51.これは正気の沙汰ではない
互いに「ぶち殺すぞゴミが」と思っている地獄の相関関係のお話
――――反現王政派閥
国外の魔族問題と並行して、厄介な事案が浮き上がってきた。
今の王政は数百年前から続く王権神授によるもので、不遜にもその座を狙う勢力がいる。ランドルによれば、クレーデル家以外の親王派閥の貴族家にも魔の手が伸びているとか。闇ギルドと結託しているとか、キナ臭い様子だ。
君主制である以上、統治者の変遷は避けられない未来かもしれないが、よりによってこの時期なのは頂けない。
いやもうマジでふざけんなよ、こちとら内通者探しだけでも手一杯なんだぞ。
「全く……面倒事がまた増えた……」
俺は執務机に――――背が低いので木箱を何段か重ねたものに座って――――向き合いながら、クレーデル家で起きた事について考えていた。
クレーデルは親王派閥であり、地神の巫女としての血統を持つが故に狙われた。巫女としての力と、カリスマを持つ可能性のある人物が王の側にいるのは都合が悪かったのだろう。
聞けば嘗てクレーデル家は縫製より農耕に秀でた家系であり、広大な農地を持っていたらしい。それが三代ほど前に家系の女性だけが早死し始めた辺りで衰退し、今の領主とその父が縫製業へと転換を図ったお陰で持ち直したとか。
巫女の資質は女性のみが持ち得る為か、男は一切狙われなかったようだ。
犯行自体は内側から誰にも見つかる事無く、単なる病死として始末する事を基本としていた。ゼダにしても、大体五年で殺す予定だったと言っている。ブリジットの気力が普通より高かった為、もっと掛かる可能性も危惧していたらしいが。
「その辺り――呪いの具体的な仕組みについても知りたいんですけど、教えてくれます?」
「簡単なことで御座いますよ。毒性を持つ植物へ強い魔力を浴びせると呪花へと変化し、その蜜を用い術式を刻むことで堆積する呪いが出来上がるのです」
俺が背後に控える老執事の返答に頷くと、部屋の隅で胡座を掻いて剣の手入れをしていたザーシャが溜息を吐いた。
「ところで、何故私がこのような立場にいるのかそろそろ説明を頂いても宜しいでしょうか?」
以前と変わらない執事服に、モノクルを掛けた背筋の良い男――ゼダは顔色を変えずにそう尋ねて来た。
「放逐も出来ないですし、あのまま屋敷で働くのも確実に不可能。だったら私が貰っても構わないでしょう」
事後処理の殆どをランドルに任せて自領まで帰って来た俺は、お土産に新たな下僕を手に入れた。
何せ相手の親玉が親玉なので、普通の警察機関には任せられず、かといって殺すには情報を絞りきっていない。ゼダのような老獪な男相手では、隠し事をされても此方が気付かない場合もある。故に、こうして側に置いておくことにしたのだ。
念のため言っておくと、別に情けを掛けた訳ではなく、いつでも殺す準備は出来ている。
まあ、所謂リサイクルという奴で、まだ使えるゴミの再利用をしたに過ぎない。殺しても良心の呵責が無い人物なら、幾らでも使い潰せる。人格破綻者だけど有能だからな、何でも使う主義の俺としては勿体ない精神が働いてしまった。
ゼダもゼダで俺の事を殺す機会を狙っているし、隙あらば本来の主と連絡を取る可能性もあるだろう。そうなったら相手が誰か分かり、こちらにメリットがあるので泳がせる意味合いも兼ねている。
つまり長いスパンで情報を得つつ、生殺与奪の権利を盾にゼダには文字通り死ぬまで働いてもらう。俺以外に対する害意を抱いた場合と、俺の許可なしに一定の距離離れると死ぬ呪いも掛けたので安心だ。
「真面目に働けば、暫く命だけは勘弁してあげますから。精々頑張ってくださいね」
「……この悪魔め」
「何か言いました?」
「いえ、何でも御座いません、アーミラお嬢様。そろそろお茶にしましょうか」
一分の乱れもない綺麗な所作で淹れられた紅茶が差し出され、俺は一口含んで口内で転がす。うん、分かってたけどやっぱり毒入りだね。
この前の事で学んだ俺は、少しずつ毒や呪いに対する耐性を付ける事にした。よってこれも死なない程度に受けた後にレジストし、徐々に免疫を付けて行く。
「ちょっと温いですね。私はもう少し熱いお茶が好きなので、次回からはそうするように。それから毒を使うなら、即効性の物を使わないと殺せませんよ」
「勉強になりました、以後気をつける事とします」
「お前、本当にアホなのか……?」
ザーシャは信じられないと言った表情で此方を見ているが、俺だって自分を殺そうとした相手を執事として雇う事が普通ではない事くらい分かっている。分かった上で、絶対に殺されない自信があるからそうしているだけだ。
尚、後にこの件を聞いた師匠は大爆笑し、俺に脇腹を二回殴られて悶絶した。
「さて、一服し終えたら仕事しますよ。開拓地も大分らしくなって来た所ですし、ここが気合の入れ時です」
開拓村は俺がクレーデル領に出向いている間にも家が数軒建ちはじめ、農地の開墾も進んでいる。コーエンが良く集団を取り纏めているようで、目立った諍いや問題ごとも無い。至って順調な滑り出しと言えるだろう。
(……ただ)
俺は手元にある書類へ目を移し、思案気に小さく息を吐いた。開拓村へやって来る際に作った履歴書のようなものなのだが、どうにも調べてみたら書類と経歴が一致しない人物が幾らか出てきたのだ。
件のコーエン・グレイマン、それから彼の同僚である数人の男。
行政機関に問い合わせた所、コーエンという名前の職人は在籍した形跡がなかった。まあ、これだけなら単なる経歴詐称で済む。実際仕事はしてくれているので、現状で問題があるというわけではない。
ただ、彼が持参した紹介状の封蝋は確かにこの国の行政が使う紋章と一致していた。単なる贋作という訳ではなく、魔術的な効果が籠められた物だ。ただの経歴詐称に、ここまで用意出来るものなのかが疑問なのだ。
「……彼、ですかねぇ」
存外早く見つかった事を喜ぶべきか、はたまた分かり易いブラフを仕組まれたか。ともあれ警戒するに越したことはない。コーエンの素性については、一度しっかりと洗っておく必要があるだろう。
「ゼダ、コーエンという男を見張りなさい。何か怪しい動きがあれば報告を」
「御意」
しかしこういう難しい考え事は嫌いだ。頭を使うと疲れるし、甘いものが欲しくなる。今度息抜きに王都のスイーツ探索でもしようかな……。
感想で突っ込まれそうなので一応補足しておくと、アーミラは用が終わったらゼダをきっちり処分する予定です。