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39.修行の日々

 五枚の再生紙を手に、私は不満気な様子を隠すことなく鼻を鳴らした。それを見た目の前の少年、アキラは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「なんで私よりあんたの方が成績良いのよ。勉強教えたの、私なんだけど?」


「いや、そもそもユウ姉が『勉強教えてあげるわ!』って言って押しかけて来たんだろ……」


 弟に不満を呈した理由は、先日返ってきた期末テストの結果についてだ。


 私が五教科平均で92点だったのに対し、アキラはそれを上回り――しかも現文に関しては満点を取っている。テスト勉強がヤバいと呟いていたのにまんまと騙されたが、結果を見ればこの有様。


 こんな事を言うのは、自分でも理不尽な八つ当たりだとは思う。ただ、それでもアキラに負けたことが悔しくて仕方が無かった。


「知ってる? 姉より優れた弟なんて存在しないの、次のテストでは絶対私が勝つから」


「……別に、俺は勝ち負けなんてどうでも良いんだけど。つーか負けんの嫌だったら、最初から言えよな」




 ――――それから先、アキラは私よりテストでいい点数を取ることどころか、ゲームでもスポーツでも私に勝つことが一切なくなった。それを機に、いよいよ本気を出さなくなってしまったという方が正しいかもしれない。


 彼は決して無能というわけでは無いが、自分の実力をひけらかすような人間でも無かった。必要とあらばそれなりの結果を出すだけで、勝負事を面倒がっていたきらいがある。


 生来の性格というか、育った環境によるものなのだろう。他者へ自分の手の内を全て見せず、何があっても良いように切り札を用意している。それも半分無意識にだ。


 そうせざるを得ない場所で生きてきたアキラにとってはそれが普通。出来ない人間を装わばければ、きっと今もあの()()()()()()()にいたのかもしれない。




□■□■




 空間魔法は直接的に相手を害する事の出来る魔法が少ない。一切存在しない訳では無いが、それでも大掛かりな準備と周到な策があってこそ成立する。突発的な戦闘や、十分な準備が出来ない事の多い実情において、あまり披露される機会は多くはない。


 故に、リフカの一門は()()()()()()()()戦い方が伝えられて来た。魔術の界隈でも多様性が謳われている現代において、そういった表現は正しくないかもしれないが。


 端的に言えば、空間魔法の使い手は徒手空拳を主とする超近接戦闘のエキスパートでもある。


 戦術は小規模の転移を繰り返しながら三次元的に相手を攻め続け、空間を削り、引き伸ばし、距離を不明瞭にするなど多岐にわたる。


 しかしあくまで魔法は攻撃の補助であり、本質は肉弾戦にこそ存在する。その為にも並列思考を使いこなし、殴り合いの最中に術式を構築し続ける必要があった。


「どう? 出来たかい?」


「……はい、ですが気を抜くと、どちらで思考をしているのかが分からなくなります」


 そして並列思考は魄の内側にある魂の更に中、霊核(アストラル・コア)という生命の存在そのものとも言える場所にて行う。脳というのはあくまで子機のようなもので、その根本――母機(サーバー)である霊核は膨大な情報量を処理出来る演算機能を備えているのだ。


 人間が何故基本的には霊核を扱えないのかは、設計した神のみぞ知るところだが、こうして自分の内側に触れてみて少し分かった気がする。


 これは過ぎたる力だ、人間に扱い切れるものではない。自我を持つ生命という凄まじく高度な創造物に必要不可欠な物ではあるが、それでも肉体という枷を嵌めて能力を制限するのは正解だろう。


 実際俺が使えるのも権能のほんの一部だ。それ以上となると人間性やら何やら、色々と捨てるものが出てくる。これだけでも十分な恩恵ではあるから、高すぎるリスクを飲んで求めもしない。本当にいざという時は、使わざるをえないだろうが。


「じゃあ、これからは日常生活を送りながら、常に並列思考で魔術式の構築をし続けること。それから本格的に体力づくりを始めよう」


「分かりました」


 その日から俺の並列思考と空間魔法の修行、それと貴族としての勉強が始まった。


 寝ている時間以外は常に並列で術式を構築しては崩しを繰り返し、普段の勉強に加えて今は新たに領境の付近に作る開拓村の見積もり等を行っている。


 ゲイルにはまずここの所屋敷の周辺と森の植生を調査してもらい、それが終わり次第川沿いの調査を行った。


 俺も同行したのだが、どうやら屋敷のある街近辺は駄目そうだが、例の川辺は継続した栽培が可能な環境なようで、新たにそこへ開拓村を作り畑を開墾することになった。


 俺の記憶だと開墾は通常数年は掛かる為、本格的に農地として機能するのはかなり先になる。もしかすると金策として使うには間に合わないかも知れないが、それはそもそもこの土地を放棄する前提での話だ。


 魔族から守りきればこの先もアドルナード領は続いていく訳で、その時に他領へと輸出出来る商品があるに越したことはない。今も自生している種の交配を始めており、数年後に植える物の品種改良が行われている。


 体力づくりも並行して行っており、毎日自警団の訓練に混じって走っている。


 自警団はナーブスを団長とした領主の私兵という扱いだが、基本的に平和なアドルナード領では滅多にその出番が無い。団長曰く、暇に飽かして訓練ばかりしているから無駄に練度だけは高いらしい。


 実際一緒にやってみた分かったが、ヒョロガリだった前世の俺とは比べ物にならないくらい鍛え上げられている。暫く一緒に訓練をしていれば、俺もそれなりに体力は付くはずだ。


 自警団の面々も俺が領主の娘だからと萎縮することもなく、まるで親戚の子供を扱うような態度で接してくれるからやりやすい。こちらとしては真剣にやっているつもりなので、もう少し厳しくして欲しい部分もあるが。


 そして肝心の魔術と体術については、師匠によるマンツーマンで毎日しごかれている。


 スケジュールにすると『早朝に自警団と朝練をしてから朝食、それから午後までは座学と貴族としての勉強。一時間の昼寝を取って、夕方まで体術の稽古』といった感じだ。開拓村の件については夕食を終えた後、寝る前に詰め込んでいる。


 不定期でザーシャの奇襲と言う名の組手が割り込んで来て、その度に段々と彼の腕が上がっているのも確認している。此方に来てからはアランに揉まれており、本人も満更でも無い様子だ。



 ……と、我ながら非常に健康的な生活を送っていると思うが、流石に毎日これだと時々嫌にもなる。そういう時はリーンと遊んだり、リーンと昼寝したり、リーンの魔術の勉強を眺めてストレスを解消するのがマイブームだ。


 後はそう、タイムリミットが七年になった魔族侵攻についてもしっかりと対策を進めている。


 リバーシの販売は好調で、暫くしたら纏めて売上金を送れると祖母から手紙が来た。平民と同じ質なら不労所得で生活出来る程度の収入が入る。これを元手に軍備の強化――主に自警団に回す装備を新調したり、防衛設備を新しく購入してもいいだろう。


 少し考えたのは、師であるリフカがいれば魔族を撃退出来るのではないか――という案だが、気まぐれな賢者が七年後もこの土地にいるとも限らない。一応引き止めはするものの、基本的には賢者不在でもどうにか出来るように計画は進めていく。


 それに、アドルナード家が真っ先に魔族に襲撃される理由も調べ始めた。どういう人物、勢力が敵になり得るのかも少しずつ情報を集めている。


 俺が目指しているのは完璧な勝利であり、幸せで安泰な未来だ。そのためにも、後もう少しの間だけ連中には油断していて貰うことにしよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだロリにもならないうちから訓練してるのか
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