30.誕生日パーティーにて
アレクの件とは別に、此方も大事なイベントである誕生日パーティーにはクラルヴェインの親しい貴族が一つと、アドルナード――正確に言うとグランの古い付き合いのある貴族家が二つ、そしてアルベルト子爵家が参加してくれた。
貴族同士の社交の場ではあるが、どちらかというとオフィシャルではなく身内が集まった空気感が強い。そして主役の俺はその全部と挨拶をするのが仕事。
グランオックス伯爵家、レーニトルヒ侯爵家、マスタング子爵家、これら三家はそれぞれ南方、西方、北方に領地を持つ貴族でもある。
特にマスタングは新興貴族だが、その内実は北方防衛の要であるバッハシュタイン辺境伯の次男坊が、新たに子爵として土地と家名を賜ったという。バリバリの武闘派であり、かつてグランが戦争の際に共に戦った同志だった。
実際挨拶をしてみると、アランに負けず劣らずのムキムキっぷり。爽やかで整った顔や丸太のような腕にも刀傷が無数にあり、本物の戦う貴族の姿を見た気がする。
本来貴族とは国の為に戦う者を指す言葉だ。普段贅沢をさせて貰っている分、有事の際には率先してその責務を果たさねばならない。俺が言えたことでもないけどね。
「久しぶり……ってほどでもないか。誕生日おめでとう、アーミラ様」
「アイザック様! 来て頂けたのですね」
「あの、私もいるんですけどぅ……」
諸々の挨拶を終えて、最後にやって来たのはアイザックとモニカ。モニカは普段若干喪女っぽさが漂っているのだが、今日は華やかなドレスを着てとても綺麗だ。俺が男だったら、思わず見惚れていた事だろう。
「この様子だと、お二人はお知り合いで?」
「アイザックくんのお兄さんと私が、ですね」
「おや、そうだったのですか」
「魔法省勤めだった頃、士官学校の騎士との合同演習や実験などをしていたんです。そこで偶然知り合って……って感じです」
以前モニカに教わった、魔法を軍の戦闘に組み込む軍隊魔法のことだろう。これは現在国が総出を上げて取り組んでいるプロジェクトの一つでもある。
軍隊魔法というのは超大規模障壁の展開や、魔法による意志の共有統一などを行い、団体行動をしやすくする類のものだ。
こういった魔法は術師の負担が大きく、数人で一つの術式を構築するため難易度が高い。昔からより簡単に扱えるようにする研究はしていたらしいが、成果はモニカ曰くあまり芳しくないのだと。
「軍隊魔法で用いる術式構築の問題点はマナの性質のばらつきと波形の違い、加えてどうしても個々人が行うスクリプトの結果に若干の差異が出ること。それを解消するには絶対的な土台となる基礎式を構築する術師とそれを補佐する術師に役割を分けて……いや、でもそうすると一人に対する負担が大きくなりすぎる……」
「あれ、アーミラさん?」
「そういう癖があるから、この子……。暫くしたら戻って来ると思うよ」
汎用性と統一性を求める組織に対して、大きな個の力を必要としてしまうのはナンセンスだ。この場合に求められるのは、画一した結果を導き出せる再現性であり、必然的に刻印魔法を用いる他無い。
現在は結界を展開する術式を刻んだ魔道具を使用しているらしいが、それでも魔力を供給する人間によって結界の強度が変化している。
つまりそもそも、同じ血を分けた双子でも無い限り一つの魔法に二つの力を注ぐことは不可能なのだ。
「しかし……全てが自動で行える機械のようなものがあればあるいは……例えばマギアテックの技術を用いれば、同時に複数の術式を組み合わせて使えるのでは――」
「マギアテック!? ねえアーミラさん、今マギアテックの話した!?」
「あ、キミもこういう感じなんだ」
モニカは俺とアイザックを呆れ顔で眺めるが、これは結構大事なことだ。騎士たち、つまり軍が強くなれば同時に俺が生き残る可能性も高くなる。その可能性を追求せずして、安寧への道はない。
それはこのパーティーの最中であっても、だ。
◇
宴もたけなわ、来賓が帰った後の話。
俺は片付けが行われる最中、庭のベンチでサラが戻ってくるのを待ちながら今日聞いた話を纏めていた。
特に今回顔を合わせた家の中でも、魔族に対しての印象はそれぞれだった。
グランオックスは南に領地を持ってはいるが、戦争とは無縁の地域だ。領地の運営も代官に任せており、中央での政に熱を上げている。
逆にマスタング子爵は最前線で戦っている家の生まれ故に、魔族に対して脅威感を抱いていた。今は小競り合いが続いているが「いつまた激化するか不安だ」と、グランと話しているのを聞いた。
そして最後にレーニトルヒ家は、少し違った方面で国を憂いていた。
大きな山脈が伸びる西の土地では、魔族以上に山に棲息する"竜"の脅威に晒されているのだと。竜は人と同等の知性を持つ個体も存在し、たった一頭で都市一つを滅ぼす力がある。そんな存在と戦っている西の貴族は、外敵に対する心構えも北の諸侯に劣らない。
こう見るとリガティアは昔から北の魔族に西の竜と――外部からの防波堤の役割を果たしてきたのが分かる。
東の隣国ファルメナまで海岸線を辿って行くと、リヴァイアサンという水棲の超巨大魔獣の縄張りがある。必然的に海から攻める場合はここか、あるいは北端のルグリオスになるが――あそこは海洋国家だ。大陸随一の海戦の強さを誇り、海での戦に負けたという記述が無い。
現在魔族が我が国を襲うのは消去法であり、貧乏くじを引いた結果でもある。
「こんな所でなにしてんだよ」
「あなたには考えも及ばない、大事な思索をしていました」
そんな思索を邪魔するように、ザーシャが腕組みをして目の前に現れた。相変わらず不遜な立ち姿だが、態々俺を探しに来たということは何か用があるのだろう。
「……ったく一々癪に触る野郎だが、聞いたぜ。お前、魔術師なんだってな」
「それが何か?」
「食後の運動だ、俺と戦えよ」
敵愾心剥き出しのザーシャは、そう言って今にも飛びかからんばかりの形相で俺を睨みつけた。既に臨戦態勢のその姿を見ていると、本当に躾のされていない犬のようだ。
「対魔術師はジジイ相手じゃできねーからな。お前みたいなガキでも練習にはなんだろ、打ってこいよ」
ただ、ザーシャの思惑はただの鬱憤晴らしとは違う部分にあるようにも見える。
昼間見ていても思ったが、剣の鍛錬だけは真面目に行っていた。これも恐らく一種の組手、魔術師相手の戦闘経験を積みたいから喧嘩を吹っ掛けて来たのだろう。
俺としても同年代の練習相手がいるのは、都合が良くはある。丁度近接戦の課題が出来たことだし、ここはザーシャの挑発に乗ってやってもいい。
「……『鎖縛』」
「うおっ……?!」
が、いつもならもうとっくに寝ている時間帯だから、俺はそこそこ眠かった。魔力で編んだ鎖がザーシャを簀巻きにするのを見届けると、また思考の沼に沈み込んでいく。
「……遅いですねぇ、サラ」
またどこかで道草を食っているのか、もしかすると酒場で一杯やっているのかもしれない。後少しだけ待って、それでも帰って来なかったら先に寝よう。