24.祖父捜しと人攫い
「……やっぱり」
店を出た途端、また何処からか見られているような感覚に襲われた。人混みは相変わらずで、時折不躾な視線が向けられることもあるが――それとは違う気がする。
ただ、確かめる術が無い上に見られているだけで実害は出ていないから今はいい。
「では、エール通りとやらに行ってみるとしましょう」
王都の作りは最も高い北に位置する王宮を含めて、綺麗な円形を築いている。中心にある広場から放射状に道が伸びており、隣の通りに行くにはまず広場へと向かわなければならない。この人混みの中、子供の歩幅ではそれすらも重労働だ。
「アーミラ様、大丈夫っすか? もしあれならおぶって行くっすけど」
「問題ありません」
珍しく気を使ったサラに断りを入れて、俺は魔力で身体強化を行った。尚、これ自体は純粋な魔力の行使なので複雑な術式は必要ない。片手間で出来る無詠唱魔術と言ったところか、強度の調節も慣れれば感覚で出来る。
魔力は使えば使う程質と量が上がる為、鍛錬をする場合身体強化で垂れ流し続けるのが最効率だ。大きい魔法を連発するより、持久力も鍛えられるので一石二鳥である。
「香ばしい匂いがしますね」
「あっちに小麦菓子の屋台が出てるっすね、いい匂いっす」
広場に戻ってくると、通りと同じかそれ以上に人で賑わっていた。屋台もあちこちに出ており、シンボルの噴水の前では待ち合わせか辺りを見渡す人々が見える。
そしてここに来て、ずっと感じていた視線の圧が更に強くなった。広い場所に出たからか、視線の主と俺とを遮るものがなくなったのだろう。
だが、依然として何処にいるのかどころか、視線の方向すら検討がつかない。
「……アーミラ様」
一応背後を気にしていると、サラが俺を呼びながら神妙な面持ちで宙を睨んでいた。そう、まるで同じく誰かに見られている事に気づいているように――――
「――――あのお菓子、めっちゃ美味しそうじゃないっすか?」
「はい?」
と、そんなわけもなく。単に甘くて香ばしい匂いをさせる屋台を見て、腹を空かせていただけだった。いや、確かに美味しそうだけどね? 紛らわしいから止めてね?
「さっき脂っこいもの食べたし、デザートが欲しいっすよね? あてぃし買ってくるんで、そこのベンチで待っててください」
「……はい」
さっきの緊張を返して欲しいと思いながら、いつも通りのサラを見て自分が気にしすぎなのかと少し肩の力が抜ける。
俺は嘆息を吐きながらもベンチに座り、屋台に並ぶ行列へと走っていくメイドを見送った。すぐに人混みに紛れて姿が見えなくなったが、多分十分もすれば帰ってくるだろう。
そう思った矢先、さっきまで俺たちがいた通りの方で何か大きな音がした。
「――――うおおぉッ!? 人が吹っ飛んだぞ!」
「――――なんだなんだ!? 喧嘩か!?」
土煙が立ち昇り、周囲の人々のどよめきが此方まで聞こえてきている。どうやら喧嘩のようだが、ここも結構物騒なんだなぁ。
「凄い音だね」
「ですねぇ」
隣にいた老紳士も、目を丸くしてそう話しかけてきた。身なりは綺麗だが、貴族が付けるような香の匂いがしない。恐らく商人か、平民上がりの魔術師かのどちらかだろう。
「ところでお嬢さん、もしや人を探しておらなんだか?」
「ええ、良く分かりましたね」
「いや実は、先程あなた位の歳の子を探している常連のお客様が来まして、もしかするとそうではないかと思いましてな」
「本当ですか?」
「本当ですとも、先程私の店に酒を買いに来られましたよ。今日、孫が王都に遊びに来ると言ってらっしゃったか。いきなり現れて驚かすつもりが、入れ違いになったとしょげたご様子で」
ふむ、酒――ということはグランで間違い無さそうか?
それに孫……成程、朝早く黙って家を出たのは、サプライズで俺たちに会いに来ようとしていたわけだな。中々粋なことをするが、入れ違いになっては意味がない。
「それで、その老人はどちらに?」
「あちらの通りですな、良ければ案内しますぞ」
そう言われたが、さてどうしよう。現状サラを待っている状態であり、俺が黙って居なくなると面倒なことになる。がしかし、折角見つけたグランを今確保しておいた方が良くもある。ならばこういう時は魔法の出番だ。
「少しお待ちを」
俺は自分のハンカチに術式を刻むと、ベンチの手摺へと結んだ。
これでサラが戻ってきた時に魔法が発動し、空中にメッセージを表示するようになる。内容は『グランを見つけたので連れてくる為、ここで待っていて欲しい』というもの。
「ほう、お嬢さんは魔術師なのですか」
「嗜み程度には。では行きましょう」
サラもサラで、俺が普通の三歳児じゃないのは知っている。いなくなった程度で慌てることは無いだろう。また、一人で何かやってるのだろうと思うくらいの筈。
今は連絡の取れる方よりも、居場所が分からなくなると面倒な方を優先すべきだ。
◇
老紳士に案内され、エール通りとは真反対の方向へと向かった。先程の広場や定食屋のあった通りとは打って変わって、かなり人通りの少ない路地だ。
汚れた建物も多く道の端で寝転んでいる浮浪者も何度か目にした。
「あの、本当にここに祖父はいるのでしょうか?」
「本当ですとも。ほら、あの路地を曲がった所に私の店がありますから。番台に聞けば何方へ向かったか分かる筈です」
まあ、酒屋って別に治安のいい場所にあるとも限らないし、偶然そういう地域を通っただけだろう。俺はそう自分を納得させ、相変わらずニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる紳士に頷いて後を付いていく。
そうして路地の角を曲がった瞬間、俺の前から老紳士の姿が消えた。
「……おじさま?」
一瞬訝しんだが、背後に感じた気配に振り向いた俺は騙された事を漸く察する。
そこにいたのは、黒い外套とマスクで姿を隠した男。微かに見える腕にはナイフに巻き付く蛇の入れ墨が彫られている。何処かで見覚えがあるが、記憶を掘り起こすには時間が無い。
それよりも重要なことは、頭上の建物の屋根に二つ、更に魔力の反応があることだ。
「やられた……ッ!」
こいつらは恐らく人攫い。それも金持ちの子供を狙う、かなりヤバい部類の連中だ。定食屋での会話を聞いて、俺が一人になったところを狙ったか。
こんなことなら、大人しくサラを待っておくんだった。
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