42.開拓村
アドルナード領の西端、開拓村として選んだ立地の条件は比較的優良だった。
近くに水源があり、魔獣が住処を作るような森林や丘陵が無い。草の背も低く、農地として拓くのも容易だ。
強いて問題点を挙げるなら――見通しの良い平原である為、攻め込まれた時に遮る物が何も無いというくらいか。ただ、それも背の高い柵で円状に村を覆う事で対策をする予定である。
構想を練ってから約半年の間に、凡そ二十の世帯の暮らせる家屋と集会場、領主……と言うか基本は名代である俺が仕事をする小さめの屋敷を作るための設計と区画の振り分けをした。当分はテント暮らしであり、家を建てるのにまた半年掛かると予想している。
何故俺がこんなに開拓事業に首を突っ込んでいるかと言うと、殆どアランに任せようとも思ったのが、そうも行かなくなってしまったのだ。
まず、俺の思いつきで出したリバーシが思った以上にヒットしてしまい、個人での生産が間に合わない事態になっている。それで実家のある街――首都に専用の工場を作る事になったのだが、『どうせなら』と、チェスや将棋なんかのアイデアも提供して、遊技盤のブランドを新たに立ち上げた。
社名は『ヴェニス』と言い、その代表取締役社長がアラン。商会とは違い、あくまでブランドなので会社という立ち位置を取っている。
案の定模造品が市場に出回り始めたこともあり、これはいい機会でもあった。工場で生産するうちの商品は無属性の刻印魔法を施している為、魔力を流すだけでヴェニスを騙った偽物との識別が可能である。
同時に販売対象を貴族やブランド志向の強い中所得層なんかを対象に切り替えた。どうやっても全ての模造品をなくすことは不可能だし、これが最善手であると信じている。
まあ、要はそういう事業に忙しく、アランが開拓村まで手を回している余裕が無い為、俺が名代としてやって来たというわけだ。話の上では監督がお飾りでも、実際に指揮を取る人間は別にいることになっているからな。要はそのポジションに貴族家の誰かがいることが大事なのだ。
それから理由はもう一つ……と言うか、寧ろこちらの方が本命である。
今まであまり触れて来なかったが、未来のアドルナード領が魔族の侵攻を許したのは密偵による手引きがあったから。つまり内部に敵側の協力者が紛れ込んでおり、気づかないまま魔族を領内に招き入れてしまっていた。
その時期は名言されておらず、未だに内通者の正体も明かされていない。ただ、今回のこの開拓村には、領内外から移民を募っており、このタイミングでやって来る可能性はある。
もし既に協力者が領内にいるとしても、移民という都合の良い立場を利用して魔族の仲間を呼び込むことも考えられるだろう。
故に、これは千載一遇の好機だ。
相手は絶対に何かしらの行動を起こしてくる筈だし、俺はそれを見逃すつもりはない。
名代として開拓村へ来たのも、殆どはお飾りだ。実務は本邸から来た使用人が行うし、俺はただ必要な時に決められた言葉を言うだけ。そんな環境だからこそ、今まで動かなかった相手でも、内にいようが外にいようが、必ずこの土地で暗躍を始めるだろう。
そこを子供の名代しかいないという油断を突き、内通者を炙りだす。既に目星を付けていた一名は白と判明しているので、後は数名――俺に付いて来た者と、移民として領外からやって来た者を徹底的に洗うのだ。
俺だってなんだかんだでこの土地に段々と愛着が湧いて来たし、今はリーンという守るべき大事な妹がいる。七年後を待つことなく決着をつけられるのならば、それに越したことはない。
「――――お嬢様、移民の方々が到着されました」
「はい、では行きましょうか」
まだ新しい材木の香りがする執務室……もとい簡易テントにて、連絡役として遣わせたジェーンの報告に思案を切り上げる。
尚、移民は何度かに分けてやって来る予定であり、これは第一陣――領民の親戚や友人などの伝手で集った人々だ。元々他領で農奴をしていた者や職業大工、後は縫製の出来る女性が何人か来る予定になっている。
護衛として控えるザーシャを連れて屋敷を出ると、遠くに馬車の一団が見えた。かなり多いと言うか、これで第一陣ということは今後の人口の増え方がちょっと予想以上になるかも知れない。
この世界で普通の開拓村と言えばもっと僻地にあり、厳しい環境で荒れ地に一から家を建てるような過酷な物らしいが、ここは例外。温暖な気候に豊富な食料と水源、外敵もいなければ行政による支援もあるという優良案件だ。
半年前時点で結構な志願者がおり、特に家を継げない農家の三男四男は多かった。やることは畑仕事と大工仕事なので、此方としても需要と供給が噛み合っている。男手は大いに越したことは無いからな。
「……ありゃすげー人だな、マジで村が出来んのか」
ザーシャは半年で少し背が伸び、長かった髪は短く刈ってさっぱりした。目付きは大分悪いが、やはり改めて見ても美形である。性格の方は少し丸くなったと言うか、誰彼構わず噛み付いていた元気の良さの、その殆どを鍛錬に注ぐようになった。
彼からはひたすらに強くなりたいという思いを感じられるが、その理由も目的も分からない。
ただ、最近剣を振っている時の顔がアランとグランに似てきた……と言うか、髪を切った頃からどうにも二人の面影があるように感じられて仕方がなかった。
実を言えば彼の正体は大方の察しが付いていて、今はその確証を得ている最中だ。俺が開拓村に来た用事の一つでもあり、何故そうなったかが全く分からないので知りたくもある。
他にも一つ、彼についてかなり突拍子のない推察もしたが、どう考えてもあり得ないので俺の中で完結させてしまった。ただ、それが本当に事実であったなら、俺が疑問に思っている全ての事柄に説明が着くのがなんとも言えない。
「お、来たみたいだな。仕事だぞ、お嬢サマ」
「……その呼び方なんか嫌ですね。普段は呼び捨てで良いですよ」
いつも呼ばれるときは『おい』とか『お前』とかなのも、最近はギリギリ敬いを感じられるラインまで改善されたのは良いことか。とは言え相変わらず金持ちや貴族は嫌いなようで、時々遊びに行くアイザックの家ではずっと不機嫌そうな顔をしている。
因みに彼が最も気を許している相手はサラで、時々二人して厨房の食べ物をつまみ食いして叱られている。同じ穴の狢と言うか、不良気質な二人は気が合うのだろう。
「アーミラ様! こちら移民総勢四十二名、しかと連れてきたっす!」
「ご苦労さまです、サラ。それで、代表者の方は誰でしょうか?」
そんなサラは各地から集った移民を一度王都に集め、身元の検めを行った上で問題の無い人材を連れて来る役割を担っていた。
以前に聞かされていた時は、大体六十人くらいいるという報告だった為、二十人程が選考に落ちたことになる。まあ、怪しい人間では無くとも、ゴロツキを連れてくるわけにもいくまい。
その点ここにいる四十二名は、一応身元の明るい人間だ。中には元々貴族の下で働いていた職人などもいる。
「コーエン・グレイマンです。一応全員と相談した結果、俺が代表ということになりましたが……平民故に貴族の礼儀には疎いので、そこは目を瞑って頂けると助かります」
例えば代表者であるコーエンと言う名の青年。
褐色の肌に癖のある黒髪を後ろに流した、何処か色気のある目元が特徴的な彼の履歴書には、高所の建造物の建築作業を行う――いわゆる鳶職であると書かれている。そしてこの国ではまだ三階建以上の建物は少なく、その殆ども国が建てたものだ。
まあ、つまりは行政の管轄下にあった職人であり、書類上は社会的に信用のおける立場だということである。
因みに移住理由は『危険な鳶職は家族を心配させる為、安全な職場へ転職したいと思っていた所にこの話を同僚に持ちかけられた』と言ったニュアンスだった。
「アーミラ・アドルナードです。一応領主の名代としてこの開拓村を任されています。貴族と平民という関係ではありますが、共に協力してこの地を盛り上げて行きましょう」
膝を着いたコーエンと握手を交わすと、まばらに拍手が起きる。
今後、コーエンには村のリーダーとしての役割と、簡易的な物しかない家屋の建造を任せるつもりだ。建築班の棟梁として、今暫くの間はしっかりと働いて貰おう。




