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35.虚空の賢者

 リフカ・ラスリエスト。


 『虚空』の二つ名を持ち、大陸の歴史ではじめに国を興した祖先たちが渡って来た時より、その名前が記されている。所謂旧い魔術師の一人であり、現人神のような存在でもある。


 相対した敵が全て形も残さずに消滅することから、扱う魔法は謎に包まれている。一説には火属性の魔法と言われていると書籍で目にしたが、グランから直接その説は否定された。どうやらまだ俺の知らない種類の魔法があるらしく、いずれ分かるとも言っていた。


 常人の考えが及ばない賢者の中でも特に謎が多く、その正体を知る者はいない。歴史を紐解けば大きな事件の記録には必ずこの男の名前があり、一体何歳であるのか――そもそも人間であるかどうかすら怪しいのだ。


 そしてリフカは祖父グランと旧知の仲、加えてリリアナやアランも幼い頃からの付き合いらしい。特にリリアナは初恋の相手が彼で、それ故にアランはリフカのことが嫌いなようだ。あの様子だと、リフカは今でも好きなアイドルのような感じなのだろう。


 そんな男は今、俺の目の前で機嫌よく紅茶を飲んでいた。


「うん、これは面白い。既存の結界術式の形状を正六角形の連続体に変え、消費するマナを減らしながら耐久性を上昇させるなんて……キミは変わってるね!」


「あなた程ではないと思いますけど」


 急に「お前も弟子にならないか」と言ってきた後、あまりに急な申し出に断った筈が俺の部屋に居座って本棚とかを物色された。特に俺が書き上げた術式の理論や魔法陣など、興味深そうに読んでいる。


 尚、アランはとても嫌そうな顔で賢者との個人面談を許可し、リリアナを正気に戻しに行った。


「いやぁどれも凄く良く出来てる。丁寧だし理論的で、とても子供の書いたものとは思えない、これのどれかでも協会に提出したらもう段位が貰えるんじゃないのかな?」


「そういうの興味無いんです、私は別に有名になる為に魔術を学んでいるわけではないので」


 俺は自分とリーンの身が守れればそれでいい。別に大層な称号や二つ名なんていらないし、そんな物があると余計面倒事に巻き込まれそうで嫌だ。


「――――そうだね、キミの使う魔術はどれも実戦で運用する物ばかりだ。昨今の派手さをウリにする魔術師とは違う"古典派"と言った所だね」


「で、何故あなたは私の部屋にいるんですか? 弟子の件なら少し考える時間をくださいと言った筈ですけど」


 とは言え賢者の弟子になるという話自体は、願ってもない申し出だ。強い人間から教えて貰う方が効率的だし、賢者となれば特別な魔法も伝授して貰える可能性だってある。頂点の景色自体に興味は無いが、力を得る過程でそこに至るのは寧ろ大歓迎。


 ただ、俺には今モニカという先生がいて、彼女に相談も無しに頷く訳にはいかない。だから保留という返答を返したのだが……。


「いやいや、そういうのとは別に……まあ、弟子に取りたいのもそうだけど、僕はキミに興味があるんだ。例えばその目、ちょっと見せてくれる?」


「えっと、これですか……?」


 そう促されて眼帯を外すと、リフカは俺の白い瞳をしきりに観察し始めた。


「以前キミのお父さんが伝手を頼って、この目についての調査ができないか僕の職場に連絡してきたことがあるんだ」


「父様がそのようなことを……全く知りませんでした」


「ま、大事な娘が失明したから、大嫌いな僕にすら頼っちゃったんだろうね。結局返事は無かったけど、それでも――僕ならこれが何か分かると思ったのは正解」


 実際、この現象の正体については地味に謎だった。魔力が視認出来る以外に益も害も無いが、魔術師であるリリアナもリヒターも知らなかった。


「知りたい?」


「勿体つけないで早く教えてください」


「遠慮がないねぇ、まあいいけど。これはね、"仙瞳(せんどう)"って言う魔眼の一種さ。龍脈を通じて、星の核と感覚を共有することで開眼する。簡単に言うと、魔力を視認するための目だ」


「仙瞳……」


 もしや、とは思っていたが、やはり魔眼だったのか。あんまり驚きが無いと言うか、今言われたことに心当たりがあり過ぎて納得の方が強い。


「この辺りだと馴染みは無いけど、西の山脈を超えた先にある森深くの寺院では、母なる星と同じ視点を得る――ということから修行僧たちの至る境地の一つにもなっている」


「別に何か悪いものではないんですね」


「寧ろ仙瞳は魔術師に大いなる利益を齎す。誰でも開眼出来るものでもないから、キミは運が良かったということだね」


 視力を失って仙瞳を開眼する利点は、やはり魔力を"直接"視る事ができる部分であろう。


 相手が魔術師であれば形態に拘わらず、魔法を発動するタイミングが察せる。即ち攻撃の予兆と行き先が分かるということであり、それは読み合いの多い術師の戦いにとってかなりのアドバンテージだ。


「後はもう一つ、キミのそのオドがねぇ……初めて見た時からちょっと、いやとんでもなく気になっているんだよ」


「今の先生には属性魔法の才能なし、と言われました。そういう点で言えば珍しいのでしょうか?」


「そうじゃなくてなんというか……うん、単刀直入に聞くけどキミさ、もしかして()()()()()()()()?」


「へっ……?」


 その言葉に、頭のてっぺんから背筋を冷たい何かが走り抜けた。


 俺が転生者であること見抜いたとしか思えない発言をして、その顔は真面目そのもの。


 いやでもまさか、俺の行動を鑑みて前世の記憶があると聞かれるのなら分かるが、別の世界となると話が違ってくる。


「急にごめんね、変な質問して。でもキミの纏うオドはそういう類のものなんだ、ちょっと説明しようか」


 リフカはそう言うと、机の上に置いていた小さな黒板を手に取った。


「まず、純魔力と言われるマナとの差異、オドの持っている特性については理解してるかな?」


 黒板に"マナ"と"オド"という二つの括りを作り、そう問いかけてくる。


「……ええ。肉体から生成されるオドは、純粋な魔力ではないという事は」


「うん、じゃあ何故オドは純粋な魔力では無いのかは?」


「オドは生まれた時点で既に、属性に対する親和性に偏りが生じているからです。魔術師個々人にそれぞれ得意不得意な属性があるのもこのせいです」


「そうだね、よく勉強している。火属性魔法が得意な魔術師は、体内で同じ属性の偏属性オドを生み出すから、より火力の高い魔法が使えるんだ。それから相関図で逆の位置にある属性を不得意とする者も多い」


 リフカは先程の図を消して、地球で言う五行のような属性の相性を示す表を書いた。基本となる火、水、土、風に加えて希少属性である雷、氷、光、闇の八つ。


 そして俺のオドは恐らく、基本属性とも希少属性に対しても全く親和性がない。だから属性変換が出来ず、オドをそのまま用いた魔法を使っている。


「ただ、オドに偏りがあるということは、必ず何かしらに対して親和性を持つということでもある。キミは今まで属性魔法を使えていない筈だよね、それでも―――」


「まさか……!?」


「そのまさか、キミの中で生み出されたオドの偏りは特殊な物ではあるけど、ちゃんと分類のされているものだ」


 つまり、俺は属性変換が出来ないのではなく、ただメジャーなものと相性が悪かっただけ――という事らしいけど……ほんとか?


「……これも知りたい?」


「一々勿体つけずに教えて下さいよ」


「え~? だってそうした方がミステリアスな感じを演出出来るじゃん……」


「あなたの存在自体が謎なんですからそれで良しとしてください」


 誰がどう見ても外見だけで意味分からん位の情報量持ってるくせに、言動でさらに人を惑わされても困る。


「うん……じゃあまあ、言うけど――キミの持っているオドの性質は、『空間』という属性に寄っているんだ」


「空間……? 属性とは初耳ですね」


「秘匿してるわけでもないのに、知名度低いからね」


 俺の記憶にある限りでは、原作にそんな類の属性魔法は出てこない。そもそも先程上げた八属性以外の魔法は全て無属性に分類されていた。


「空界、領域、色々言い方はあるけど、要するに空間に直接干渉する力だ」


 リフカがそう言ってパチ、と指を鳴らした直後――手の届かない程遠くに置いてあった本が彼の元に一瞬で移動した。周囲に銀色の魔力痕が見える辺り確実に魔法を使っているが、発動の瞬間が見えなかった。


「これは現代の……と言っても人類史が再び観測され始めた時代に魔導王ユピテルが再定義したモノとは異なるものだ。いわゆる、古代魔法に分類されている」


「知名度が低いのはそのせいですか」


「半分当たりだけど百点の答えは、その使い手の数が余りに少なすぎたせいだね。空間魔法は、適性が無ければそもそも行使すら不可能なんだ」


 何故俺が別の世界から来たのか聞いたのも、これで漸く少し察せた気がする。恐らく空間魔法の適性者とは、世界を渡った者。あるいはそれに近しい何かを体験した者。


「例えば別の次元に落っこちるとか、虚空(ヴォイド)と呼ばれる世界の狭間にある場所に迷い込むとかして、異常な時空間に魂の性質が捻じ曲げられないとそういうオドにはならないのさ」


「だから、私が本当に他の世界から来た人間だと思っているのですか……?」


 それでも、俺が異世界転生者であると本気で思っているのかどうかは分からない。分かったとしてどうも出来るわけではないが、これは俺の抱える一番大きな秘密だ。


「んー……その点は正直どうでも良いかな、キミが何処から来た何者であろうと。僕は単に弟子が欲しいだけだし、悪い子じゃなければそれ以外は別に気にする程でもない」


「どうでも……いいんです、か……なるほど……」


 リフカはまるで興味が無いような声音でそう言うと、俺に顔を寄せて来た。


 今そんな事考えている場合では無いが、改めて視るとマジで顔の造形が神がかっている。なんか男とは思えないいい匂いするし、リリアナを含めて一体どれだけの人間を惑わせて来たのか……。


「大事なのは、僕がキミを必要としているって事だよ」


「……はい?」


 更に顎に指を添えられ、ジッと目を見据えられる。


 男にドキドキする筈無いのに、初めての経験からか情緒がバグって心拍数が上がる。それに伴って顔に熱が集まり、無意識に目を逸してしまった。


 と言うかこの台詞だとほぼ黒だと断定しているようなものなのに、その上で口説いて来るって……やっぱり賢者の思考回路って分からん。


「……それで、結局何が言いたいんですか」


「実はね、賢者の中で弟子がいないの……僕だけなんだ」


「へ?」


 平静を装いつつ尋ねた問いに対し、帰って来た言葉を聞いて俺は思わず呆けてしまった。


「それが理由で他の賢者に馬鹿にされたけど、空間魔法を使える人間なんて滅多にいないし。いっそその辺の子供を手ずから異次元に浸けて弟子に仕立て上げてしまおうかと思ってたところに、キミと出会ったというわけ。ま、運命的だよね」


「だよね、じゃないです。普通に犯罪ですよそれ」


「冗談だよ、そんな倫理的にアウトな事するわけないじゃん」


 ……いや、寧ろその辺の子供に被害が出ない内に出会えたのは本当に運命かもしれない。問題があるとすれば俺がその被害者になりかけている事ではあるが。


「僕は暫くこの屋敷に滞在するからさ、弟子の件については前向きに検討しておいておくれよ。それじゃあ、久しぶりにリリアナとも話がしたいからこれで失礼するね」


「……はぁ」


 そうして色々勝手に喋った挙げ句、恐らく空間魔法を使ったのだろう――リフカは忽然と部屋から姿を消した。せめて普通に扉から出ていってくれ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早期に百合イチャは未だ無理か、少し惜しいが無理も無い。 そうかぁ、賢者弟子入りを止めたのはモニカ先生への義理を考慮しているのか、案外に主人公さんはそれなりしっかりしていますね! なんか誘拐…
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