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40.日々の片隅で

 リーン・アドルナードは最近、姉の可愛さに気付いた。


 彼女がそれに気付いたのは屋敷の外に出た時と、それから王都に行った時だった。自分たち以外の子供を見て、そこではじめて姉が特別なのだと理解した。


「お姉ちゃん」


「ん?」

 

「好き」


「……私も大好きですよ、リーン」


 午後の昼寝の時間に甘えたようにそう囁くと、隣で寝ているアーミラが優しくリーンを抱きしめる。この柔らかい感触と、姉の纏う石鹸と甘い花のような香りが、リーンはなによりも好きだった。


 母に似た少し青い銀色の髪は細く柔らかく、密着してると少し擽ったいのも好きだ。まだ赤ん坊の時、失明してしまった右目はとても綺麗な真珠色をしてる。左目もまるで星の浮かぶ夜空のようで、この瞳に見つめられると何故か胸が高鳴る。


 アーミラは毎日忙しい生活を送っているが、たまにこうして妹と遊んだり、共に昼寝する時間も作る努力をしていた。リーンはそれが嬉しかった、自分のことを大事にしてくれる姉が好きだった。


 母の遺伝子か、姉妹は歳の割に頭が良い。リーンからすれば、比べる相手が時々街で一緒に遊ぶ子たちしかいないので、本当かはわかってはいないが。


 そんなリーンの苦手なものは、姉の側付きになったザーシャ。彼は姉のこと、と言うよりかは貴族ををよく思ってない。


 何かあるごとにすぐ張り合い、アーミラが体術を学びはじめたこともあって、最近は本気の殴り合いに発展することも珍しくはない。


 曰く、彼女は『子供にしては強すぎるザーシャと本気で喧嘩のできる相手は少ない』という理由で、癇癪に付き合っている。だから態々喧嘩の相手をして貰える彼が羨ましかった。


 姉はリーンが何をしようと優しく宥めるだけで、今までで一番怒られた時でさえ強く注意する程度だった。



 それからもう一人、気に入らない相手がいた。ジェーンだ。


 彼女は()()()()()で姉を見る。暇さえあれば姉の事を監視してるし、スキンシップも凄い。リーンからしても、あの女はどこか危険な雰囲気を漂わせていた。

 

「……おねえちゃん」


 目の前に、無防備な姉の寝顔がある。普段も寝付きはリーンより良く、特等席でこの寝顔を見られる事に幸せを感じる。


(可愛いなぁ、お姉ちゃん……)


 この可憐な姉には、絶対そのうち男たちが言い寄ってくるようになるだろう。基本的に姉は聡明だが、時々抜けた所がある。


(その時は私がお姉ちゃんを守らないと)


 リーンは静かに決意した。やがて成長し、美しくなる姉に近寄る男達から絶対に守る。そしてあわよくば、ずっとこの特等席に自分が居座り続けるのだと。







 ここ半年の間に出した課題と、提出されたレポートを前にモニカは大きな溜息を吐いた。内容に特に何か問題がある訳では無い、寧ろ良く出来すぎているくらいだ。


「……この姉妹、ちょっと優秀過ぎない?」


 一年間アーミラの家庭教師をした後、彼女の妹であるリーンの面倒を見ることになってから半年。知識的な部分の学習は姉よりかなり拙いが、それでも二歳の幼児にしては恐ろしい程の能力がある。


 逆に言えば他の部分については姉よりも才能があり、特に属性の適性は基本五属性全てを十全に扱える混色のマナの持ち主だった。これは希少属性の適性よりもさらに珍しく、十年に一度いれば多い方。かの賢者にもたった二人という圧倒的マイノリティである。


「私なんて五歳で、ちょっと下級の魔法を使えただけでちやほやされてたのに……」


 そもそも英才教育を施すにしても三歳から、まずはゆっくりとマナの巡りを活性化させ、体と心の成長に合わせて魔術と触れ合うのが普通だ。それをこの姉妹は一年と経たずに、膨大なマナ量と才能でそこらの魔術師を凌駕する領域まで到達してしまった。


 音に聞く魔術の本場――ファルメナに生まれた麒麟児と名高いラーセル大公家の息女。マギアテックの技術的解明を僅かに成し遂げたことで、一躍名を広めたアルベルト・アイザック。


 噂では遥か北方、大海を征する海帝ガロンゾの二世が神の力を宿して生まれたとも、大陸を超えた先でもかの竜帝の皇太子が勇者として宣託を受けたとも言われており、偶然とは思えない程の傑物の卵たちが同じ世代に集っている。


 賢者たちはリフカと魔術学院の学院長を除いて、いずれも黙したままだが――モニカは何となく、今が時代の節目であることを悟っていた。


「……これが黄金の世代って奴なのかなぁ」


 それと同時に自分が如何に凡庸で、そんな時代の流れの中心を遠巻きに眺めることしか出来ない人間かを実感して溜息を吐いた。


「先生? そんな暗い顔してどうしたの?」


「リーンちゃん、いたんだ」


「何回かノックしたよ?」


「ごめんね、ちょっと考え事してたから気付かなかった」


 心配するような声音にモニカが振り向くと、部屋の入口にリーンが立っていた。どうやら溜息を吐いていた所を見られていたらしく、労るような目が向けられている。


「もしかして、あんまりよく出来てなかった……!?」


「あ、いやいや、レポートはしっかり出来てたよ。だから気にしないで、ほんと……うん」


 そんな見当違いな心配をするリーンを諌め、モニカはまた小さな溜息を吐いた。寧ろこれ以上出来が良かったら、それこそ家庭教師の面目が立たなくなってしまう。


「でも悩みごと?」


「……ちょっとね」


「私でよければ、はなし聞くよ!」


「気遣ってくれてありがとう、でも大丈夫かな。多分自分で解決出来るから」


「そう? でもお姉ちゃん言ってたよ。『悩み事を自分の中だけで完結させようとするのは良くない』って」


「またあの子は耳年増と言うか……」


 リーンが妙に変な言葉を覚えるのは、確実にあの姉に影響されてのこと。本人も何処で学んだのか、やけに人生の教訓めいた台詞を言うことがある。


「そう言えば、アーミラさんは今いないんだっけ?」


「うん、開拓村……だっけ? そのお仕事でお出かけ中だよ」


 現在彼女は、新たな耕作地として目処の付いた区域に建設中の村の指揮に赴いていた。最近にわかに忙しなくなった領主の代わりとしては些か幼すぎるが、正式な名代としての仕事である。


 この試みが成功すれば、『領地が狭い』という理由から一つだった街が増える事になる。領境に面していることから必然的に他領との流通や金の流れも多くなり、アドルナード領が発展していく可能性は高い。


「大丈夫かなぁ」


「私もちょっとしんぱい……」


 ただ、モニカが心配しているのは、それに便乗する良からぬ輩が出てこないかであった。所詮は他所の家の人間ではあるが、教え子がそういったいざこざに巻き込まれるのはあまり好ましくない。


「あ……でもね、これは内緒の話なんだけど、リフカ様も一緒についてったから大丈夫だと思う! 」


「それは寧ろ余計に心配なんだけど……と言うか、何で内緒なのに知ってるのかな? リーンちゃん?」


「リフカ様が教えてくれたよ?」


 賢者の思考回路は、大凡普通の人間とはかけ離れている。それを身に沁みて理解しているモニカは、不思議そうに小首を傾げるリーンを見て苦笑を浮かべたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どちらかというと、リーンさんの方が可愛いですw
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