26.薄明の騎士
「何だてめぇ、邪魔すんじゃねえぶっ殺すぞ!」
「おい、ちょっと待て、あの装束……見覚えがあるぞ」
いきり立つ仲間を、最初に俺を襲った奴が諌める。どうやらこの三人のリーダーらしいが、この謎の助太刀の素性を知っているらしい。やっぱり博識だからリーダーやってんのかな? 残りの二人馬鹿っぽいし。
「白づくめの外套を羽織り、翼と旗の紋章を刻む騎士装束……お前、まさか薄明の騎士団か!?」
その問いに、女性は無言で以て肯定した。
「なッ……!?」
「単なる噂じゃなくて……実在したって言うのかよ!?」
薄明の騎士と言えば、国を守護する最強の十二人のことで、表向きは存在しない事になっている国王直属の特殊部隊のことだ。かつて魔族が国を襲った時も、記録には残っていないが様々な危機を救ったという逸話が残っている。
ゲームでも元騎士団員がその素性を隠し、アレクサンダーの補佐官として働いている。名前は確かグンダと言い、目に傷を持った老齢の騎士だ。
他にも[流浪の傭兵サリー]や、[竜殺しジーク]など、仲間にはならないが中立NPCとしてアイテムなどの取引の出来るキャラが元メンバーであることを仄めかしている。国を守れなかった事を悔いているのか、全員が何処か陰のある雰囲気を漂わせていたのが印象的だった。
だが、何故この場に薄明の騎士がいるのかがさっぱり分からない。彼らは有事以外で滅多に姿を表さない上、そもそもこの場には騎士見習いの少年がやって来る筈だったのだ。
やはり、俺の知らない所で徐々に歴史が狂っているのだろうか……? とは言え、今回はそれが良い方に転んだと言っていい。正規の騎士ともなればその実力は確かだ、俺が援護して奴らを倒すことも出来るだろう。
「しかしよぉ兄貴、あっちは一人、俺らは三人だぞ? こりゃ騎士様を狩るチャンスじゃねえか?」
「そうだぜ、薄明をやれば、俺らの昇進も間違いねぇ!」
「待てお前ら、コイツの強さは単なる騎士とは格が――――」
正体を知った事で逆にやる気になった二人が、騎士に対して襲いかかった。二方向から挟み込み、短剣を喉と脇腹を狙って振り抜く。
「なぁ?!」
が、刃が届くより先に、騎士は篭手を嵌めた両手で同時に攻撃を弾いた。所謂パリイと呼ばれる技術で、それを受けた敵は体の体勢を完全に崩している。そう言ったが、全く目で追えてはいない。起きたことから予測して、そうしたのだろうと思っただけだ。
「おっ……」
攻撃を弾かれた代償と言わんばかりに放たれた拳は――まず、ヒョロ長のみぞおちに飛んだ。綺麗に入ったのか、前屈みに腹を抱えて涎を垂らしながら後退っている。
「てめ……っ!?」
もう一方も上段蹴りで胸を蹴り上げられ、見事に背中から地面に落ちた。その衝撃で呼吸が出来ないのか、涙目でもんどりを打つ姿が痛々しい。
「他愛もない」
たった二撃で、大の大人二人がノックダウンしてしまった。ウロボロスの連中だって単なる素人では無い筈だが、素人目に見てもこれは力量差がありすぎる。まるで赤子をいなす大人だ。
「おぉ……!」
事も無げに、涼し気な態度で尚も佇む姿は正しく強者のそれ。俺が手助けをするどころか、介入する隙すらなかった。
「クソッ……コイツら先走りやがって……!」
「ああ、一つ言い忘れていた。そこなる少女を監視していたお前たちの仲間、あれは先に始末した」
「……そういやダズから連絡がねえと思ってはいたが、てめぇの仕業か!」
仲間……監視……? あ、確かに言われてみると、先程まで感じていた視線が消えている。あれは俺を見張っていた連中の仲間だったのか。
「仕方ねぇ、こうなりゃてめぇを殺してガキを頂くまでだ!」
俺の右目がリーダーの持つ短剣へとオドが渦巻くのを捉えた。先程とは比較にならない程多い、もしあれを斬撃として飛ばされたなら――恐らく今の俺に防ぐ術は無い。運が良ければ即死出来るかどうかってレベルの話になってくる。
「『飛ぶ』『斬撃』!」
詠唱と共に振り抜かれた刃から、空間を撓ませて斬撃が放たれた。それを見て騎士の女性も腰に番えた剣の柄に手をやって低く構えるが、まさかあれを受ける気なのか。
「『強靭』」
しかも唱えたのはたった一節の武器強化魔法のみ。剣は鞘に収めたまま留め具を外し、事もあろうにそれで斬撃を受け止め――――
「――少しの間、息を止めて」
「えっ?」
俺に言ったのかすら判然としないが、その言葉の直後に騎士が斬撃を絡め取るように剣を上へと振り抜いた。
「ふぎゃっ!?」
俺の体は強風に煽られたように全身に強い圧がかかり、何度か転がりながら後ろへと倒れ込む。目も開けていられなければ、呼吸すらままならない。成程、息を止めろと言うのは、この事を言っていたのか。だったらちょっと警告が遅い、もう既に苦しいぞ……。
「……うわぁ」
そうして漸く衝撃が収まり、俺が恐る恐る目を開けると――眼前には信じられない光景が広がっていた。
「く……そ、なんだ、この威力……」
地面が深く抉れ、その先で三人組のリーダーが満身創痍の状態で倒れている。周囲の建物に使われていた煉瓦も崩れていて、まるで小さな竜巻が通った後のような状態になっていた。
問題はそれを女性が、しかも鞘に入ったままの剣で成したということだ。たった一振りで、石造りの地面ごと数メートル先にいる成人男性を吹き飛ばせるとかファンタジーか? ファンタジーだったわ。
「お前達は憲兵に突き出す、精々怯えて処罰を待て」
「兄貴ぃ……」
「これが薄明の騎士の実力……甘く見てたぜ……」
残りの二人も纏めて確保、騎士は全員の腕を手持ちの縄で縛る。彼らが今後どうなるかは、司法のみぞ知ることだろう。闇ギルドの構成員ということから、暫くは尋問地獄であることは確定だろうけど。
三人が逃げないように縛った後、騎士は俺の方へとやって来た。
「無事?」
「ええ、お陰でなんとか……ありがとうございました」
「ん。今回のことは内緒、誰にも言っては駄目」
「何故ですか?」
「それが、貴女の為になるから」
俺の為になるという言葉の意味は分からなかったが、彼女がそう言うのなら何か意味があるのだろう。ここは大人しく従っておくのがいいと、俺の直感もそう告げている。
「ここを真っ直ぐ行って左、その突き当りを右に行くと広場への近道」
「はい。改めて助けて頂きありがとうございました。この恩は一生忘れません」
「当然の事をしたまで。騎士は国とその民を守るのが仕事」
「それとその……」
「なに?」
「また、会えますでしょうか?」
命の恩人というのもあるが、人知れず国を守る騎士さんの姿にちょっと憧れと興味を抱いてしまった。また会えるなら、今度はお礼も兼ねてお茶をご馳走したい。
「分からない」
「……そうですか」
「けど、なにかあれば必ず助ける」
そう言って俺の頭を優しく撫でると、騎士さんは踵を返して離れていった。アランとは違う繊細で、労るような手つきだった。
ただ、この声どこかで聞いたような気がするんだよなぁ……。ちょっと調べて見るか。
面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします