32.神鉄流
王都滞在四日目。今日も今日とてグランとザーシャとの稽古に費やすことにした。アランも今日は予定が無いので、時々野次を飛ばしながら見守っている。
昨日に引き続き受け身の練習をやった後に瞑想をし、今は俺が生み出した魔力の弾丸を、ザーシャが剣で弾く特訓中。当然当たっても多少痛い程度の威力しか無い。百キロくらいの速度で投げた軟式野球ボールくらいか。
「うおおおッ!」
「……私が言うのもあれですけど、しんどくないですか?」
「うるせぇぞ! 軽口叩いてる暇あんならもっと数増やせボケ!」
四方から角度を付けて放たれる魔弾は約一秒のディレイ込みで一度に二発だが、それでも俺が出すのを止めない限り延々と出続ける。こっちはこっちで、均一な大きさと威力で魔力を制御する練習になるからいいけど。
「じゃあ、次は倍で行きますねー」
「上等だ……ぁああ!」
倍に増えた魔弾を、ザーシャは大人顔負けの動きで全て捌く。これは単に彼の身体能力が優れているだけではなく、グランの教えている『神鉄流』という流派が、特に受けやカウンターに特化しているから成し得ているのだろう。
神鉄流開祖の名は『アグニ・テイルロード』。アグニは天上より下界へ降り立ち、人々に戦い方を教えた戦の神だ。上古にこの大陸へと渡ってきた祖たちがその名を伝えたとされ、最もポピュラーな宗派である『ローランド聖七神』の一柱でもある。
尚、他には『魔と深淵の神ゼニス』『豊穣と震撼の神ガイア』『福と自由の神アレキセデク』『暁と変遷の神ヘッザァ』『夜と篝火の神ダイアナ』の五神がおり、それらの上に最古にして絶対の神『創成と破壊の神アースラ』が座す。
元無神論派の俺が言うのもあれだが、この世界の神は上位存在として実在する。ただ、余りにも持つ力が大きすぎるが為に、この世界とは位階の違う場所に居を構えているのだ。
姿が見えないだけで、かなりの頻度で人間に宣託を与えたりと割と身近な存在でもある。特に人の導き手という側面を持つダイアナや、時の移ろいという属性があるヘッザァ辺りは、盛者必衰を書く成り上がりの英雄譚によく登場する。
そんな中でアグニという神は、上述した二柱よりも人間に構う――人の子が大好きな神として知られてる。人間の依代に受肉し、己の身で実際に剣術を人々へと広める辺りにその愛情深さが感じられることだろう。
「おい! まだまだ温いぞ! もっと早くしろ! それともこれが限界か!?」
「うるさいですね……あなたもしかしてマゾですか?」
魔力制御の片手間に思案していた俺の耳に、ザーシャの怒号が響く。とは言え、今はもう殆どノータイムで毎秒四発打ち込んでるのだ。この時点でとっくに常人の動きを超えているし、俺としてもこの先は怪我をさせかねない威力になってしまう。
「ま、そこまで言うなら、ちょっと趣向を変えてみましょう」
そう言って俺は術式に新しい言葉を追加し、おざなりになっていた制御に意識の殆どを注ぐ。するとそれまで一度空中で角度を変えていたとは言え、直線的だった弾丸が滑らかなカーブを描くようになった。
「うごっ……!?」
先程のように剣で防ごうとしたザーシャは、弾丸が剣を避けるように曲がった事で顎に諸に食らった。頭が空を見上げ、一瞬動きが停止する。
「テメェ! 今のぜってーわざとだろ!?」
「はて、なんのことか。それに温いと言ったのは貴方ですよ。私はただ言う通りに難易度を上げただけです」
それから怒り狂ったザーシャが顎を押さえながら叫ぶが、俺は攻撃してくれと言われたからやっているだけである。何も言われる筋合いが無いどころか、手伝ってくれて感謝されて然るべきだろう。
「いやぁ……とは言ってもなぁ、この年の子供が使えるような魔法じゃねえぞこれ。一体どこで習った?」
「それが半分独学、だからか知らねぇけどコイツの使う術式は大体イヤラシイんだわ。普通の魔術師とはどっか違うっていうか、既存の術式をあり得ない方向に改造しやがる」
「……なんですかそれ、馬鹿にしてます?」
なんか凄い言われようだが、別に特別変な術式を使っているつもりはない。ただちょっと毎秒弾速と角度が変わるような仕様にしているだけだ。それほど難しく無いし、この程度だったら刻印魔法で半自動化も出来る。
「と言うか、これでもかなり手加減している方なんですよ。本来の術式でやってたら、あなた死にますからね?」
「はぁ? たかが無属性魔法で人が死ぬわけねーだろ、馬鹿かお前」
はい出ましたー、こうやってすーぐ無属性魔法を馬鹿にする奴。威力も低くて派手さもない、ちょっとした虚仮威し程度にしか使えないと思ってるんだろう。こういう差別、俺良くないと思うんだよね。
「『強く』『より強く』『爆ぜろ』」
「ッ!?」
俺の詠唱に合わせて、ザーシャの立っている場所から体一つ分隣の地面が大きく爆ぜた。芝ごと大地を捲りあげ、土が頭上から降り注ぐ。
別に属性が付与出来なくとも、形状を固体や液体に変化させることは出来る。それで擬似的に爆発の再現をする程度なら余裕だ。ただ、熱や風圧などを伴わない為、直撃しなければ殆ど意味はない。
「こういう魔法もあるんです。勉強になりましたか?」
「お……おう……」
瞬間的な殺傷能力だけで言えば属性毎にそう差異はなく、即時発動出来る無属性は寧ろ不意打ちに向いている。これを囮に使って本命を別に用意するという戦法も取れるので、余り侮るのも良くないのだ。