってきます」


 そうこう言っている内に数分が経ち、相手側からも特に反応が無いので転移を実行。一瞬で景色が切り替わり、最近見た覚えのある屋敷の街道沿いへと飛んだ。


「おお、本当に来ましたね」


 誰もいないと思っていた俺に声を掛けて来たのはランドルで、彼は近くの石に腰を下ろしていた。


「態々待っていたのですか」


「はい、手紙が届く頃合いでここにいろと旦那様に言われまして」


「それはご苦労なことです」


「全くですよ。あなたのお陰で私の仕事が減って、暇になったからこんな事をさせられてるんですから」


「いや知りませんよ……平和になって良かったじゃないですか」


「冗談です。これで本業の方も一段落着いたので、暫くは監視も兼ねてクレーデル家の秘書官として働くつもりですのでご心配なく」


 腹の見えない男だが、こういう部分は恐らく素だ。自分で面白いと思ってる辺りはなんとも言えないけど。


「さあ、旦那様方がお待ちですので行きましょうか」


 何事もなかったかのように屋敷へと案内を始め、俺は半目でそれに付いていく。


「そうそう、ところで一つ警告して置きたい事があるんですよ」


「なんですか? また面倒な話は嫌ですよ」


「実はですね、あなたを襲った人攫いの四人なのですが、つい半月前に脱獄したと先日仲間から連絡が来まして。現在も行方をくらましている様子なんです」


「聞かなかった事にしていいですか?」


「駄目です」


 駄目かぁ……いや、でも脱獄したからと言って俺が関わる話でも無いでしょう。知らないふりをしておいても良くないですかね?


「あなたをもう一度狙う可能性がありますから、どうぞお気を付けを。まあ、襲われたところで問題は無いと思いますが」


「それはそうですが……」


 実際本気を出した俺が相手なら、あの程度のチンピラ共は普通に倒せる。倒せるのだが、出来るのとやるのとはまた別の問題であって、一々そういうサブイベントにかまけてる暇はないのだ。


 と、


「アーーーミラーーーッ!!」


 この先の苦労に気を重くしていた所に、屋敷の入口からブリジットが俺の名前を呼びながら走ってきた。


「ブリジット、ちょっ……!?」


 そのまま速度を緩めずに抱きついて来た為、俺は後ろに転倒しながら受け止める羽目に。押し倒される形で見上げた先には、満面の笑みを浮かべた紅髪の少女の顔がある。


「来たわねアーミラ、会いたかったわ!」


「これはまた熱烈な歓迎……ありがとうございます……」


 俺が苦笑を浮かべると、ブリジットは素早く起き上がって手を差し出して来た。


「もうすっかり体調も良いようで何よりですね」


「今までが嘘みたいに力が有り余ってるわ! なんだって出来ちゃいそうよ」


 体調の良し悪しは今のタックルで大体分かったが、しかし……本来の彼女のフィジカルが強いこと。まあ、今までベッドに縛り付けられていた反動もあるだろうし、元気に走り回れるに越したことはないか。


「全部あなたのお陰よ、アーミラ!」


「友達ですから、助けたのは当然のことです」


「友達……! そっかぁ、友達だからね、私達、そうよね! 友達は助け合うべきよね!」


 ブリジットは友達という単語に反応して、ほっぺたを赤くしながら俺の手を握ってブンブンと振る。何だこの可愛い生き物は。


「――だが、友人という関係だからこそ、受けた恩はきっちりと返すのもまた道義」


「分かってるわよ、お父様」


 しかして漸くブリジットの父親が姿を現し、出迎えた。


「初めましてだね、アーミラ嬢。ブリジットの父でクレーデル領領主のバイスだ」


「御機嫌よう、バイス様。ブリジットの友人のアーミラ・アドルナードです」


 バイスは髪と同じ深い赤色のカイゼル髭を蓄えた体格の良い中年といった出で立ちで、少し顔に疲れはあるものの貴族特有の気品を併せ持っている。服飾ブランド『トエル』のCEOということもあり、着こなしも今風でかなりお洒落だ。


「早速歓迎しよう……と言いたい所だが、まずは――」


 厳格そうな父親だな、などと思っていた矢先のこと。バイスは俺に向かって徐に頭を下げた、それも深々と。


「此度の件、全てランドルから聞いた。とても言葉では言い表せないとは思っているが、どうか感謝の言葉を受け取って欲しい。本当に……本当にありがとう」


「あ、頭を上げてください! 貴族の当主ともあろう人間が、子供相手にそんな事したら駄目でしょう!」


 俺が慌ててそう言うと、漸く渋々と頭を上げてくれた。


「ずっと、私は先の見えない真っ暗な洞穴を歩いている気分だった。妻も同じ気持ちだったろう」


「私ではとても、そのお気持ちを分かるなどと軽々に言えません。どれだけ辛い思いをして来られたか、察するに余りありますが、あなた方のこれまでの努力は、彼女の笑顔を見れば分かりました。助けになれた事を幸せに思いますよ」


 確かに恩を売れるという下心があったのも事実だが、ブリジットを助けたいと思ったのもまた本音だ。これは純粋な善性と言うより、きっと――前世にいた妹を思い出したからかも知れない。


 俺より一つ下で、少し赤茶けた髪色とアーモンドのような色の瞳が特徴的だった。いつも俺の服の裾を掴んで離れず、引っ込み思案な性格の子だった憶えがある。


 将来はきっと美人に育つだろう事間違いなかったし、本当なら今頃はいい男を見つけて結婚くらいしていたかもしれない。()()()()()さえなければ。




――――お兄ちゃん、ごめんね。




「……ッ」


 一瞬、頭の中で幼い妹の声と、姿がフラッシュバックした。


 まだブリジットと同じくらいの背丈で、同じくらい痩せ細った少女が俺を見ている。その瞳には、仄昏い憎悪を湛えた少年の顔が映っていた。忘れもしない、五歳の時――目の前で妹が死んだ瞬間の記憶だ。


 ある夏の日、猛暑の家中で熱中症になり、そのまま死んでしまった。親の不注意で死んだといえばそれまでだが、俺にとっては唯一家族と呼べる人を殺されたも同然だった。


「どうしたのかな、アーミラ嬢?」


「……いえ、なんでもありません。魔法の副作用でしょうか、ちょっと耳鳴りがしただけです」


 訝しむバイスに俺は(かぶり)を振って問題ないことを告げる。


「では、立ち話もなんですし、そろそろ案内頂いても?」

 

「ああ、そうだな。中でお茶でも飲みながら話そうか」


 俺が未来を変える理由はたった一つ。


 もう二度とあのような悲劇を起こさない事、ブリジットもそういう身勝手な理由で助けた。言ってしまえば、全部自己満足だ。今こうして足掻いているのだって、救われないアーミラという少女が妹に重なったからに違いはない。


 しかし、俺は果たして上手くやれてるだろうか。推しを幸せにするには、もっと努力が必要だ。その為にもクレーデルの助力を得て、領地の発展に繋げなければな。

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