27.祖父と少年
騎士さんの言うとおりの道順を辿って路地を抜けると、すぐに広場へと出ることが出来た。元いたベンチへと走って向かえば、不安そうに辺りを見回している茶髪のメイドを見つけた。
「あー! アーミラ様、やっと戻ってきた! もう、何処行ってたんすかぁ……」
「すみません。ちょっと祖父の手がかりを見つけて、探しに行ったんですけど外れでした」
「ほんっとに心配したんすからね! これでなにかあったら、旦那様と奥様にどう説明すればいいか……」
サラは俺を見るや否や安堵の溜息を吐いて、小麦を練った菓子が詰まった紙袋を抱えて駆け寄ってくる。その姿を見て、俺は少し前世の事を思い出した。
泣きながら走ってくる母の姿、俺を抱きしめて何度も名前を呼ぶ母の声。まだ小さい俺は呆然とされるがままだった。
あれは……確か日の暮れ掛けた町中だった気がする。迷子になった俺を探してくれたんだっけか? それが今のサラの姿に重なって、どうにもいたたまれない気持ちになった。
まだ三歳の子供が目を離した隙に何処かへ行ってしまえば、そりゃ大人は気が気じゃないよな。俺は精神的にはいい大人で、大抵の事柄に対処出来ると思っているから、時々そういうことを忘れてしまう。
「心配を掛けてすみませんでした……」
「ま、無事なら良いんすけどね」
とは言え薄明の騎士の件は誰にも話すつもりはない。それが彼女との約束だし、俺にとっても闇ギルドとはあまり関わり合いになりたくないしな。人知れず王都最強の守護者が動いているのなら、問題もないだろう。
「それよりこれ、買ってきたっすよ」
「あー……」
サラに差し出されたお菓子は生地に焼き目を付けた、平たいカステラのようなものだ。
「ちょっと、今食欲が無いので……リーンたちへのお土産にしませんか?」
「え!? アーミラ様がお菓子を遠慮するとか、熱でもあるんすか!?」
「違います、それ以上馬鹿にしたら蹴りますよ」
「へ、へへ……冗談っすよ、もうアーミラ様ったら」
先程あれだけの出来事があった後に、すぐお菓子を頬張る気分にはなれない。それに、俺の前に薄明の騎士が現れた事や、ゼーラが不在だったこと、騎士見習いの少年も結局姿を見せなかったことが気になる。
俺自身とそれ以外、この世界のタイムラインが少しづつ変化していることはやはり問題なのだ。歴史通りに物事が起きなければ、魔族の侵攻にも変化が生じる可能性がある。
例えば侵攻が正史よりも早まった場合、俺の準備が出来ていない上に奇襲されるという最悪の状況に陥るだろう。
「……もっと急がないと、かもな」
万全を期すなら、早く強くならなければ。それこそあの騎士のように、有象無象を蹴散らせるように。
◇
「あ!」
「む?」
おやつタイムを堪能した後、グランを探すという目的を果たすついでに観光していた俺とサラは――なんと見つける事が出来ずに屋敷へと戻ってきてしまったのだが……。
門を潜った先で、少し背の低い老人と金髪碧眼の美少年と鉢合わせた。
老人は白髪交じりの金髪を後ろで纏めて結い、ゆったりとした着物にも似た服に身を包んでいる。枯れ枝のような体つきだが、立ち居振る舞いから隙を感じない。
しかも驚くほどに纏う魔力が静かで、一切の揺らぎがない。単なる人間の平常時とは違う、意図して凪いだ状態にしているようだ。
少年の方も幼いながら、長い前髪から覗く目の奥に底知れない何かを感じる。服装は……顔立ちとは不相応に簡素で洒落っ気のかけらもないな。顔から下だけ見たら、下町の子供だと言われても分からないだろう。
して、子供はともかくこの老人の正体は一瞬で理解した、道理で街を探してもいない筈だ。
「ごきげんよう、グランお祖父様」
「アーミラか! 大きくなったな! そっちの侍女はサラか? お前も前会うたときより背が伸びとるようで結構!」
そう、この老公こそ護国の英雄、剣聖グラン・アドルナードその人である。アニメで見た姿と比べて、幾らか……いや、かなり背は低いけど間違いない。
因みに産まれた俺を取り上げたのがこのグラン公なので、実ははじめましてではなかったりする。
「……おいジジイ、誰だコイツら」
嬉しそうにするグランの横から、少年が不機嫌そうに口を挟んだ。語気も強いし口調も荒っぽく、貴族と言うには余りにも礼節を弁えていない。
「コラッ! コイツとはなんだコイツとは。ワシの孫だぞ、お前も挨拶せんかい!」
「チッ……」
グランに拳骨を喰らい、渋々と言った風に少年が俺へと距離を詰めてくる。歩き方も威圧的で、俺は昔学校にいた迷惑な不良を思い出してちょっと眉を顰めた。
「ザーシャ」
「アーミラ・アドルナードです。よろしくおねがいします、仲良くしましょう?」
とは言え初対面の相手には友好的に接することにしているため、挨拶と一緒に手を差し出したのだが――
「バーカ、誰がお前みたいな奴と仲良くするかよ」
「……はい?」
ザーシャと名乗った少年は、俺の手を叩いた。その上で罵声を浴びせて中指を立て、屋敷へと入っていってしまった。
「……すまんのう、ザーシャはああいう奴でな」
「お祖父様が謝られることではありませんよ」
まあ、一々クソガキのやることに怒る程精神的に未熟ではない。もう一回やったらぶち殺すとして、今回は大目に見てやろう。
「今日もなあ、逃げ出したあやつを探していたせいでお前さんらが到着する時間に間に合わんかった。アランから事情は聞いとる、迷惑を掛けたのう」
「それは良いんですけど、彼は一体……何者なのでしょう?」
逃げ出したと言っており、更に我が物顔で屋敷の敷居を跨いだということはここに住んでいる人間の筈だ。使用人には見えないし、アドルナード家とどういう関係なのかよくわからない。
「ま、話せば長くなる。アーミラ、お前さんの話も聞きたいしな。まずは中で落ち着くこととしよう」
◇
ザーシャという少年は、浮浪児だった。
丁度一年前、グランの財布をスろうとした所を捕らえられた。その時のザーシャはガリガリに痩せこけ、見るに堪えない姿をしていたらしい。
憐れんだグランはザーシャを引き取る事にし、今はこの屋敷で使用人見習いとして一緒に暮らしているという。
ただ、彼は浮浪児の中でも親に捨てられた類、酷い虐待を受けて来た経験もあったせいか、自分以外の人間に対して攻撃的なのだと。
「――――いやぁ、ほんっと腹立つっすよねぇあのクソガキ! 何が馬鹿っすか、馬鹿って言った方が馬鹿なんすよ!」
「サラ、それは本当に馬鹿っぽいから止めてください」
夕食後、寝室に戻った俺は寝る前のお茶を飲みながら、食事の間にグランから教えて貰ったザーシャの事情や今日のウロボロスとの戦いについて思い返していた。
実は今日、割と生死の境と言うか……腕を切り飛ばされかけたり喉を潰されかけたりしたんだよなぁ。昼間も言ったが、そんな目に遭っても普通なのが俺自身意外だった。
もっとトラウマになったり、魔熊の時のように恐怖でガクブルするものかと思いきやそうでもなかったし。危機感はあっても、痛みや死に対する恐怖感が皆無だったのは、今まで蓄積することのなかった俺の修羅場経験値が上がったからだろうか?
ステータスボードがあれば『修羅場○』とか青背景で付いてるかもしれない。
しかし――不意を突かれた状態からあそこまで動けたなら、ゲームであれば上々と言えただろう。俺の魔法も相手には効果があったし、もっと長い時間詠唱する余裕があれば倒せていたかもしれない。
ただ、ここは現実だ。一回のミスが死に繋がり、コンテニューは不可。不意打ちを受けた時点で負けと言ってもいい。
あの場で俺に奴らから逃げる選択肢しかなかったのも反省点だ。
俺は現状魔法以外の攻撃方法を持たないため、接近されると距離を取ることにリソースを――つまり防御系の術式の構築と詠唱をせざるを得なくなる。
二つ以上同時に術式構築を行う『多重詠唱』はあるが、それこそ世界でも有数の術師でもかなり難しいとされる技術だ。俺が習得するには現実的ではない為、その反省から新たに学ぶ事があるとすれば――近接戦闘術を学ぶことだろう。
殴り合いながら詠唱を行い、物理と魔法の両方で攻め立てるのは原作アーミラのスタイルと一致している。所謂『魔法戦士』と呼ばれるやつだな、俺の目指すべき地点はそこだ。
とは言え多重詠唱も魅力的なので、その習得も諦めてはいない。
今後は魔術の勉強と並行して体のトレーニングもやっていく。どうせ頼まなくてもそのうちアランが剣術を教えたがるだろうし、それまでに基礎体力を少しでも付けておこう。
「それにしても、あの子……一体何者なんでしょうか」
「だからクソガキっすよ、本物の貴族であるアーミラ様に向かってあの態度、普通なら許されるものじゃないっすからね!?」
「いや、別に私は貴族とかそうじゃないとかはいいんですけど……純粋に引っかかるんですよ」
と言うかザーシャは浮浪児だが、恐らく貴族だ。正確に言えば貴族の子だった、のだろう。リガティア貴族に多い金色の頭髪と睫毛、碧色の目を見れば大体分かる。
この国において貴族が子を捨てることは禁じられており、風評にも響くため滅多に貴族の捨て子などはいないらしい。
「……そんな中で、何故ザーシャは捨てられたんだ?」
何か引っかかる。
昼間の出来事との関連性は? ウロボロスが俺を狙ったのは偶然か? 奴らは俺を生け捕りにして売ると言っていた。意図してアドルナード家の子供を対象にしたのなら、そこにも何か理由がある筈だ。
「……関係ないと言えばそうだが」
全く違う二つの出来事に、謎の引っ掛かりを覚えて仕方がない。
「う……ん……」
しかし、思案に耽っている内に気づけば船を漕いでおり、瞼の重みに筋肉が耐えられなくなってきた。気づかない内に旅の疲れと昼間の戦いでの疲労が溜まっていたらしい。
「サラ、もう寝るので、部屋を出る時に明かりを消して行って下さい」
「了解っす。おやすみなさい、アーミラ様」
「……おやすみなさい」
ま、今考えても答えが出ないなら、多分どれだけやっても無駄だ。誕生日パーティーは明日の夜で、午前中は出かける用事もある。今日はもう寝て、明日に備えることにしよう。
コップの片付けを始めたサラを横目に、俺はいそいそとベッドへ潜り込んだ。
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