表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/85

3.肝心なこと

 この世界に転生してきて一年と十ヶ月と半月が過ぎた。


 正確に言うと、俺の記憶が戻ったのが生後六ヶ月前後なので体感的には一年と四ヶ月か。子供の体でいると、その一年すらも早足で過ぎ去っていった。


 あれからのことだが、俺が一歳になる前にリリアナは第二子を産んだ。かなり早めの出産で危ないかとも思われたそれも、無事に元気な女の子が産まれて屋敷がにぎやかになった。


 リーンと名付けられた妹は赤い瞳に明るい金髪で、顔立ちは俺とよく似ている。この世界でも年度は三月締めな為、四月産まれの俺と三月生まれのリーンは年子な上に同学年だ。


 アランは嫡子として男の子を望んでいたので、今度は弟を作るのに励むのだろう。寧ろ、元々家族計画は五人姉弟とか言ってたのを聞いているから、まだまだ増やすつもりはあるっぽい。


 うちの両親が貴族にしては珍しい恋愛結婚だからか、二人産んでも変わらず熱々なんだよな。


 一つ問題があるとすれば、マギブレの作中でアーミラに妹や弟がいた描写がないことだろう。この世界はもう、明らかに本来の世界線と違った歴史を歩み始めているのかもしれない。

 

 それで、俺自身の変化だが……この世界の言語である『リシア語』もほぼマスターし、今では日常会話から難しい本の読破まで卒なくこなしている。


 はじめ俺が活字ばかりの本を読むのを、あまり親に構って貰えない子供の背伸びだと思って見守っていた使用人たちも、最近ではあちらからお勧めの本を教えてくるようになった。


 この歳で言葉を覚えるのは普通じゃないが、そこは俺が才女だからと思われており、不自然だと疑う者はいない。まあ、生まれた瞬間から魔法を扱える本物の天才がいる世界なので、一歳児が言葉を覚えた程度で驚くことも無いのだろう。


 それでも「アドルナード家はじまって以来の天才」なんて呼ばれてはいるが……俺たちの代でもまだ三代目だぞ。



 現在はそんな一家揃っての食事時であり、随分前から大人と同じ物を食べるようになった俺も両親と共に食事を摂っている。


 今日の献立はグランゴートという種類の山羊の肉と、領地で採れた柑橘類らしき果実と食べられる花を散らしたサラダだ。肉の方にも臭み消しとして果汁を混ぜたソースが掛かっていて、歯ごたえがありつつもしっとりとした肉質にマッチしてとても美味である。


 贅沢を言うのならもっと調味料に種類が欲しいが、食文化に関しては地球よりも遅れているから無理だろう。まあ、味が不味くないだけ有り難いか、でもやっぱりからしとかわさびとか欲しいけど。


「どうだ、美味いか? アーミラ」


「はい、美味しいです父様!」


「そうかそうか美味いか! 今月も苦労して狩って来た甲斐があったな!」


 俺の感想を聞いて上機嫌な父――アランはワインを嚥下し豪快に笑った。


 精悍な外見で分かる武闘派なアランは、よく狩りに出かける。狩りと言えば弓や罠などを利用するもの――貴族なら尚更、従者や猟犬を使って弱らせたところを、止めだけ刺すイメージがあるだろう。


 だが、我が家はちょっと違う。


「いいかアミーラ。グランゴートと言えばな、山みたいな体に、ワイバーンくらいなら簡単に串刺しに出来る角を持った……それはもう恐ろしい魔物だ」


「大きいのですか」


「ああ、だがな……俺はそれをこう、剣でズバッと! 角を切り飛ばして喉笛を掻き切った!」


 本人の言う通り、アランはその身と剣一本で狩りを行うのだ。最初はさすがに誇張してるだろ、と思ったが、毎回狩りに同行する従者も真面目な顔で話に頷くので信じざるを得なかった。


 実際、ゲームでのアーミラのことを考えると、その父親が強くてもなんの不思議もない。寧ろ血筋なんだな、と納得するくらいだ。


 因みに我が家の食卓に乗る肉は、殆どがアランが狩ってきたものである。


 『自らの血肉になるものは、出来る限り自らで調達する』が祖父――引いてはその先祖の信条だったらしく、その代表とも言える肉だけは必ず一家の家主が獲る決まりらしい。


 つまり脳みそまで筋肉なのだ、アドルナードという血筋は。


「ちょっとあなた……! そんな話、リーンもアーミラにも、まだ刺激が強すぎますよ!」


「なんだ、別にいいじゃないか。アーミラだって、俺の話を楽しみにしてるだろ?」


「だぁ?」


「はいはいリーンお嬢様、これはおもちゃじゃありませんよぉ」


 ジェーンに差し出された幼児用のスプーンに興味津々なリーン。その彼女を抱っこしたリリアナは顔を顰め、娘たちに悪影響を及ぼすかもとアランを諌めるが、それも酒の入って上機嫌な父は聞く耳を持たない。


 まあ、楽しみかそうじゃないかと言えば、俺も結構楽しみにしているが。娯楽の少ない世界な上、こういう話――特にファンタジー要素溢れる実体験は元日本人の俺にとって新鮮だ。


「よし、じゃあお前の二歳の誕生月には一緒に連れて行ってやろう!」


「えっ! いいのですか!?」


「当然だ、俺の娘ならいずれグランゴートくらい簡単に仕留められるようにならないとな!」


「約束ですよ!?」


 酔った勢いで言っているんだろうけど、流石に二歳児を危険な狩りに連れて行くのは拙いはずだ。明日になれば「そんな約束したっけ?」なんて白を切られるだろう。


 だが、俺はそういう酒の席の社交辞令じみた会話には慣れているからな。日本で「いつでも遊びに来てください」という言葉を、字面通り受け取る人はそうそういない。


 まあ、予想通りの言葉が返って来たら、子供らしくちょっと駄々を捏ねて膨れてみることにしよう。この両親にとって俺は、年の割に賢いただの子供なのだから。







『ステータス!』


 食事の後、自室のベッドの上で俺は久しぶりに日本語を使ってある種の単語を連呼していた。


『スタッツ! プロパティ! プロフィールッ!! ログ! メニュー! コンフィグ!』


 懸命な諸兄ならお察しだろうが、これらの単語はゲーム内でメニューを表示する為のコマンドだ。口頭で言うもよし、特定のジェスチャーを行うことでも表示させることが出来る。


 こっちの世界に転生してから、「そう言えばゲーム的なシステムって生きているんだろうか?」と思い至り、ちょっと試していた次第だ。


 しかし幾ら腕を振っても、引っかかりそうな単語を口にしてもあのARディスプレイは浮かび上がってこない。


「はぁ……はぁ……」


 実は記憶が戻った直後から薄々気付いてはいたが、この世界にゲームシステムは存在しないようなのだ。日常生活でも、ステータスやスキルなんかのメタい単語を使っている人がいた覚えはなかった。


 とすると、恐らくここは――――


「……アニメ版か」


 アニメ準拠の世界の可能性が高い。


 俺としてはステータスとかレベルとかそういうものがあってくれた方が楽で助かったのだけど、現実はそう甘くないようだ。強くなるには地道な努力が必要なのは、やはりどの世界でも変わらないということだろう。


 しかし、原作のアーミラ並に強くなれるのならもしかすると……えっと、その……あれ?


「ん……?」


 俺は一体、何を考えていたんだっけか……? 無意識に強くなる必要があると思っていたが、ド忘れしてしまった。結構大事なことのはずだったんだけどな。


 生まれたばかりの幼子の脳みそではあまり多くは考えられず、この世界に適応するのに必死だった。普段の生活以外のことは結構おろそかになって、今思いだそうとしていること以外にも色々見落としているのかもしれない。


 とは言え、それが何なのか――えっと、本当になんだっけ? 確か、俺の身に関係する何かだった気がするんだけど……。




「――――あ」



 そこで俺は大変な事に気付き、思わず声を上げた。


 この二年間すっかり忘れてた……いや、忘れたわけではなく脳みそのキャパ的に深く考えている余裕がなかったのだが――――


 そう言えば放っておくとこの領地、()()()()()んだった!


 なんたって故郷が滅んだせいでアーミラは最悪の転落人生を送り、世界の敵と成り果てたのだ。


 他人事のようでまだ実感が湧かなかったのか、気付いていて尚現実から目を逸らして悠長に子供のフリをして生活をしてたのか……。それは今更どうでもいいけど、このままだと俺は――とんでもない悲劇に見舞われることになる。


 分かっている限りの情報でも彼女は肉親と領地を焼かれ、自らは生きたまま奴隷として敵である魔族の元へ送られる。そこでもひどい扱いを受け、人間の英雄――自分を助けてくれようとした相手も更に目の前で惨殺された。


 その体験の結果力に目覚めるのだが、紆余曲折も含めて不幸に次ぐ不幸が降り注ぐ。もうオーバーキルもいいところだ。


 俺がそれを体験することになるなんて嫌過ぎる。


 否、現実になってまで、推しが悲劇に見舞われるなどあってはならない。


「絶対に阻止しなければ……」


 幸いにして、未来を変えられる可能性は高い。リーンという妹の誕生が、歴史の変化を証明している。もし予定通りこの領地が魔族の侵攻を受けるとしたら、それまでに予め幾つか対策が取れるはずだ。


 それにゲームの知識を持っている俺の頭脳と、アーミラ自身のスペックがあれば多分なんとかなる。いや、なんとかしないといけない。


 ボスとしての性能を見れば言わずもがな、彼女は元々チートクラスに高い戦闘の素養を持っていた。それが本物の彼女だからこその物だったかは分からないが、鍛えてみて損はないだろう。


 もし俺自身が強くなれば、魔族を追い払うことも叶うかもしれない。出来なかったとしても、奴隷にされず生きて領地を逃げ出すことくらいは出来る筈だ。


 タイムリミットは八年、十歳の誕生日を迎える直前にアドルナード領は滅びる。


 それまでに俺は自分を強くしながら、領地を滅ぼされないように対策を立てなければいけない。


 理想は『アドルナード領の防衛』で、それが無理なら『俺が生きて領地を脱出すること』を最優先にする。家族や領地の人々には悪いが、転生者である俺にとって一番守るべき優先度が高いのは自分の――いや、推しの身だ。


 なんとしてでも、どんな手段を使ってでも、例え正規のシナリオを全て破壊してでも俺は(裏ボス)を幸せにしてみせる。








【TIPS】


[人物:アーミラ(1/???)]


アドルナード家の長女

青みがかった銀髪に碧眼を持つ


アーミラという名は特別な因果を生む

それが良いものであろうと、そうでなかろうと

名に籠められた"呪い"は特異な未来へと持ち主を歩ませる

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ