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28.不穏な隠し事と、諦観

 翌日、俺はサラとジェーンを連れてとある場所へと馬車で向かっていた。貴族の住居のある区域の中でも、特に高位の公爵たちの住むエリアだ。


 用があるのはハーゼシュタイン侯爵家、例のアレクサンダーとの繋がりを作る目的の為である。


 俺の知っている歴史通りであれば彼は今七歳の少年、そして手元には都合よくリバーシという面白い玩具が。これをハーゼシュタインに売り込んで、ついでに彼と仲良くなろうという算段である。


 因みに、先日爺婆共にもやらせた所大変好評だった。これはもしかすると、貴族に遊ばせるだけで流行が生まれるかもしれない。そうなったらリバーシ大会でも開くか、多分優勝はうちの母親だろうけど。


「お嬢様、到着致しましたよ」


 そうこう言っている内に目的地へと到着。ジェーンに手を借りて馬車から降りると、目の前にアドルナードの屋敷の二倍程高い塀に囲まれた大きな屋敷が見えた。


「はぇ~、家格の高い家って、塀も同じように高くするルールでもあるんすかねぇ」


「馬鹿言ってないで行きますよ」


「馬鹿とはなんすか、馬鹿とは! ジェーンこそ、アーミラ様にベタベタし過ぎて最近まで夜勤に回されてた癖によく言うっすよ」


「それとこれとは別の話ですぅ~、と言うかスキンシップを取ってるだけでベタベタしてませんしぃ~?」


 サラの言う通りジェーンはこの一年間夜勤組へと回って貰っていたが、俺にベタベタする事との関係性は一切無い。


 屋敷では夜も洗濯をしたり、日中生活していると出来ない場所を掃除したりと忙しい。使用人は持ち回りで夜勤と昼勤を交代しており、偶然去年がジェーンの番だったというだけである。


 ま、俺から見れば二人共立派な馬鹿だ。


「ほら馬鹿1号、いいから早く門衛に取り次いで来なさい」


「あー! アーミラ様まで馬鹿って言ったっすね!?」


 ギャイギャイ騒ぎながらも、サラは門の前に立つ衛兵へとアドルナード家が訪問した旨を告げに行った。アポ無し訪問なので、今日駄目でも次に会う約束を取り付ければそれでいい。寧ろそっちの可能性が高いと俺は思っている。


 貴族は基本的に会うのに手紙を送るか使者に伝言させるかして、それから日程を詳細に決めるものだ。俺のように直接家まで行って、都合のいい日を聞くのは割と珍しい方だろう。


 なので逆に「本人自らが出向いた」という事実があれば、相手もそれなりに此方の事を重要視してくれるんじゃないかな――と、ほんのちょっと考えている。


「あ、戻ってきましたよ」


 サラが話を通したのか、執事服を着た初老の男性と共に馬車まで戻ってきた。あれは結構地位の高そうな……もしかするとバトラーかもしれない。


「アーミラ・アドルナード様で御座いますね?」


「ええ、あなたは?」


「このお屋敷の執事長を務めております、カイゼルと申します。お足元の悪い中、ご足労を掛けてやって来られた所非常に恐縮なのですが、現在旦那様と奥方は不在でして。また、日程を改めて頂ければ幸いで御座いますが、如何でしょう……?」


「此方こそ突然訪問するという無礼を謝罪いたします……が、私としてはそちらのご子息であるアレクサンダー様に用が御座います。ハーゼシュタイン卿と婦人がご不在であっても、彼とお話をさせては頂ければそれで良いのですが」


 俺がそう尋ねると、カイゼルは諸に顔色を悪くした。ハンカチで額の汗を拭い、喋る言葉を熟考している。


「ま、誠に申し訳ございませんが、その……本日はお引取り願っても……」


 おや、両親が不在の後に息子は出来ないと来たか、これは変だな。


「そうですか、無理な相談をして申し訳ありませんでした。それで、一応理由だけはお聞きしても宜しいでしょうか? 後日尋ねる際の日頃に検討材料に致しますので」


「そ、それは……あの……」


 カイゼルは益々しどろもどろになり、とうとう俺を目を合わせることも出来なくなってしまった。おやおやおや、これはこれはどうにも裏がありそうだねぇ。


「ああ、すみません。家庭内の事情を詮索するようで、はしたないことをしてしまいましたね。今日はお暇させて頂くので、また後日使いの者を寄越します」


 俺の言葉に、今度は露骨にホッとした様子を見せる。余程慌てていたのか、三歳の子供がここまで利口に気を使う様を不自然にも思っていない。


「サラ、頼みました」


「へいへ~い、特別手当頼むっすよ」


 最後に頭を下げて屋敷へと戻ったカイゼルの後ろ姿を眺めながら、俺はサラに一声掛けて馬車の中へと戻る。それから再び門衛の元へと向かい、小金――賄賂をこっそり渡す彼女を見届けて再び馬車は動き出した。


「よもやよもや、とはこの事ですね」


 予想していないわけでは無かったが、まさかこうもドンピシャとは……。この様子、ハーゼシュタイン家にも何か歴史の変化による問題が起きていると見ていい。


 ハーゼシュタインは本来順風(じゅんぷう)満帆で歴史の表舞台を歩み、国が滅びるまで勇敢に魔族と戦い続けた。その後も亡命先で生き延びた子息アレクサンダーが国を立て直し、その後は実質的な指導者――つまり王の座まで上り詰める。


 そんな家が、あそこまで露骨に外部からの面会を謝絶する状態は普通に考えてあり得ない。丁寧に断ってはいたが、絶対に何かある。


 サラは仕事柄他所の使用人や商人などと話す機会が多く、情報を引き出すのが得意だ。きっと収穫を得て戻ってきてくれる。







 サラより一足先に屋敷に戻ると、庭でザーシャとグランが何やら取っ組み合っていた。二人の手には木剣が握られており、芝の上を転げ回っている。


「くそっ……がああっ!」


「ガハハ! 遅い遅い!」


 正確には、ザーシャだけが一方的に転がされているという表現が正しいだろう。グランは汗一つ掻かず、狂犬のように吠えるクソガキをいなしている。いいぞもっとやれ。


「ふむ」


 よく見ると、ザーシャは魔力で身体強化をしているようだ。荒削りだが素の身体能力が高いのか、相当動きが早い。グランの技術が卓越し過ぎて、相対的に弱く見えているようにも思える。レベルで言うと、10くらいありそうな感じだ。


 俺の記憶ではザーシャという名前のNPCは存在しない為、この世界特有の強者なのだろう。


「お、帰っとったのかアーミラ」


「ええ、丁度今戻ってきたところです」


 俺に気づいたグランが組手を止め、ザーシャを引き摺って此方へとやって来る。


「ほら、お前は使用人なんだからちゃんと挨拶をせい!」


「チッ……なんで俺がこんなガキに頭下げなきゃなんねぇんだよ!」


 ザーシャは相変わらず跳ね返りが強いが、グランの言う事には一応従うらしい。気持ち頭を下げて、それからすぐに木陰へと走って行ってしまった。


「私は気にせず続けて貰って構いませんよ」


「いやあ老骨にゃそうもいかん、ちと休憩だ」


 グランはそう言って、訓練用に付けていた装備を外してその場に座り込む。俺も同じように座り、涼むザーシャを遠目で睨んだ。


「剣の鍛錬ですか……彼は、この家の使用人なのですよね?」


「使用人兼、ワシの弟子……っちゅーとこか。結構才能ありよるんで、時々こうして揉んでやっとる」


「確かに先程の動きは凄かったですが、お祖父様も流石ですね」


「ま、一応ワシ、国の英雄だし? ガハハ!」


 こうして話しているとアランの数倍おちゃらけが過ぎるただの老人に見えるが、実はグランはとんでもない戦績の持ち主だ。


「噂にはかねがね聞いております、たった一人で数千の軍勢と戦って勝利なされたとか」


 およそ五十年前に北方に侵攻して来た魔族との戦いに参戦すると、単騎で瞬く間に戦線を押し上げ――一週間で敵を陸から追い出している。その間に稼いだ撃破数は二千をゆうに超えているらしい。


 戦争において高名な魔術師が一個大隊を丸ごと殲滅することは多々あったが、グランは剣士としてそれを成し遂げた。かつて最強と言われた『白い悪魔』の二つ名を持つ異邦の剣士と同等かそれ以上、間違いなく大陸で最高峰の強さを誇る。


 尚、これは『ホワイトカームの戦い』と呼ばれ、英雄グランの名が知れる始めの戦いとなった――――


「――いや、それはちと違うぞ」


「え?」


「確かにワシが殺ったのは二千だが、敵軍は二万おった。痛手を負わせたとは言え、流石に奴さんもそんな程度で撤退するほど柔じゃねえ。人類が勝ったのは、もっと別の要因じゃぜ」


 てっきりグランがその戦いの勝因かと思っていた俺は、そんな言葉が飛び出して来て思わず呆けてしまった。


「アランから聞いたぞ、お主は魔術の勉強をしとるそうだな」


「ええ、そうですが……」


「星天の十賢は知っとろう、その内の一人があの場におった」


 星天の十賢――正式名称は星天十賢者と呼ばれる、これまた大陸で十人いる最高の魔術師たちに付けられた称号だ。『星瞬く天ほどに高く届かぬ存在たち』が呼称の由来であり、魔術協会が定めた最強の神魔の号を持つ術師でさえ、彼らにとっては赤子同然なのだと。


「もしかして、お祖父様より強かったのですか?」


「お主はどう思う?」


「そもそも魔術師と剣士では役割が違うと言うか、比較すること自体が難しいのでは?」


「ガハハ! 確かにそうだわな、ワシもそう思うぜ! ……だが、そりゃ普通の術師だった場合の話だ。星天はな、文字通り次元が違うんだわ」


「次元……」


「軽く手を一振りしただけで千の兵士が死に絶え、言葉を三つ四つ口にしただけで歴戦の猛将が灰になった。震えたよ、ワシ……俺が死物狂いで鍔迫り合いしてた眼前の敵さえも、為す術もなく死んでいったんだからな」


 そう呟くグランの顔は、どこか諦観の色彩が浮かんでいた。こうして見るとやはりアランによく似ているが、強い陰がある部分があの男とは違う。


 輝かしい英雄譚の裏には挫折があったのだ。


「アーミラ、お主は歳の割に賢いと見受ける。だから今から言うておくが、許容出来る範囲でなら――長いものには巻かれておけ。それが強かな生き方じゃて」


「あら、英雄様が随分気弱な発言ですこと」


「ワシもザーシャのように尖っとった時代はあったが、あの戦争で色々悟ったわい。どれだけ努力をしても届かない高みがあるとな。お主も強者に楯突いて犬死だけはするなよ、最低限身を守れるだけの強さを持って、賢く生きろ」


 グランの考え方は合理的で、とても俺と似ている。人生を豊かに生きるのに有り余る力なんか必要ない。必要なのは世渡りの上手さと、強者に擦り寄る才能だ。だからこそ俺はクラルヴェインとも、ハーゼシュタインとも強い繋がりを持ちたがっている。


 ここは素直に「はい」と頷く場面なのだろう。だが、柄にもなくなんだかそれがとても情けないことのように感じて――俺は前を向いたまま返事を返さなかった。


 いや、ほんとに柄じゃないんだけど、何となく腐れ縁だった俺のいとこを思い出したのだ。あいつだったらこういう時、絶対にグランの言葉を否定するなぁ――と。


「――――才能とは、その人間が持つ可能性の一つでしかありません。私は非才でも、天才に喰らいつく者を知っています。どれだけ才能に恵まれずとも、最後には天才に勝った凡人を知っています」


「何が言いたいんじゃ?」


「お祖父様が上を見てその高みの遠さに歩くのを止めるのは勝手ですが、私にそれを押し付けることは許しません。例えこの世の誰であっても、私の往く道は阻ませない」


 実は全部受け売りだが、その言葉を口にした俺は妙に胸のすく感じがした。原典を言った当人は超が三つ……いや四つ付く程の天才で、我が道こそが王道と言わんばかりの奴だったけどな。


「まあ、そういう心がけと言うか、時には我を通すのも大事ということが言いたかっただけ……です、はい」


「……ハハ、ガハハハハッ! やっぱお主はワシの孫じゃぜ! いやあ久しぶりにここまで気持ちの良い啖呵を聞いたわい、お主もザーシャに負けず劣らず尖っとるのぉ!」


 最後はちょっと自分で言って恥ずかしくなったが、グランは高らかに大笑いしている。気分を悪くしてもおかしくなかったので、俺は内心で安堵の溜息を吐いた。


「でだ、その尖りの良さを見込んで、一つ頼みごとをしたくなった」


「はい、なんでしょう?」


 しかし、その流れでつい相槌を打ってしまったのが運の尽き。


「お主にザーシャを預けたいと思うのだが、どうかの?」


「…………え?」


 なんとも厄介な頼み事をされることになってしまうのだった。

面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします

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