46.本題は
一対一のお茶会は、ブリジットの質問攻めから始まった。
俺が剣聖の孫だという話や、賢者の弟子になったのは本当か?――などの噂。魔術はどういうものか、どんなものを使えるのかも聞かれた。まだ年端もいかない子供の好奇心からくる質問は微笑ましく、先程までの不穏さを忘れさせかけた。
だが、俺がこの屋敷に呼ばれたのは、単にブリジットとお茶をする為だけではない。少なくともゼダは、それ以外の目的もあって彼女と対面させている。
「こちら、どうぞお召し上がりになってください」
「ありがとうございます」
会話の合間にゼダから差し出された皿には、綺麗なきつね色をしたクッキーが乗っていた。俺はどれを取るか迷う素振りを見せ、数拍の逡巡を経てからそれを一つ手に取る。
「あっ」
その際、つい手が滑って皿を叩く形になってしまい、残ったクッキーが地面に落ちてしまった。
「大丈夫かしら」
「す、すみません。わざとではないんです……」
「謝る必要は御座いません、直ぐに新しいものをご用意致します」
そう言ってゼダが控えていた使用人に指示を出すと、厨房へと走っていく。俺はその隙に落ちているクッキーを一つ懐へと忍ばせた。
「ねえねえそれより、今王都ではなにが流行ってるのかしら?」
ブリジットは幼心なりに気を利かせたのか、王都の流行についての話題に切り替えた。
「えっと、そうですね……自慢では無いんですが、うちの商品であるリバーシが貴族平民問わず人気です」
「へぇ、やっぱりリバーシって流行ってるのね」
「欲しいのなら、実家から一つ送って差し上げますけど」
「本当!? あ、だけど……貰っても遊べないかも知れないわ……。あれって、一緒に遊ぶ相手が必要なのよね?」
「はい、ルールも簡単なので、両親や兄妹とでも遊んで頂ければと思うのですが」
先程まで目を輝かせていたブリジットは、途端に暗い顔をして俯いてしまう。
「パパもママも王都のお店で働いてるし、ゲイル兄様はあなたの所でお仕事でしょ? このお屋敷には使用人しかいないのよ」
「それは……何も知らず勝手に言って申し訳ありません」
「ううん、でもね別に寂しくは無いわ。パパの代わりに来たランドルさんも、カナおばさんも優しいから」
「えっと……」
「代官の役人と、乳母で御座います」
俺が助け舟を求めてゼダ氏に視線を送ると、彼はその意を汲み取って答えてくれた。成程、領地の運営を雇った役人に任せて、領主はあくまで会社の為に働いているというわけらしい。
「でも、ランドルさんは忙しそうだし、カナおばさんも最近はあんまり会いに来てくれないわ。だから話す相手も全然いなくて、退屈してたのよ」
「私をお茶会に招待したのは、そういう理由からですか?」
「勿論! 爺が普通のお茶会だと駄目って言うから、二人っきりになっちゃったけど」
「私はブリジット様とお話出来て、とても楽しいですよ」
「私もよ! 兄様からあなたのことを聞いてから、ずっと会ってみたいと思ってたの!」
そういうことなら是非もない。彼女を見ていると昔、家にずっといない親の代わりに遊んであげていた妹を思い出す。この歳で一人残されてさぞ寂しいだろうに、両親に文句の一つも言わない彼女の為に幾らでも話相手になってあげよう。
と、そんな時、部屋の扉がノックされた。
「お二人共、少しお邪魔しますね」
「あ、ランドルさん!」
先程の使用人かと思ったが、現れたのは暗いブロンドヘアーを後ろへと撫で付けた長身細身の男。この領地の運営を任されている、ランドルという男だった。
「はじめまして、御機嫌よう。アーミラ・アドルナードです」
「これは丁寧にどうも、ランドル・ブラウンと申します。本日はブリジット様の招待に応えていただき、誠にありがとうございました」
「丁度あなたの噂を聞いていた所でしたよ、どうも腕の良い文官だとか」
「いやはや恐縮です。浅学非才の身ながらなんとかやっておりますので、報われる思いですよ。アーミラ様こそ噂に聞いております、賢者が王都を去って何処へ行ったかは何かと貴族たちの注目でしたので」
ランドルは貼り付けたような笑みを浮かべ、俺の世辞に謙遜混じりの言葉を返す。
貴族に代官を任される程の能力を持っているのにこの謙虚さは中々だ。例え子供が相手であろうと、腹の中を見せないという点において。もしくは、今のやりとりで普通の子供じゃないと感づかれたか。
「ふむ……いつもよりブリジット様のお顔色も良いようで、久しぶりに同年代の話し相手が出来たからでしょうか?」
「そうだと良いのですがね」
「ねえねえランドルさん、お仕事はもう終わり? それなら私たちと一緒にお茶をしましょ!」
彼に視線を向けられたブリジットは、顔を赤くして興奮気味になっている。この感じは師匠と話している時のリリアナそっくりなので、恐らくそういうことなのだろう。
うーん……中々マセていると言うか、女の子ってやっぱり精神的な成長が早いのかしら。
「すいませんブリジット様、休憩がてら少し様子を見に来ただけなのですよ」
「……そう」
まあ、うちの田舎とは違ってこの領地は住民も都市も大きい。少し前まで暇していたアランのように、サボってばかりというわけにはいかない筈だ。
「そうだ、アーミラ様にお屋敷の庭園を見せてあげるのはいかがでしょうか?」
「それはいい考えね!」
その提案にブリジットの表情に明るさが戻った。
「うちの庭園はね、凄いのよ! 見ればきっとアーミラも気に入るわ」
「お屋敷の中に入る前に少し見ましたが、益々楽しみですね」
無邪気にはしゃぐ姿を微笑ましく思いながら、俺は小さく頷く。だが、ふとその後ろを見ればゼダが何か言いたげにこちらへ視線を向けていた。
「爺、車椅子に乗るから手伝って頂戴!」
「畏まりました」
ブリジットを抱えて車椅子に座らせると、彼は徐に俺の耳元に顔を寄せる。
「……お嬢様がお部屋を出た後、少し待っていて頂けますかな。もう察しておられるようですが、お嬢様の体の件について改めてご説明致します」
そしてとうとう来たその言葉に、俺は視線で肯定と返した。
メイドの一人にブリジットを預け、部屋には彼を含めて俺とザーシャの三人だけが残る。扉を閉めて他に誰もいない事を確かめてから、ゼダは口を開いた。
「では、本日お招きした本当の理由についてお話しましょう」
「はい」
「まずお察しの通り、ブリジットお嬢様は生まれつき足が不自由で御座います。これまで何人も医者に診せましたが、結局今日に至るまでその原因は分かっておりません」
だろうな、と俺は内心で独り言ち。先程までいたブリジットの両足を思い出す。彼女は純粋にお茶会を楽しみたかったようなので黙っていたが、正直今回の話はとんだ厄ネタだ。
「そこで貴女様に、どうか原因の究明をお願いしたい。最早頼れる者は、賢者リフカの知見を得た貴女しかいないのです」
「それなら賢者本人に頼めば良かったのでは?」
「ゲイル様が仰っておりましたが、御本人様にも依頼した所、貴女様の名前を出されたと」
成程、既に一度師匠の方にも話が行っており、その上で俺に押し付けられたのか。全く……帰ったら文句を言うとして、実際彼女の足が動かない理由は判明している。だが、それ故に少し面倒な事態になった。
「彼女の足が動かないのは、呪いが原因です」
「呪い……?」
ゼダは一瞬動揺したように瞠目すると、すぐに目を細めて困惑の表情を浮かべた。
呪いとは主に肉体的、精神的に強い影響を与える術の系統で、根本的な部分は魔術と同じだが、呪術と呼ばれることもある。
俺の仙瞳はブリジットの足に、呪術によって他者の魔力が蠢いているのを認識していた。それも命の危険がある類の、確実に明確な意志を持って術者が掛けた呪いに蝕まれている。
「誰が掛けたのかは知りませんが、かなり悪質で厄介な魔術が彼女の命を蝕んでいます。このままでは、成人する前に死んでしまうでしょう」
「なんと……そんな……、どうにかならないのでしょうか!?」
そう必死に訴える老執事の姿を見て、俺は鷹揚とした態度で頷く。
「簡単です、術者を殺せば良いんですよ。この手の呪術は掛けている相手が死ねば効力を失います」
「もしや、既に殺せるという確信もお有りで?」
「それは分からないです。何せ術者が誰なのか判明していないので、自分から名乗り出てくれると楽なのですけどね」
俺の冗談めかした返答に反応しないくらいには、老執事の顔色が露骨に悪くなった。その直後、一瞬だけ別人かと思うような真顔に戻ると、思い出したかのように口を開く。
「一人、心当たりがおります。その者ならばあるいは、お嬢様に呪いを掛けられるやも知れません」
成程、そう来たか。確かにこの屋敷に魔術師の一人もいないのはおかしいからな。
しかし、自領以外の厄介事には余り関わりたくなったのだが……さて、どうしたものか。お茶とあのお菓子も口にしてしまった以上、ご馳走様って帰るわけにもいかないだろうしなぁ。
ここまで関わってしまったわけだし、最後まで付き合うしか無いみたいだ。