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31.祖父たちの昔話

 サラが持ち帰った情報は、いずれもアレクサンダーの行方に繋がるものではなかった。


 貴族の間でそのような噂はなく、逆に平民の間では心当たりがありすぎる。子供が行方不明になるなど、日常とまでは行かないものの――決して珍しいことではないからだ。強いていうならば、自ら子を売ったか誰かに攫われたかの違い程度である。


 元平民の寒村出身であるサラは、さも当然のようにそう言った。


 俺も自らの子供を、血の繋がった大事な家族であると思わない大人がいることは知っていた。自然にその摂理を受け入れたし、またこの国の裏側に息衝く悪意の気配に辟易もした。


 それ以外では、念のため仕込んでおいたものがそれなりの結果を齎してくれたのが幸いか。今はまだ明かせないが、これで一つ未来の安寧に繋がったことは確かだ。





 明くる日、アランが農業省と連絡を取り、自領の植生調査を依頼しに行った。この大陸では新種の植物があるかもと告げたところ専門家が派遣されることになり、帰領する時に合流して同伴するとのこと。


 正直これに関しては棚から見つかったぼた餅のようなものなので、あまり俺自身が時間を掛けすぎるのも考えものだ。できる限りは領主であるアランに任せて、自分自身の強化に努めたい。


 今日も行政機関の集まる王宮に向かったアランには同行せず、グランとザーシャの鍛錬に交じることにした。武術の世界で最高峰の人間に教わることの出来る機会など滅多にない。それを折角なら無駄にはしたくないという思いもあり、気合を入れて臨んでいる。


「武術で重要なことはまず第一に受け身、二に受け身、三に受け身じゃぜ」


 そしてそう断言するグランの指導で、開始から既に三十分は芝を転がり続けた。曰く、受け身を取れない者は剣士であろうと、槍術士であろうと、魔術師であろうと駄目なのだと。


 俺も一応例のアイツに前世で一通り齧らされたが、この世界での受け身はアマチュアの柔道なんかとは比較にならない。たった数十分で習得出来る程、甘くはないように感じた。


「ま、初めてならこんなもんじゃろ。寧ろようやっとる、アランに少し揉まれたようじゃの」


「ありがとうございます……と言いたい所ですが、やはりザーシャと比べると拙いですね」


 その点ザーシャは見事なもので、グランにどの角度から押されても綺麗に受け身を取っている。勿論起き上がった直後に剣を振れるようにだ。これには俺も思わず感嘆し、少し彼を見る目が変わった。


「フン! お前とは年季がちげぇんだよ、年季が」


「お主もまだ一年経っとらんだろうが、生意気言うなこの半人前めが!」


「いでッ……」


 まあ、調子乗りな所は相変わらずではあるが、それでもやはり真面目に取り組んだ結果というものが動きの端々から見える。


「ほれ、お主はとっとと素振りに移らんかい! アーミラは……その歳じゃまだ木剣は大きすぎるし、ワシと瞑想をしようかの」


「わかりました」


 グランに促され、俺はその場に胡座を掻いて座った。瞑想は魔法の修行でも行うため、これが初めてではない。


 目を閉じて視覚を封じ、その状態で心を鎮めて気を体の隅々まで巡らせる。無心になるのではなく、他所の事に気を取られないように己の内面と向き合うのだ。


 そうすることで体内のマナを滞り無く巡らせ、ゆっくりと肉体を活性化させていく。気を練る――という言葉があるように、この瞑想を行う事によって喪失したマナの回復を早める事が出来るとされている。


 俺は昔からこういう意識の使い方が得意だった。いや、得意というよりも、空を流れる雲だとか、規則的に音を立てて動く秒針だとか、時折波紋を立てる池の水面だとか、そういう物を何も考えずにじっと見ているのが好きな子供だったのだ。


 煩雑な外側の全てが遠い世界のものになり、意識が自分の中へと深く沈み込んで行く感覚が好きだった。その時ばかりは、どんな悪意に曝されても心が粟立つことが無かった。


「――――」


 やはり瞑想をすると調子が良くなるな。マナがスムーズに全身を巡って、普段より体に力が漲る気がする。


「ヒヒーン」


「わーい! おじいちゃんお馬さんの真似上手~!」


 集中力も高まり、余計な事に気を取られずに済む。


「……」


 たとえ遠くで四つん這いになったリヒターにリーンが乗っていようとも、心を乱されることもない――――







「リーン!! 一体何をしてるんですかあなた!!?」


 いや、やっぱり無視出来なかった。


 飛び上がる勢いで立った俺は、そのまま二人の元へと猛然と駆け出す。俺にはあの妹の所業を一刻も早く止めなければいけなかった。そうでなければ、格式高い大貴族の当主が庭で馬の鳴き真似をしながら四つん這いで歩く、という痴態を世間に晒してしまう可能性があった。


「何って、お馬さんごっこ?」


「それは分かってます! が、リヒターお祖父様は屋敷の使用人とは違うんですよ!」


「まあまあ、アーミラ。私が望んでリーンと遊んでおるのだ、そう気にすることでもない」


「お祖父様……」


 孫に甘いのは別に構わないが、流石にこれはちょっと絵面的にアウトだ。遊ぶにしても何か別の方法でやってほしい……。







 リヒターの姿を見たグランが腹を抱えて笑い転げ、結局鍛錬は中止せざるを得なくなってしまった。今はテラスでお茶を飲みながら、静かな時間を……過ごせてはいないか。


「ぐっひひ……ひー、ひはははははっ、はひっ……死ぬ、死ぬぅ……!!」


「グランお祖父様、そろそろ笑うのを止めて頂けると助かるのですが?」


「分かっとる、分かっとるけど、いや、あの頑固爺がお馬さんごっことは……ヒヒッ……」


 いい加減にしないと、リヒターの眉間がそろそろとんでもない盛り上がり方になっている。先程リーンに向けていた笑顔が嘘のようだ。


「……貴様の方こそ、そのちゃらんぽらんな態度をどうにかした方が良いのではないか? 孫たちが真似したらどうする」


「そりゃ別に構いやしねぇよ、自由に伸び伸びがうちの教育方針ってことになっとる。人の真似して育つのも、また結構!」


 そう笑い飛ばすグランを見て、リヒターは嘆息を吐く。傍から見ていてもこの二人の仲の悪さが伺えるというか、なんというか……。


「全く、貴様は昔からそうだ……」


「お祖父様たちは、古い知り合いなのですか?」


「アーミラは知らなんだな。コイツとワシは、ガキの頃からの腐れ縁じゃぜ」


「よもや親縁になるとは思っても見なかったがな」


 実はアニメには多少出てくるとは言え、詳細な設定資料があったわけでもなかったので、グランという人間がアーミラの祖父で剣聖である事以外は俺も知らない。


「そうさの、初めてコイツと出会ったのは確か……クソ暑い夏の日だったか」


「違う。真冬の、それも芯まで凍るような雪の夜だったぞ」


「おお! そうだそうだ、()が部屋を一つ間違えて、丁度懸想の文を書くお前を見たんだったな!」


「おまっ……!? 余計な事まで喋りやがって……」


 そこから始まった昔話は元プレイヤーとしても、二人の孫としても非常に興味深いものだった。


 リヒターとグラン――生まれながらの貴族と元平民の二人が出会ったのは、意外にも隣国ファルメナの魔法魔術学院でのこと。どちらも初等部から学院に通っていたらしく、対面を果たす前にも認知自体はしていたらしい。


 そして運命の日である冬至の夜、グランが補習を終えて寮に戻った際、間違えてリヒターの部屋へと入った事がきっかけだった。


 そこで当時想いを寄せていた初等部のマドンナ、ルーシィ・クレイローズへの恋文――ラブレターを書いていたリヒターを目撃してしまう。


 当然この性格の二人は言い争いになり、最終的にはその階を丸ごと吹き飛ばす程の"決闘"に発展したというのだから驚きだ。リヒターもまた、次期剣聖と渡り合える程の力を持っていたという事である。


 結局決着はつかずに二人共が謹慎を喰らい、秀才リヒターと鬼才グランの確執が誕生。その後、ルーシィへの恋を成就させる手伝いをするのを条件に、課題を代行させたりとなんだかんだでつるむようになったとか。


 リヒターとグランとルーシィ、更に彼女の親友であるクルシャも加えて、学院ではいつも四人一緒。しかも全員ちょっとした有名人で、大体の問題事の渦中にはこの四人組がいた。まあ学校によくいる人気者の集団だったのだ。


 ここからが意外……でもなんでもないが、結局二人が結ばれることはなかった。一緒に過ごす内にクルシャへの好意に気付き始め、最後にはリヒターの方から告白したのだと。


 ルーシィはルーシィで、奔放なグランに振り回される内にいい感じの仲になった。その四人の子供であるアランとリリアナは幼い内からずっと一緒で、所謂「おおきくなったらけっこんしよう」的な約束もしていたらしい。


 もはやするべくして結婚したと言っても過言ではなく、俺たち剣の名家と魔法の名家のサラブレッドが誕生したわけだ。


「ところで、グランお祖父様の強さの秘訣などのお話なども聞きたいです。如何にして剣聖になったのか……というのでしょうか」


「私もおじいちゃんのカッコイイ話聞きたいなぁ」


 しかしそれよりも気になるのは、グランの全盛期の話である。剣聖が如何にして剣聖足り得たのか、その強さの理由を俺は知りたい。有り体に言えば、どういう武術を修めていて、どういう戦い方をするのかだ。


「ま、それは気が向いたらな」


「えぇ~!? 聞きたいよっ!」


「ふむ……そうじゃ、ワシに勝てたら教えてやろう! 子供でもアドルナードの血筋、欲しい物は勝ち取るのがウチのルールじゃぜ」


 グランは一瞬目を細めるとそう嘯き、木剣を手に庭へと戻っていく。流石に今の俺では遊びでも剣聖に勝てるとは思っていない。そういう方便なのだろうことは分かっているが、これは言質だけでも取っておく必要がある。


「約束ですよ、私達が勝ったら話して貰いますからね」


「おうおう、精々頑張れや」


 ただ、何故だろうか。この時俺は約束をしたことで、将来何か決定的に良くない事に繋がってしまうような気がした。気の所為だとしても、無性に心の中がざわついて仕方がなかった。








【TIPS】


[特技:瞑想]


マナの巡りを促進させ

より高い質で練り上げる為の技術


また瞑想中はマナが回復し続ける為

魔術師が大規模な魔法を行使する前後に

一昼夜を瞑想に費やすこともある

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