25.誘拐イベント?
俺に向けて伸ばされた手を凝視しつつ、俺の頭の中ではこの窮地で走馬灯に近い思考の加速が行われていた。その証拠に、頭で考える時間と迫る手の速度とが余りにも違いすぎる。
「あ」
そのお陰で一つ思い出したのだが、このシーン――確かアニメにもあったな。
ナイフに蛇が巻き付く絵をトレードマークにする闇ギルド『ウロボロス』、その構成員がアーミラを誘拐しようと企てるのだ。祖父と逸れた彼女は人気の無い路地裏に誘い込まれ、あわやという所で騎士――正確には騎士見習いの少年が颯爽と助けに入る。
まあ、物語にお決まりの勧善懲悪イベントだが、アーミラ絡みとなるとそこで終わらないのがedenクオリティ。
ウロボロスの側には後々有名な暗殺者である事が明かされる『ゼーラ』という男がおり、少年は自分の命と引き換えにゼーラに一矢報いたところで殺されてしまう。お陰でアーミラは助かったものの、心に深い傷を負うことになる胸糞イベントなのだ。
因みに連中が俺を狙う理由は、誘拐して高く売りつける為だ。貴族の娘は法律を守らない変態の金持ちおじさんに売れちゃうからね。捕まると百パーセント薄い本が厚くなる。
いや、流石に三歳に手を出す奴は……でも世界は広いし、どうなんだろうか。まあどちらにせよ少年が助けに来ると彼が死ぬ、ここは俺一人で切り抜けるしかない。
「というわけで『より堅き』『凝固せし』『防壁』!」
省略三節詠唱によって発現したハニカム構造の半円形防御結界によって、喉元まで伸びていた男の手が弾かれた。
「チッ……! 魔術か!」
それを横目に、俺はすぐに身体強化の倍率を二倍へと上げて前へと走り出した。界王拳方式なのでこれで単純に素の身体能力の俺三人分のパワーになっている。四倍ェ界王拳からは体の負担も相当大きいので、あんまり使いたくない。
「おい! ガキがそっち行ったぞ!」
ただ、相手も逃がすつもりはないようで、屋根から道を阻むように横に広いのとヒョロ長い二人組が降ってきた。体型的に最初に出てきた奴か、ヒョロ長かがゼーラなのだろうか……似たような格好をしているせいで判別がつかないな。
いないならそれに越したことはない。二人共手に武器を持っている事を確認すると、右手に魔力を集めながら脳内で術式の構築を始める。唸れ俺の灰色の演算領域!
「そう簡単に捕まるわけ無いでしょう! 『転変せし』『硝子作りの』『球体』」
今度も三節、生まれた半透明な球体を前方へと投げる。
「なんだ!?」
敵は俺の攻撃かと思ったのか、咄嗟にそれを腰に提げた得物で斬った。硝子が砕けるような音と共に球体が四散し、辺りに破片が舞い散る。
一見単に攻撃が防がれたように見えるが、これでいい。
「引っかかりましたね!」
「ッ!?」
宙に浮かぶ破片が光を発し、光線へと変化してランダムな方向に放たれた。敵は突然滅茶苦茶に攻撃が飛び交って動揺し、肩や手足に直撃を受けている。
これは球状に集めた魔力をレーザーに変えて放つ魔法で、籠めた魔力分だけ範囲内にレーザーを撒き散らす。破壊された場合もこうして発動保証があり、散った魔力は全てレーザーへと自動変換される優れものだ。
壁や地面に当たったものは一度だけ反射する仕様になっており、人に当たれば針で刺されたような鋭い痛みが走る。物理的なダメージが低いのが難点か。
「いてぇ……! 畜生ッ!」
二人共顔を顰めてその場に膝を着いたが、予想通り大きなダメージを与えられた感じは無さそうだ。とは言え足止めには十分なので、今はそれで問題はない。寧ろ初使用にしては上手く行き過ぎている。
これは俺、結構戦えてるんじゃないか?
「こんな子供に弄ばれる雑魚が闇ギルドの構成員とは笑わせますねぇ! ママのお腹の中からやり直して来たらどうでしょう?」
「このガキ……ッ! 絶対捕まえろ! 奴隷に堕として地獄見せてやる!」
二人の間をすり抜けて挑発を浴びせ、路地を真っ直ぐに駆け抜ける。その後ろを起き上がった三人が追いかけて来ているが、奴らが追いつくよりも俺が突き当りの角を曲がる方が先だ。
そうなれば光の屈折を利用した姿眩ましの魔法で隠れてしまえばいい。
「おい、手足の一本くらいなら良いよな!?」
「上には五体満足で捕まえろと言われたが……この際逃げられるよりはいいか、やれ!」
「そう来なくちゃあな! オラァッ!」
既に逃げ切った気分でいた俺のすぐ横を、真空の刃が通り過ぎた。それは前方の石壁を刳り、深い斬撃痕を刻んでいる。
「ちょ……」
「クソッ! 外したか」
後ろを見れば、短剣に大量の魔力が籠められているのが見えた。成程斬撃を遠くに飛ばす技か……って、これ当たったらマジで洒落にならんやつやん!手足の一本って折る方かと思ってたけど、斬る方のそれかよ!?
「ちょっと子供相手に本気になり過ぎでしょ!」
「うるせえ! なら黙って大人しく捕まれってんだよ!」
「はぁ? 出来るわけねーだろバーカ! 常識でものを考えろこの反社共!」
「……おい、あのガキほんとに貴族の令嬢なのか?」
「その筈だが……」
そうこう言ってる内に魔力の充填が終わり、二撃目が飛んでくる。
「クソ!『二つ』『凝固せし』『防壁』」
二枚に重ねた結界を張るが、一枚目が見事に吹き飛んで二枚目にもかなりヒビが入った上に衝撃で体が吹き飛ぶ。いや、これ突破してくるのはちょっと拙いぞ。現状で重ねられる最も質の高い結界の枚数は三枚だ。それを超えると普通に一枚張るよりも脆くなる。
「観念しな」
受け身を取れずに地面を転がった俺を、三人が見下ろしている。今のダメージで身体強化も切れたし、割と状況はヤバい。と言うか騎士の助太刀はまだです? この様子だとゼーラもいないし、二人でやればボコれそうな雰囲気なんだけど……。
「不本意ですが、こうなったら奥の手を使うしか無いですね」
「奥の手だと?」
俺はそう言って、徐に立ち上がった。一応言っておくと当然奥の手などは無いが、俺が魔術を使える事を知っている相手はその一言で「何かしてくるのでは」と警戒をするだろう。
その間に生まれた少しの時間で、組める術式の中から最良を選ぶ。
「『至天』『覇王の颶風』『彼方の力の一分』『破滅の力』『己に貸し給え』」
「この長い詠唱……まさか!? 拙い! コイツ上位の風魔法を使う気だ、早く喉を潰せ!」
そしてこの術式も嘘、俺が詠唱で風属性の魔法なんか使えるわけがねーだろ。本命はポケットから探り出した魔術札だ。正面に強い衝撃波と音を放って相手の動きを止める術が籠められているので、その隙に逃げる算段である――――
「――――んん!?」
「ッ!」
そう思っていたのだが、俺が術の詠唱をし終わる前に、丁度奴らとの間に入る形で誰かが頭上から降ってきた。軽鎧の上から白く染められた外套を着た女性だ。
「何者だ!?」
彼女はフードを被っており、更に顔全体を覆うような仮面を付けているせいで表情は伺えない。だが、明らかに俺ではなく奴らに敵意を向けているのは分かる。これは助太刀だ。
しかし……記憶だとこんな派手な登場はしてない、と言うか性別も服装も違った記憶があるんだけどなぁ……マジで何者だ?
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