49.地神の巫女
呪いの効果は、大まかに分けると二種類ある。
一つは、ゼダがブリジットや俺に使ったような直接の体調不良を引き起こす毒のようなタイプのものだ。効果が目に見えて分かりやすく、致死性も高い為に呪いを専門とする術者は大抵こちらを扱う。
もう一つ、肉体に直接害を成さないものの、文字通り呪いとして対象者に不運を招いたり、一生カナヅチになる――など、特定の事柄に対して働く厄のようなタイプのものもある。こちらは特に人ではなく、竜や悪魔などの人外が好む傾向にある。
因みに人が毒を、人ならざるものが災厄を好むのは、死に対する認識が違うからとされている。人間は毒で死ぬが、人外は死なないので当たり前と言えばそうだろう。
この何方にも共通して言えるのは、通常の属性魔法とは違うものの、あくまで魔法という枠組みの中にあるということだ。
空間属性のように適性は必要としないが、その代わりに高度な知識と技術が無ければ扱えない。特殊な技術である魔術の中でも、特に専門性の高い分野だろう。しかも大抵の国において禁忌とされ、学ぶ環境は非常に限られている。
「――――そう、あなたがどこで呪いを学んだのかも聞いておきたいですね」
ゼダの体勢は若干改善され、今は椅子に座って後ろ手で縛られている状態にあった。傷が痛むのか、苦しげな表情でこちら睨みつけている。
因みに気絶したカナはベッドへ寝かせ、メイドにはランドルを呼びに行かせている。
「爺……」
今は最早使用人ではなく暗殺者と判明した元執事を見て、ブリジットの顔に悲しい色彩が浮かぶ。ゼダは彼女の母がこの地に嫁いで来た時から仕えていた為、ショックも大きいのだろう。
「あなたは一体いつから私たちを裏切っていたの……?」
「裏切る? お嬢様、おかしな事を言いなさるな。私は元より、このクレーデル家に忠誠心を持ったことなど一度たりともありはしなかった」
「それじゃあ……」
「初めから暗殺者として、この家に潜り込んだ人間ということですか」
予想はしていたが、この歳までとなると中々に気の長い話だ。
「何を目的としてブリジット様に呪いを掛けていたのか、聞かせて貰いましょう」
「……」
俺がそう尋ねても、ゼダは口を一文字に引き結んで黙したまま。雇い主、あるいは主君と何らかの契約があるのか、それとも忠誠心か。
「喋らないでもいいですけど、そうしたらあなたはずっとこの状態ですよ? 私は一向に構いませんけど」
「……どういうことだ」
お、反応を示した。
「もしかして、まだ憲兵にでも引き渡されるとお思いでしたか?」
再度内容を変えての俺の問いに、眼前の老人はそうではないのかと言わんばかりの表情を浮かべる。
「あなたの背後にいる人物の事を考えれば、そんな事できるわけないじゃないですか」
「貴様、まさか――」
呪いは魔法の中でも特に秘匿されてきた分野だ。一介の術師の、それも平民なんぞが知り得る知識ではない。学べるとすればそれは貴族階級か、その更に上――つまりゼダの背後には恐らくこの国のいずれかの貴族がいる。
そうでなかった場合も兼ねて、ちょっと匂わせて見たら見事に引っかかってくれた。
「まあ、十中八九切り捨てられるとは言え、万が一免罪にでもされたら困りますからね」
「なあ、今のってどういうことなんだ?」
「身内の犯行って意味ですよ、この国の運営の大部分が腐ってる証拠です」
我が家はクリーンに、国のためにならないことはやらない主義なのにな。
「というわけで、あなたは情報を全て話すまで私の管理下に置きます。絶対に殺しませんし、死のうとしても止めますから」
「……成程、だがそれではブリジットお嬢様の呪いは解けないぞ。貴様が言ったのだろう、術者を殺せば解呪出来ると」
確かにそんなことも言った気はするが、実はそれだけとも言っていない。
「別に術者を殺さずとも、解呪することは可能ですよ」
俺はそう言ってブリジットの元へ行き、彼女の前に向き合った。
「少し密着しますけど、宜しいですか?」
「え、えと……何か良く分からないけど、大丈夫よ!」
「では、失礼します」
徐に彼女の肩を抱き寄せ、正面からハグをする。密着すると分かるが、あの元気な様子からは想像出来ない程に華奢だ。俺の柔らかぷにぷに幼女ボディとは違う。
「はわ……」
今から彼女の身体と俺の身体を繋いで、体内の呪いの原因を空間魔法で取り除く。殆ど血肉レベルで身体に浸透しているが、時間さえ掛ければ確実に呪いは解ける。
「痛かったら言ってくださいね」
「ううん、痛くない……けど、なんか寧ろ気持ちいいかも……」
可哀想に、緊張しているのか顔が赤い。
「今、身体の害になるものをゆっくり取り除いています。いい子ですから、もう少しだけ我慢してください」
「ん……」
優しく頭を撫でてあげ、背中をトントンと叩くと心做しか身体の強張りが弱まった。懐かしいな、俺も昔妹の体調が悪くなると、こうやって介抱してあげたっけか。
「いい子、いい子」
そうして呪いを解く最中にも、俺は術式の解析を行った。
基本的な効果は堆積した呪いの触媒に応じて対象の生命力を奪い取るものだが、それに伴って持続する鈍痛や手足の痺れなど――病気のような症状も併発する。
正直に言って、大人でも痛みに泣き出してもおかしくない程だ。気力が失せれば、もっと早くに死んでいた可能性だってあった。
「今までよく頑張って耐えてきましたね、もう大丈夫ですよ」
「う……ん、私……頑張った、わ……」
最後の触媒を取り除くと、呪いが解けた副作用かブリジットは眠ってしまった。これでもう心配は無いので、自然に目が覚めるのを待てばいい。
後はこの面倒な尋問をとっとと終わらせるに限る。
「さあこれであなたが苦労して掛けた呪いも解けました、どうしますか? もし素直に話せば、放逐は不可能ですが生存の権利くらいは認めてあげますよ」
「幼子の癖に小賢しい真似を……」
ゼダはそう言って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、それでいつまでも躱せると思ったら大間違いだ。
「あ、因みにですが、もしどうしても喋りたくないと言うのなら、私の師匠にあなたの魂から直接記憶を読み取って貰います」
「貴様の師……賢者か。しかし、そのような魔法聞いたことも無い、如何に賢者と言えど存在しない魔法を使えはしないだろう、ハッタリだ」
「あなたがそう思うのは自由です――が、師曰く記憶を外部から抜き取る時は、魂から無理やり引き剥がすので、想像を絶する苦痛を伴うとか。いっそ死んだほうがマシな程、それが死なずに延々と続きます」
「……」
「今、素直に話せば優しい私は何もしません。どうです? スッキリしちゃいましょうよ」
俺が顔を寄せて薄く微笑むと、ゼダの眉間に皺が寄り――その後数拍して溜息を吐いた。
「分かった、話そう」
「良い判断です」
「……貴様は幼女の皮を被った悪魔だな、もしくは怪物か。いずれにせよ碌なものじゃない」
「お好きにお呼びください」
思ったより早めに折れてくれて助かる。ダラダラやっても時間の無駄だし、これ以上頑なだった場合は一度気絶させて領まで連れて帰るところだった。
「それで? 何故ブリジットに呪いを掛けたのか、教えてください」
「彼女が特別だからだ」
「……?」
特別と言うが、俺の知識ではマギブレにクレーデル家に纏わるイベントなど一切無い。彼女は名前すら登場していないし、そもそもこの国の貴族の殆どが本編が始まった時点で死んでいる。
「アザリア・ヴィ・フラン・クレーベルの名に憶えは?」
「恐らく、無いかと」
……いや待て、クレーベル? その名前、どこかで聞き覚えがあるような気もするが、一体どこで聞いたんだっけか……。確か、マギアシリーズの中の筈だ。そう、マギブレと世界観が同じシリーズのどれかで――
「――地神の巫女」
「博識だな、その通りだ」
思い出した。
アザリア・ヴィ・クレーベルは、マギブレの過去世界線であるファンタジー・マギア・ホープに登場するとある氏族の長だ。地神の遣い――所謂巫女とされ、ある地域において圧倒的な権力と存在感を示す西洋の卑弥呼とでも言うべきキャラクターだった。
「しかしクレーデルとクレーベル……まさか、偶然では?」
「偶然ではない。クレーデルは、南方大陸のサン訛りが混じった発音ではクレーヴェルと発音する。ここまで言えば分かるな?」
当時プレイしていた俺がクレーデル一族を見たのは、ここより海を隔てた先にある別大陸。エンディングの分岐によって多少変化はあるが、基本的に主人公の国と友好的な関係を持って終わりを迎える。
そんな末裔が海を渡って来た描写など、一ミリも描かれていない。つまりプレイヤーの知らない空白の歴史の中で、クレーデルはひっそりとこの国へとやってきて、そして滅んだのだ。
(いや、知らんが!)
そういう裏話的なのは、例え登場の機会がなくともちゃんと設定資料集に書くか、それっぽいアイテム配置しとけよな制作陣……。
「地神の巫女は絶大な力を持つ、故にあなた……もしくはあなた方はそれを危惧した、と」
「クレーデル家で生まれた女性が代々短命なのも同じ理由だ。しかし、妊娠した場合はどちらを産むかわからない」
「ブリジットの母が一時的に体調を崩したのは、そのせいですね」
頷くゼダを前に、俺は怒りで眦の筋肉が痙攣するのが分かった。妊婦にお腹の中の赤子ごと呪いを掛けるとか、正気の沙汰ではない。どうしよう、やっぱり一発くらい殴っとくか?




